第八夜 華道部室①
結果から言うと、華道部室は顧問室よりも悲惨な状態だった。
なにしろこちらは茶道部室と同じで和室。痛みやすい素材でできている。
顧問室と同じように雨漏りしている部屋には一層カビの臭いが充満しており、土壁は剥げ、畳は痛むを通り越して腐りかけていた。
そんな風に確認のため、恐る恐る視線を走らせていると。
障子窓の傍に、こちらに背を向けて正座する一人の男の影があった。
その足は、膝から下が透けている。
「え……?」
思わず声を出してしまって、ハッと口を手で抑える。
しかし遅く、声に反応したらしいその人物がこちらを振り向いた。
「ひっ……!? ぎゃぁぁー!!」
思わず絶叫して、へなへなと座り込む。
そこに居たのは、同い歳にして学園生徒会の会計になった男、御桜春彦だった。
しかし、問題はそこではない。
……その首には、金属のワイヤーがぎちぎちと肉を切り刻みながら何本も食い込み、口からは真っ赤な血がいく筋も滴っていたのだ。
顔色は真っ白で、唇は青い。明らかに死んでいる。
そんな異様な風体の御桜は、私を見ると顔を顰めた。
「大道寺ですか。……相変わらずぎゃあぎゃあと煩い人ですねぇ」
ヒュー、ヒュー、という掠れた呼吸音の合間に、そんな嘲るような声を出す御桜。喋ったことで、口からごぷりとどす黒い血が溢れた。
こいつは黒髪つり目の、いわゆるドS眼鏡系攻略キャラだ。個人的な感想としてはインテリヤクザだが。
財閥の息子にして生徒会の参謀、会計係。
いちいちトゲのある物言いがあんまり好みじゃなかったから、適当にクリアした覚えがある。どんな内容だったかな。
「あ、あ、貴方……それ、どうしたんで、す?」
カタコトになってしまうが、なんとか会話を試みる。
ここがホラーゲーム的なルールに支配された世界なのであれば、こいつを成仏させなくてはならないからだ。
「貴女には関係ないでしょう」
フンと鼻を鳴らした御桜は、どういう訳か夜だからと狂っている様子もない。しかし、自分の異常な状態を把握していながら平然としている。
うーん。成仏させるためとはいえ、こいつの悩み相談とか聞くのやだな……。ほんと好きじゃないし。物理で殴って成仏させられないかな。
キャラ設定が好きじゃないだけではない。なにしろこいつは、あの白花ことり逆ハーレムの一員だった。
それも、かなりの熱狂的な信者だったのだ。
元々は、生徒会長以外の言うことはまったく聞かず、女にも興味のないタイプだった。
「会長がお望みだ。死ね」とか言いながら雑魚を踏みつけ、黒髪をかきあげ、メガネを光らせてクイッとやるタイプである。
まさにインテリヤクザ。
そんな御桜だが、この世界では白花ことりに一日で陥落した。
それ以降は「会長とことり様がお望みだ。死ね」というキャラになったのだ。……大して変わってないか。
こいつにされた嫌がらせや吐かれた暴言は数しれない。
「何か用ですか? 俺としては、貴女が嫌いなので早急にここから立ち去っていただきたいのですが」
「は!? 私だって貴方が嫌いよ。そんな気持ち悪い姿、視界に映したくもないわ」
「な……っ!」
おっと。ついつい喧嘩を買ってしまった。
普通のマリアだった時は、惚れていたとある婚約者の前ではできるだけ可愛こぶっていた。
そいつとこいつはいつも近くにいたので、こんな物言いをコイツにしたことは無い。
しかし、私が冷たくセリフを吐き捨てたところで、御桜の様子がおかしくなった。
「な、なによ?」
「……っ、別に、なんでもないっ」
急にもじもじし出して、血の気のなかった顔が赤くなってくる。
はぁ? と思ったところで、急に私は思い出した。
……あ、そうだった。
こいつ、鬼畜眼鏡に見せかけた、ドM野郎だったんだ。
うわぁぁ、とげんなりする。そうそう。クリアした時もげんなりしたから、記憶から抹消していたんだった。
御桜春彦は、財閥の一人息子として育てられた。そのため家の「何者にも負けず、劣らず、平伏すな」というモットーに従って育てられた。
しかし本来は気が弱く、長いものに巻かれて支配されるのを好むタイプだった。だから絶対王者の会長にだけはニコイチの顔をして付き従っていたのだ。
そんな性質なのに、それを無理やり抑圧して強者として振舞ってきたから、逆に中身がドMになってしまったのである。
流石に乙女ゲームである「ユメハナ」には怪しいSMシーンは出てこないが、「貴女に支配されたい、どうか僕を飼ってください」みたいな感じで主人公に服従し、主人公は圧倒的包容力と少しのSっ気で御桜を受け入れ、ハッピーエンド……とかなんとか、そう。そんなお耽美な感じだったのだ。
つまりこいつは、恐らくあのサイコパスヤンキーなことりの一面でもって、速攻で手懐けられたのである。
あのおっかないことりが転生知識を持って相対すれば、こいつを手懐けるのは容易い。
そして、今もじもじしながらこちらを見ているこいつは……一見シラフに見えたが、しっかり本性が出やすくなっていたというわけだ。
それで、私の冷たい一言でこんなに興奮しているのだろう。
うわぁ、しんどい。という感想しか出てこない。
十夜の忠実な可愛い犬っぷりと違って、こいつのはなんというか……下半身直結って感じなのだ。無理すぎる。
てか、もしかして……。
「なるほど。貴方、私に罵られたいのにそうしてもらえないから、拗ねて嫌いだなんて生意気を言っていたのね。……悪い子」
「っ!!」
あえて腕を組み、見下ろしてやりながら吐き捨てるように言ってみると、御桜は目を見開いて真っ赤になり震えだした。
そして、恍惚とした顔で私を見上げてくる。
「あ、貴女、やはり素質がありますねぇ」
「誰に向かって口をきいているのかしら?」
不本意な素質認定を受けたので、近くの椅子をドカンと壁に向かって蹴っ飛ばしてやると、その威圧を受けた御桜はにわかに興奮しだした。
わあ。つまりこれ、女王様のフリして大満足させてやれば成仏ってこと?? 嫌すぎてキレそう。
げんなりしつつも、私は役割を演じることにした。
チュートリアル十夜に続き、半ギャグキャラの初ボスです(笑)