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第七夜 扉問答

「十夜の馬鹿ぁぁー!!」

 

 半泣きで暗い廊下を全力疾走し、茶道部室から離れる。

 とは言っても行先なんて、一本道となったここには一箇所しかない。その上、十夜が追ってこられない場所と言ったら。

 

「今だけはなんにも出ないでよね……」

 

 私は、華道部顧問室のドアを開いた。

 

 ◇

 

 月明かりだけが光源の華道部顧問室は、荒れ果てていた。

 

 昼は普通に窓際にあったデスクは、部屋の隅で打ち捨てられて変形しており、横倒しになっている。その上からは雨漏りなのか、水が滴っていた。

 そのデスクも、近くのパイプ椅子や棚も一様に酷く錆びていて、異様に赤いざらついた質感を見ているとゾッとした。

 棚に飾られていた華道の花は全て原型を残さず腐敗しており、花瓶はほとんど割れている。床には錆びた剣山なども落ちていた。

 

「う……。勢いでこっちに来ちゃったけど、やっぱ無理だよお……」

 

 ただ時間が経過しただけの廃墟と言うよりも、まるで誰かが殺された事件現場が廃墟になったような悲惨さだ。どうやったらこうなるんだ。

 当然、座れるところもない。何かの破片が落ちていたりするし、分厚い埃や泥が積もっている。

 しかも雨漏りのせいでカビ臭くて、とてもじゃないが長時間滞在したくはない空間だった。

 

 かと言って、茶道部室に戻ることも出来ない。

 あそこは座布団を敷けば座ることが出来るし、一応寝ることもできたが……。

 

「十夜の馬鹿……」

 

 熱に浮かされた様な、あの瞳を思い出す。

 

 もちろん、十夜が私に多少の好意を抱いているのは分かっていたし、ここにきて転生を自覚してからは、推しメンの一人だった十夜の親密な態度にちょっとときめいたりもした。

 が、あれはない。子犬の顔をした狼すぎる。

 

 なによりも、氷のように冷たい十夜の手が肌を這う度に、なんだか生命力のような……体の力のようなものが吸い取られているような感じがして、本能的に恐怖を感じたのだ。

 あれは、思うままに貪られたが最後、多分死ぬ。いや、確実に死ぬ。

 ミイラのようになった自分が想像されて、ひいっと口から悲鳴が出た。

 

「多分、昼の世界になれば正気に戻るよね……? はぁ、それまでここにいるのやだなぁ……」

 

 希望的観測だが、昼になればまともな十夜に再会出来るはずだ。だから、それまではここにいるしかない。

 

 しかし。

 

 ギイ……。

 

 遠くで、ドアが開く音がした。

 

「っ!!」

 

 次いで、コツ、コツとゆっくり歩いてくる音がする。

 

「嘘……。あの流れなら、しばらくは部屋から出てこないんじゃないかと思ったのに……!」

 

 蹴り方が足りなかったか? それとも、幽霊のダメージは即回復するのか?

 

 慌てる思考の中に、まだ遠くにいる十夜の、心配げで寂しそうな声が入り込んでくる。

 

「お嬢様、そこにいるんですか? ……俺から離れちゃ危ないですよ。いい子だから、戻ってきてください」 

 

 コツ、コツ。

 足音が止まらない。

 

 咄嗟に、開けっ放しだったドアをバンと閉める。ドアノブを握る手に力を入れた。

 十夜はドアを開けていたって入ってこれないはずだけど、まだ直接対面する勇気がなかった。

 

 廊下から入ってきていた月明かりが遮断されて、部屋の反対側の窓からの明かりだけになる。更に視界が暗くなった。

 

「俺を拒否するんですか……? 俺のこと、嫌いになっちゃいましたか?」


 コツ、コツ。ドアの目の前まで十夜が来て、ピタリと足を止めた。

 

「お嬢様、そこにいるんでしょう?…… ねぇ、寂しいです。声を聞かせてください」

「……」

「さっきみたいなことはもうしませんよ、ね? ……だから、一緒にあの部屋に戻りましょう?」

「……っ!」

 

 嘘だ。直感で思った。

 寂しそうな声を出しているくせに、言葉の最後に、少しだけ笑うような空気の揺れがあった。

 

 きっと扉の向こう、目の前にいる十夜は、こちらを見てサディストの顔で笑っている。

 

「~~~っ!」 

 

 堪らず扉から離れる。

 近くで声を聞いていると気が狂いそうだ。

 

「うあっ!」

 

 何かに足を引っ掛けてドサリと尻もちをついてしまった。足元を見ると、さっき見た剣山だ。

 危ないそれにゾッとしつつ、ふと思う。

 

 昼と夜の世界が切り替わる時、私や十夜は一度気を失う。

 それじゃ、この部屋にいてそうなった時、かなり危ないんじゃないか?

 倒れた先に花瓶や剣山があったら……。

 

 思いついた可能性に青くなっていると、顔の横に冷たい微風が一瞬当たった。

 ちらりと目線をやると、私の横には隣の華道部室に通じるドアが、少しの隙間を開けて鎮座していた。

 

「……行くしかない、か」

 

 十夜はまだ「お嬢様、顔を見せてください」と声をかけてきている。

 それに合わせてカリカリとドアを引っ掻く音が加わりだしたところで、私の恐怖心はマックスになった。

 

「昼になったら思いっきりどつくから覚悟してよ、アホ十夜ぁ!!」

 

 そう叫んだ私は、今度は華道部室へ飛び込んだ。

十夜君のターンは一旦終了になります(笑)


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