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第六夜 慈悲


 お姫様抱っこで抱えあげられたまま、茶道部室に戻る。

 気遣わしげにこちらを見詰める十夜の目線に気恥ずかしくなり、慌てて十夜の首元に顔を突っ込んで顔を隠した。

 

 和室に戻り、壁際に座布団を敷いてもらって、壁にもたれ掛かるようにして座り込む。

 安全地帯に戻ったことで、今の出来事をゆっくりと実感する。

 そうするとなにもかもが嫌になってきて……。

 もう、顔を上げる気力も湧かなかった。

 

 ことりのせいで散々酷い目にあって、気付いたらこんな訳の分からない空間に放り込まれていて。

 それでも十夜に再会したからなんとか希望が持てたのに……。今度はそれも取り上げられるだなんて。

 

「なんで、私ばっかり……」

 

 すぐ隣に座った十夜が、酷く心配そうにしている。

 

 それを感じて、私はハッとした。なんとか笑顔を取り繕う。


「少し休んだら、行ってみるから。大丈夫よ、十夜」

「お嬢、様……」

 

 笑えていないかもしれないが、こうするしかない。

 

『 大丈夫よ、十夜』

 

 この台詞は何度も何度も使ってきた台詞だ。

 

 本当は虐められている時だって、十夜に縋りたかったし、助けて欲しかった。

 でもそうしなかったのは、十夜に失望されたくなかったから。幻滅されたくなかったからだ。

 

 私を小馬鹿にするような事を言ったりやったりするが、その実、十夜は私に対して少し忠実すぎる節があるのだ。

 私が本気でお願いすれば、十夜はそれがどんなことでも必ず実行する。

 

 それは少し怖いくらいの時もあって。

 ゲームだとその忠実さが顕著で、“マリア”の命令でことりにかなり酷いことをするのも辞さず、ことりの監禁も真顔で行った。

 

 本来のヒロインことりは、そんな風に自分というものを捨てて私に仕える十夜に何をされても負けずに立ち向かう。

 そんな健気で勇敢な姿を見て、十夜もことりへ心を動かす、というのが十夜シナリオだったはずだ。

 そう、十夜もまた攻略キャラなのである。

 

 ちょっと記憶が朧気なところがあるが、確かそういうシナリオだった。

 

 まぁそんな風にシナリオの肝になるくらい、十夜の私に対する忠誠心は高い。

 

 でも、十夜が何故“マリア”に忠誠心を持っているのか、私自身すら知らないのだ。

 

 母の行きつけの教会の牧師さんが十夜の父親だったから、幼い頃からお互いを知っているのだが、どういう訳か初対面から十夜の私に対する態度は従者のそれだった。

 まだ、私の執事になると決まったわけでもないのに。

 

 それはマリアにとって、喜びではなく不安要素だった。

 

 だって理由のない忠誠や信頼など、大したことの無い理由ひとつで覆されてしまうかもしれないからだ。

 何が忠誠のポイントなのか分からないから、何が幻滅のポイントなのかも分からない。私よりも仕えたい人ができたら、あっさりそちらに行ってしまうかもしれない。

 

 十夜ルートでの“マリア”が一際過激な命令を十夜に出すのも、きっとそれが原因だったのだろう。

 どんなに残酷な命令でも従うのかどうか、きっと愛を試すようなことをしていたのだ。

 

 だから……。せめて意気地無しとか無能とか、根性無しとは思われたくなかったのだ。

 栄えある大道寺家の娘として、他人に負けているところを見せたくなかった。

 

 それは今だってそうだ。

 

 テンパって散々駄目な所を見せてしまっているものの、これ以上無様な所を見せたくない。最終的には自力で脱出出来ることを示したい。

 もしこんな状況で十夜に見放されたら、もうどうすることも出来ないのだ。

 

 そんなことをつらつらと考え込んでいるうちに、私はいつの間にか眠ってしまっていた。

 

 

 

 ……なんだろう、なんだかくすぐったい。

 

 頬とか、首筋の辺りとか、瞼とか……次々に何か柔らかいものが触れてきて、すぐ離れていったりすりすりとされたり、変な感じだ。

 

 体が寒い。

 なんだろう、何か冷たいものに包まれているというか、拘束されているというか……。

 この冷たさに触れていると、体の力が抜けるようだ。

 ……んん?

 

「う……」

「もーちょっと寝ててくださいね、お嬢様……」

「う…………ん!?」

 

 ハッ!! と覚醒すると、目の前には逆さまから見た十夜の顔のドアップがあった。

 

「は!?」

「あ。おはようございます、お嬢様」

「おは……いやいやいや!?」

 

 驚いて飛びすさろうとするが、後ろからがっしりと抱きしめられていて動けない。しかも顎を掴んで真上を向かされているので、ぐえっと変な声が出てしまった。

 

 畳に座った十夜の足の間に座らされて、真上から覗き込まれている。体勢を把握した瞬間に、また柔らかいもの……十夜の唇がおでこに落とされた。

 

「寝てしまってましたよ。お疲れだったんでしょうねぇ」

「そりゃまぁ……じゃなくて、何してんの!?」

「何って」

 

 今度は、唇ギリギリのところにちゅっと口付けが落とされる。

 

 そうして「キスですが、何か?」と言わんばかりのにっこり顔で微笑まれれば、呆然とするしかない。

 いや、え? 何が起こってるの……?

 

 ハテナマークで頭が埋め尽くされた瞬間、室内の様子で今が夜だと気がついた。

 それで思い出す。

 

 十夜が、「夜になると願望が抑えられなくなる」と言っていたことを。

 

「待て待て待て、ステイステイ」

「何をですか?」

「んっ、だからそれを! うあっ!?」

 

 今度は右手を持ち上げられて、手首に口付けられた。

 十夜は楽しそうに低く笑っている。

 

 手首に何度かそうした十夜は、鼻先をすりすりと擦りつけるようにして肌を堪能した後、恍惚とした表情であんぐりと口を開け、噛み付くようなモーションを見せた。

 

「待てやー!!??」

「うぐっ!?」

 

 そんな十夜の顔に、掴まれた右手を下に引き抜いて渾身の裏拳をお見舞する。

 

 顔を覆って悶えている十夜の足の間から慌てて這うように抜け出そうとすると、今度は左足をがっと掴まれる。

 どさっと床に倒れ込むと、すかさず十夜が上にのしかかってきた。

 

「ひっ!?」

「酷いです、お嬢様……。ほら、鼻、赤くなってませんか?」


 そんなことを哀れっぽい声で訴えてくるが、手の指の隙間から見える十夜の顔は、目を細めて酷く嗜虐的に笑っていた。そのギャップが死ぬほど怖い。

 そして足を掴む手も、今までされたことがないような強さだった。

 

「待って、話し合おう十夜」

「はい、それじゃあもっと近くに……♡」

「いやいいから!あと手が冷たいんだけど!?」

「あっ! すみません」

 

 私が苦情を言った瞬間、いつもの調子で十夜がパッと手を離した。


 一瞬沈黙が流れる。


 そして「あ、離しちゃった」と呟いた十夜の手が再び伸びてきたので、捕まるものかと私は全速力で座り後ずさりをして、反対側の壁にドカンとぶつかった。

 廃墟同然の壁がミシバシと音を立てる。

 

「ななななな、何、なんなの!?」

「あーあ……」

 

 私を捕らえ損ねた十夜が、名残惜しげに私を掴んでいた手を眺める。

 

 よく見ると、十夜はどことなくぼんやりしているように感じられた。これが「夜の世界」の誘惑に負けた姿ということだろうか。

 

 それにしたってなんで色欲なんだよ……といろんな意味でバクバクする心臓を落ち着けていると、十夜が切なげな声を出した。

 

「お嬢様……。そちらに行っても、いいですか?」

「は……!? だ、駄目です」

「……どうしても?」

「どーしても!! なに、どうしたのほんと」

 

 私の問いには答えず、十夜はしゅんとして叱られた子犬のようになった。

 

「俺が嫌いですか……?」

「き、嫌いじゃないけど、そういう問題じゃなくて」

「じゃあ、いいですか?」

「いや何でだよ!? 駄目です、その畳のふちよりこっちに来ないで!」

「そんな……」

 

 私がビシッと二枚先の畳のふちを指さすと、十夜は涙目になった。

 その酷く切なげな姿に、何故か罪悪感が煽られる。

 

「……じゃあ、その一枚手前の畳までは来てもいいけど、それ以上こっちには来ないで」

「!」

 

 ぱあっと笑顔になった十夜がいそいそとにじり寄ってくる。

 そうして私の目の前でちょんと正座して、こうのたまった。

 

「俺はそっちには行きません。だから、手を貸してください」

「は!?」


 なんでこの流れで手を貸すと思った?? と突っ込みたいが、私が怒鳴ると、十夜はまたしゅんとして子犬のような顔になった。

 

「……駄目ですか?」

「だ、だめです」

「俺が嫌いだからですか?」

「いや、そういうのじゃなくて!」

「じゃあ、俺の事嫌いじゃないなら、ちょっとだけ……ね?」

 

 超理論をぶちかましてくる十夜に目眩がする。前からあざとい所のある男だとは思っていたが、こんな艶のある媚びなんて売られたことないぞ。

 なまじ顔がいいからぐらついてしまう。

 

「いや、普通に嫌だから」

「やっぱり、俺の事が嫌いなんですね……」

「だーかーらそういうんじゃなくて!」

「じゃあいいでしょう? 少しくらい俺にも分け与えてください、慈悲を」

「じ、慈悲?」

「はい。お嬢様が欲しくて仕方ないっていう哀れな俺に、少しだけでも慈悲を」

 

 突然そんなことを言い出した十夜は、まるで神に許しを乞うように切なげな表情で、上目遣いに私を見詰めた。

 

 慈悲ってなんだとか、なんだそのいとけない可愛い顔とか、なんでこっちまで切なくなってくるんだろうとか、色々頭の中に渦巻くものはあるのだが……。

 

 なぜか十夜が酷く寂しそうに見えてしまって、血迷った私は、恐る恐る右手を差し出した。

 

 その手を見た十夜は、とたんに嬉しそうになって。

 

 恭しく両手でその手をとると、まるで忠誠を誓う騎士のように、手の甲へ何度も何度も優しいキスを落とした。

 

 十夜の必死で愛を乞うような可愛い様子に、少し気が緩んだのがいけなかったのかもしれない。

 

 体の力を抜いた私の腕を、十夜がおもむろに引っ張った。

 

 体が思い切り引き寄せられ、床に背中から転がった十夜の上に、今度は私が覆いかぶさるような形になる。

 

「うわぁっ!?」

「俺、言ったじゃないですか」

 

 無理やり腕の中に抱きとめた私の顎を、十夜がぐいっと片手で掴んだ。目と目が合う。

 

 ……その目は、明らかな強い執着と欲を孕んでいて。

 

この世界で()は、本性を抑えられなくなるって」 

 

 妖艶に微笑んだ十夜の手が腰に回り、体をさらに引き寄せられる。

 

 ……私は堪らず足を繰り出し、十夜のウィークポイントを思い切り蹴って、緩んだ腕から飛び出して部屋から脱出した。

 

 凄い悲鳴が聞こえた気がするが、無視だ無視ィ!!

十夜君大暴走。

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