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第五夜 探索開始


 まだ震えが残る手足を動かし、十夜について行く。

 茶道室のドアに手をかけながら、十夜が振り向いた。

 

「この先はさっき言った通りの風景です。気をしっかり持って下さいね、お嬢様」

「うん……」

 

 ぎゅっと手を握り直し、頷いた。

 それを合図に十夜がドアノブを回す。

 

 恐る恐る出た廊下は、茶道部室と同じように時が止まったような昼の雰囲気だった。

 恐る恐る目を向けた窓の外は、ぼんやりと白く霞みがかっている。

 隣接する校舎の輪郭は比較的分かるが、それ以外の物はほとんどホワイトアウトしていた。

 

「うう……。見るとやっぱり、絶望しかないわ……」

「俺も初めてこれ見た時は、悪夢かと思いました。でも、これでも夜よりはまだマシなんですよ」

「いやいい、聞きたくない……。探索しよう」

「無数の手形が窓に張り付いて、外からバンバン叩かれたり」

「だーかーらー!!!!」

「明らかに幽霊だなって人影が、反対側の校舎を歩いてたり、中庭に出てたり」

「お前ええええ……!!」

 

 聞きたくないって言ってんだろが!? と十夜の手を握り潰す勢いで握るが、悲しいかな、楽しそうにやわやわと握り返されるのみで全然効いていない。もうやだこの綺麗なゴリラ。

 

 何度目か分からないため息を零しつつ、周囲に目を向ける。

 すると十夜が言った通り、防火シャッターが降りていた。

 

「この茶道部室は、確か特別棟の最上階の端っこよね」

「そうです。そしてこの防火シャッターが降りている先が、特別棟の屋上に続く階段ですね」

「うーん……。じゃあ、真っ先に屋上に出るって手段は使えないのか……」

 

 脱出したいと強く念じて「外」に出る行為が大切だと十夜は言っていたが、これだと今すぐ屋上ルートは難しそうだ。

 

「うちの学園って、変な形よねぇ」

「確かにそうですね。中等部と高等部をひとつの敷地に収めてるから、馬鹿デカいですし」

「はぁ……。そのうえ六階建てとか、いちいち階段を昇り降りする身にもなって欲しいわよね」

 

 探索しなければならない場所の大きさに辟易する。

 

 この聖ロンド学園は、いわゆる金持ち学校だ。

 

 「ユメハナ」の世界はかなり現実に近い設定だが、唯一ファンタジーなのが「貴族制度」が現役で実在する日本が舞台という点で、この聖ロンド学園はいわゆる貴族の学校なのだった。

 西洋ファンタジーほど厳格な身分社会ではなく、恐らく、「男爵家の庶子であったヒロインが訳あって本家に引き取られ、突然お嬢様学校に入れられる」というテンプレを実現するためだけに存在する設定だ。

 そのため、男爵家が一番下で公爵家がめっちゃ上、という事以外はほとんど描写されない雑さだった。

 実際にマリアとして暮らしてきた身でも、あんまり活かされてない設定だよなぁ、と思う。せいぜい威張る時にセリフで使うくらいだった。

 

 話を戻すが、そんな学校のため、人脈がどうのこうのという理由で中等部と高等部の学舎がくっついている。

 

 間に現在地である特別棟を挟んでいるため、上から見ると横長の建物が三棟並び、それぞれの間を二本の連絡通路が結んでいる感じ。

 そして、この特別棟には主に部室や理科室、図書室などの特殊な部屋が集まっている訳だ。

 

 屋上を諦めて通路の反対側に目を向けると、しばらく進んだ先のシャッターも閉まっていた。

 

「あっちも閉まってるわね」

「閉まってますねぇ。ちなみに、その手前の教室には入れるので、そこを通れば多分反対側に出られますよ」

「なにそれ、絶対なんかあるやつじゃん……」

 

 がっくりと力が抜けてしまう。それなんてフラグ。

 

 この学園は有り余る資金と外面のため、教室三つごと位の感覚で防火シャッターが設置されている。

 火災が起きてもそこだけ隔離できるから安心安全だね☆ という理論のためにそうなっているらしいが、こんな風に幽霊が好き勝手にルートセッティングできる建物は、今すぐ爆発炎上して消え去ればいいと思う。

 

 遠い目でそんなことを考えながら進んで行き、防火シャッターと件の部屋の入口の前に到達する。

 その部屋のドアは、これみよがしにうっすら開いていた。

 ちらりと見える中は薄暗い。

 

「ここは……華道部、顧問室?」

「そうみたいですね。多分、ここを通って華道部の部室側に出れば、このシャッターの反対側に出られますよ」

 

 まだ十夜も入っていないらしい。

 そういえば「移動出来る範囲が狭い」と十夜は言っていたが、どういうことだろう?

 

「ねぇ十夜。先に行って見てきてくれない?」

「……そうしたいのは山々なんですが、俺は行けなかったんです、華道部の部室に」

「え……どういうこと?」

 

 中のドアが閉まっていたってこと? でもそれじゃ、どうして反対側の廊下に出られるなんて言うのだろう。

 疑問符を飛ばす私に、十夜が苦笑した。

 

「実は、始めの部屋からこの華道部室までの部屋で、こうして少しでもドアが開いてるのがここだけだったんです。で、俺が触っても……」

 

 そう言って十夜が、少しだけ開いたドアを開けようとするも、ビクともしなかった。

 

「こうして、開かないんです。でも多分、生きてるお嬢様なら開けられるんじゃないかなぁって……。なんとなくですが」

「ひえ……。て、うわ、ほんとに開いた」

 

 促されてドアを押すと、普通に動いてドアが開いた。もうこの時点で無理ゲージが天元突破しそう。

 

「あぁやっぱり。で、ほら。隙間から中を覗き見た時に、あそこのドアも半開きになってるのを確認してたんです。多分、お嬢様はあそこも開けられるんじゃないかなって」

「はぁ……。なるほどね。じゃあ、行こっか」

「はい」

 

 そう言って、再び手を繋いでもらう。

 私がドアを押しながらくぐり抜け、十夜の手を引いた瞬間。

 

 バチン!という電流のような音が走って、十夜の手が急に離れた。

 

「っつ……! い、たた」

「十夜!?」

 

 見れば、十夜が通路側で手を押さえている。

 

「くそ、マジか……。やっぱり俺、ここを通れないみたいです」  

「嘘、 そんな!」

 

 まだ痺れているらしい腕を押さえた十夜は、眉を下げて私を見詰めた。

 

「すみません、お嬢様。俺が一緒に行けるのはここまでみたいです……。お嬢様なら、絶対やれます。どうか勇気を出して……」

「そんな……!」

 

 手を繋いでもらって、ようやくおっかなびっくり数十メートル歩けたレベルなのだ。

 それをこんな、明らかに「他の幽霊の縄張りです」って感じの空間に、一人で行けだなんて。

 

「う、う、無理、無理だよ、やだ、もうやだ!!」

 

 顧問室側にいることすら堪らなく怖くなって、思わず通路に飛び出て十夜にしがみついた。

 

「やだよ、無理だよ、なんで……っ」

 

 一人で行くなんて無理だ。そんな感情で頭がいっぱいになって、また涙が零れてくる。

 

 そんな私を見て困りきった顔をした十夜は「ひとまず戻って、一度落ち着きましょう」と言って、私を抱き上げた。

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