第四夜 ホワイトアウト
二度目の気絶は、流石にすぐに回復した。
ひんやりと冷たい十夜の膝枕で目を覚まし、げんなりとしながらも座り直して作戦会議を始める。
「はぁ……。それで、周りを見てきたって言っていたけど、どんな感じだったの?」
「うーん、本当に行ける範囲が狭かったんで、大した情報はないんですけど……」
話し始めた十夜によると、今の昼の世界も夜の世界も、どちらも窓や非常口から外に出ることは出来ないらしい。
開かないからというのもあるが、外は恐らく概念に近い更なる異界なのだろう。遠くの方はぼんやりとしていて、白く霞んで消えているそうだ。
うわそんな風景見たらSAN値削れるわ……と思いつつ、続きを促す。
「近くの部屋に入ってみようとしたんですが、開く部屋と開かない部屋がありました。防火シャッターも、降りてるところと降りてないところがあって。……まるで……」
「いやいい、その続きは言わなくていい」
「まるで、幽霊がなんらかの目的でお嬢様を誘導しているような……」
「言わなくていいっつってんだろがー!!」
にやにやする十夜の肩を掴んでガクガク揺さぶるが、体格差で全然揺れないのが憎い。
くっ。なんか幽霊になってからの十夜、マジで意地悪だな。これが夜になると更に……? あぁ、考えたくない。
「それと目覚めてから暇だったので、眠っているお嬢様をしばらく観察していたんですが、お嬢様自身も少し変化しているようです」
「変化?」
「いつも通り寝相が悪いのは変わらないんですが、寝てる時間が長くて……少なくとも三日は寝てました」
「え!?」
三日。つまり三日以上はこの空間にいるのか。
しかしそうなると、不自然な点が出てくる。
「つまり私、三日三晩飲まず食わずなのね。でも空腹でもないし、なんにも不調がないわ」
「そんな感じなんですよねぇ。トイレにも行ってないしお風呂にも入ってないのに、いつも通り綺麗ですし」
「んんん……なんでかしら」
可能性が思いつかないわけでもないが、言いたくない。
「幽霊になりつつあるって事ですかね」
「……人が思っていたけどあえて言わなかったことを……!!」
再びにやにやする十夜に掴みかかりつつ、諦めて夜についても聞いてみる。
「はぁ。それで、昼と夜ってどうなってるの?」
「それについては、俺もよく分からないんですよ。なにしろ強制的に意識が飛ぶんです」
「え……そうなの?」
なにその強制力怖い。
もしかして十夜に声をかけられて気絶したのって、ビビったからじゃなくて、丁度強制力が働いた瞬間だったのかな。
そしてふと思ったことを突っ込む。
「てか十夜、三日間も私を見てたんなら、床に転がしてないで座布団の上に寝かせるなりなんなりしなさいよ」
「ああ。してたんですけど、起きそうな気配がしたので、あえてホラー感を演出するために転がし直しておきました」
……だ、駄目だこいつ。早く成仏させないと。
もはやツッコミ疲れてスルーしていると、十夜がおもむろに立ち上がった。
「ま、取り敢えず実際に探索してみましょう。幽霊になっちゃった俺じゃ駄目でも、生きてるお嬢様ならできる事があるかもしれません」
十夜の大きな手が差し出される。
立ち上がるよう促されるも、私はすぐにはその手を取れなかった。
……だって。
「探索して、どこに行くの? だって外には出られないし、出られたとしても、おかしい世界になっちゃってるんでしょ……」
先程聞いた絶望的な事実が、私の足を竦ませていた。
建物から外には出られない。出られたとしても、どこに存在しているのかも分からない世界へ、なのだ。
十夜と冗談交じりに会話していたからなんとか正気を保っているが、ひとりでその事実に直面していたら、その場で発狂していたかもしれない。
案外、それを気遣ってわざとからかっててくれたのかもな。……決して性癖だからとかじゃないと信じたい。
そんな風に考えつつ座り込んだままの私に、十夜はいたずらっ子のように笑いかけた。
「お嬢様、知らないんですか? ホラーゲームでは、とりあえず正面玄関か屋上に出られれば脱出できるのがセオリーなんですよ?」
「ほ、ホラーゲームって……」
ここは現実ですけど。
そう返したくなったが、十夜はふいに私を諭すような、優しくも真面目な顔になった。
「霊的なものというのは、見立てとか、儀式とか、そうあれという気持ちが大きく影響するものなんです。……だから、玄関まで行けば脱出できる、と強く念じて行動すれば、道が開けるかもしれません」
「十夜……」
その話を聞いて、少し勇気が湧いてきた。
十夜はキリスト教の牧師の家に生まれた人だ。そんな十夜にオカルト関連のことで断言されると、なんとなく説得力があった。
「まずは一緒に見て回ってみましょう。ね?」
「……うん」
私は十夜の手を取り、立ち上がった。
ラブコメタグを入れるか悩む……。