第三夜 夜の特性
そうして主従の愛を確かめ、手を取り合って見つめあったところで。
「でも十夜。あんたさっきからやたら儚げな表情してるけど、出だしで私のこと思いっきり脅かしたわよね?」
「……えへ」
ジト目でそう言ってやると、十夜はきゅるんとした顔でてへぺろと舌を出した。
そのふてぶてしいツラのこめかみを、グリグリとぐーで押さえつける。
「いだだだ、痛い! 痛いってお嬢様!!」
「はぁん!? 幽霊様にも痛覚はあるのねぇ!! 凄い凄い新はっけーん!!」
「いだだだだうわホント骨が、中身がっ!!」
悶えながらも本気で逃げ出さないところを見ると、一応罪悪感はあるのだろう。
今の私は14歳の少女で、十夜は18歳のガタイの良い青年だ、体格差は余裕で30センチ以上ある。
あえて受けているのだ。
この一國十夜という男は、普段は従順な下僕の顔をしているが、わりとからかい好きだ。
それ故にわざと私が困っているのを少し放置してみたり、いかにもそれらしく嘘を教えたりと油断ならない奴なのである。
小さい頃は、その度「しっかり者の十夜にも間違いはあるのね!」的な解釈をしていたが、ゲームプレイヤーだったアラサーの視点を加味した今ははっきり分かる。
こいつはいつも穏やかなゴールデンレトリバーみたいな顔をしているが、全てにおいて愉快犯だ……!!
……ていうか、悪役令嬢の割にマリアはその辺寛容だったな。
まぁ、唯一自分を愛してくれる、大好きなお兄ちゃん的存在だったし。多少意地悪されたところで、盲目的でも仕方ないか。
アラサーの記憶を取り戻した今でも、その慕わしい気持ちは変わらない。
「いてて……。酷いですよお嬢様、あれはただのイタズラじゃなくて、善意の予行練習なんですよ?」
「よ、予行練習?」
不穏な響きに思わず聞き返すと、十夜は人差し指をピンと立てて教師モードになった。
「まず、ここが普通の場所じゃないことは分かりますよね」
「う、ん」
認めたくない事だったが、頷く。
それというのも。
最初に目覚めた時の廃墟然とした異様さとはまた別に、この綺麗な昼の茶道部の部室もまた、よく見ると異様だったからだ。
まず、昼間なのに、耳を澄ませても物音ひとつしない校舎内。
その違和感に首を傾げて周囲を見渡せば、清潔で明るい空間が広がっているけども、まるで誰かの幸福な回想の中にいるような、ぼんやりとした光に包まれた現実味のない光景が広がっていて。
上手く言えないが、夢の中のような、終わりのない穏やかな昼下がりのような……時の流れが感じられない雰囲気なのだ。
ここが現実じゃないことは、すぐに感じ取れた。
「お嬢様より少し前に目覚めたんですよ、俺。それで近場を見て回ってきて、この世界の特徴を掴んだんです」
「えっ……ホント!?」
頼もしい言葉に、私は思わず身を乗り出した。
それにくすりと笑った十夜は次の瞬間、真剣な顔をして、そっと私の耳元へ囁いた。
「夜になると、お嬢様に、凄く、意地悪をしたくなる……。それがこの世界の特徴です」
「………………………」
キリッ。という形容詞が似合う顔でそうのたまった十夜のこめかみに、再び拳を宛てがう。
「いっ、いだだだだ!! いやほんと、ほんとだから!! からかいじゃなくてー!!」
「……はぁ?」
やめてぇ! と半泣きの顔にジト目を向けると、いててと涙目になりながら十夜が口を開いた。
「うう、酷いですよお嬢様ぁ。……ええと、上手く言えないんですけど。ホラーゲーム風に言うと、昼は現世寄り、夜は異界寄りというか。夜になると、幽霊としての本性が出るというか……」
「それ、自分が悪霊ですっていうカミングアウトか何か?」
「いや違くてぇ!!」
泣き崩れるフリをして、えーん、と口で言う姿を冷たい目で見据えていると、くすんと鼻をすすった十夜は正座を正してこちらに向き直った。
「上手く言えないんですけど……。少しばかり、理性が外れるみたいなんです。俺の場合はちょっと意地悪したいな~可愛い顔見たいな~位で済むんですけど、他の連中はそうはいかないと思いますよ」
「………………他の、連中?」
ツッコミ所は多いが、不穏なワードに背筋が凍った。
なに、なんなの。まさか……。
青ざめた私の顔を見て、十夜はその想像の通りです、と頷いた。
「恐らく、この異界を作り出している奴がいます。……それが一人なのか、複数なのかは分かりませんが。とにかく、何人かがこの幻の校舎の中を徘徊しているのを見ました」
「……っ」
くらり、と視界が揺れる。それ、そんなのって、まるで。
青を通り越して白くなっただろう私の顔を見て、十夜が苦笑した。
「多分。ボスを倒すとか、全員成仏させるとかしないと脱出できない系ですよ、これ」
それを聞いて私は、絶望のあまりに本日二度目の気絶をしたのだった。