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第二夜 悪役令嬢の執事

「ん……ぅ、ん」


陽の光を瞼越しに感じる。優しくも有無を言わさず覚醒を促すその明るさに、唸り声を上げた。

 すると、私の髪をするり、ふわりと甘やかに撫でる感覚が加わって。

 

与えられる愛情がくすぐったくなるような、でももっと撫でて欲しくなるような……そんなゆるくて優しい触り方だ。

 

誰かに、頭を撫でられている。


「ん……」

「お嬢様、起きました?」


怜ではなく、マリアとして聞きなれた声が上から降ってきて、私は目をパチリと開けた。


「あぁ、良かった。急に倒れるから心配したんですよ」

「……十夜?」

「はい、貴女の十夜ですよ」


 にこにこと笑うその雰囲気は、まるで気の優しい大型犬。

 そんな人懐こい顔する癖して、真顔だと近づきがたいほどの冷たい美形。

 前髪はちょっと長くて後ろは刈り上げ、さらにピアス。極めつけに柔らかな金色の髪と青空みたいな碧い瞳というチャラさだが、天然の色であるそれらは爽やかで、不思議とチャラいと思わせない。


それが私の家の使用人であり、私の専属執事見習いの一國十夜(いちくに とうや)だ。


「……とーやぁっ!」

「わっ! ふふ、どうしたんですお嬢様? 珍しい」


見慣れた安心できる人の顔に、一気に安堵が押し寄せてきて。私は十夜の胸に飛び込んで、ぎゅうぎゅうと抱き着いた。

 

さっきまでのは、夢だったんだ。

 

 怖気の走る暗い廃墟も、荒れ果てた畳も、誰もいない暗い和室で後ろから声がする、なんて恐怖体験も。


 そう自分に言い聞かせているのにも関わらず、私は十夜の胸から顔を上げることができなかった。


だって。


「……ねぇ、十夜」

「はい、なんですか?」


穏やかな甘い声で私の呼びかけに答える十夜に、私はなかなか次の言葉が言えなかった。


  ……にこにことしている十夜の体温が。


 どうして、氷みたいにゾッとするほど冷たいんだ? とか。

 

 胸に飛び込む前に見えた現在地が、明るく清潔とはいえ、なぜ一度も来たことの無い、学園の茶道部の部室のままなのかとか。


 ……一瞬で安堵は冷たい恐怖にすり代わり、私は固まってしまった。


「……お嬢様は頭が良いから。もう、分かってますよね。……俺が、怖いですか?」

「っ! な、なにが!? なんにも怖い事なんて、ないじゃ、ん……」


十夜が、私の両頬を包んで顔を優しく上げさせる。

マリアとしても怜としても大好きなはずの、碧い瞳と目が合った。


「俺が幽霊だってことも、ここがおかしな世界になってしまってることも。お嬢様はもうわかってますよね」

「……っ、……な、に、言って……」

「逝って?」

「ちっがう!!」


私のツッコミに軽く笑った十夜は、意味がわからないくらい余裕な様子で。

頬は嬉しそうに薔薇色なくせして、質量はそこにあるくせして、体温は死人のそれだ。


「何……なに、なんなの、なんなの……っ」


混乱するままにかぶりを振って距離を取ろうとした瞬間。十夜が一瞬、悲しげに目を細めた。

それに、あ、と気を取られる。

そのまま十夜は笑顔で俯いて。

 

 ……傷つけた、と瞬間的に悟って再び硬直したが、十夜は私を責めるでもなく、切なげに苦笑した。


「すみません、お嬢様。俺、お嬢様を置いて、いつの間にか死んでました。……ほら、足は透けてるんですよ。……怖いですよね」


「え……」


 怖くないって即答できなくて。

 でも、小さい頃から親身になって仕えてくれた十夜のことを否定したくなくて。

 

 口をはくはくとして何も言えない私を許すように微笑むと、十夜はよく執事の仕事の時に使っている白手袋をポケットから取り出してはめようとした。


「ほら、これを手にはめれば、温度はほとんど分かりません。触っても、怖くな……」


 十夜が言い切る前に、私は十夜の素手を掴んだ。


「怖くない、よ」


 手の震えは隠せなかったけど、十夜の氷のような温度のない手をぎゅっと握った。


「……お嬢様、無理は」

「無理じゃない!」


 もっとぎゅっと握って叫んだ。正直言って、たまらなく怖かった。でもそんな心は無視した。

 だって、十夜は、私が物心ついた頃からずっと見守ってきてくれた、唯一の執事だから。


「私がお前ごときを怖がるわけ、ないじゃない……!」


 ぶるぶる震える手で十夜の手を握って、目を見て叫んだ。

 

 すると十夜は、一瞬目を見開いて。

 ……それから一粒涙を零して、心から嬉しそうに、微笑んだ。

寝込んでた令嬢というスタート、好きだなぁ自分……(笑)

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