第十夜 睡魔
ちょっと時間があいてしまいましたが、まったり進行致します~
「はぁ……」
御桜は無事に成仏したようだ。
ドッと疲れたなと思った瞬間、体の力ががくんと抜けた。
悲鳴を上げる間もなく畳の上にくたりと座り込む。
ぐっと視界が狭く暗くなり、強い目眩に襲われる。
強制的に意識をシャットアウトされるような感覚に頭を抱えてパニクりそうになったが、フッと「なるほど、これが昼と夜の境目か」と理解する。
強制力に任せて体の力を抜くと、意識が暗転した。
◇
「ん……」
ぱちりと目が覚める。さきほどへたりこみ、横になった畳から上体を起こすと、周囲は昼の世界に入っていた。
「ちゃんと綺麗だわ……」
夜の凄惨な状態から一変して、華道部室は本来のシンプルで格調高い和室に戻っている。
相変わらず時の流れが感じられないような、人っ子一人いない、綺麗すぎる不気味な雰囲気ではあるが……。
「というか……時の流れってどうなってるの、これ?」
さきほどの「夜の世界」の時間は、体感で2、3時間あるかないかくらいだった。
どうやら昼の世界と夜の世界は、きっちり12時間交代という訳でもないらしい。
時間の長さそのものが不規則になっているのか、私が起きていられる時間に変動があるのかは分からないが。
そして感覚として、体に変調があった。
「……なんか、凄く……眠い?」
まぶたが異様に重く、頬を抓ってみても眠気が取れない。
もしかしてこれ、意識の暗転は休息、つまり睡眠には含まれていないのだろうか。
……意識が暗転してる間は、私だけ時間停止してるってこと??
だとすると、起きている時間の中で自発的に眠りにつかなければならないということだ。
「あぁもう……。一日が何時間なのかとか、昼と夜が一定の長さなのかとか、気絶してる間に周りはどう動いてるのかとか……知りたいけど、知りたくない」
SAN値直葬待ったなしな時空の歪み、そしてそれに適応しているらしい自分の体。本気で考えたくないことばかりだ。
十夜が言っていた「お嬢様もこの世界に近づいている=幽霊に近づいている説」を頭から振り払いつつ、私はよろよろと立ち上がった。
「ひとまず“昼”になったし、十夜の様子を見に行かなきゃ」
そう、十夜から逃げ続ける訳には行かない。
夜だけおかしくなると言っていたし、明るいうちに会いに行かなければ。
それに、十夜のアドバイスや支えなしにこの華道部室の先へ一人で突き進むのは……ちょっと気持ち的に無理である。
そろりそろりと華道部室から顧問室へ行き、1センチほどドアを開け、目線だけで廊下をのぞき込む。
茶道部室へ続く廊下には誰もいなかった。
「十夜……?」
茶道部室に戻ったのかな、と思いドアから出た瞬間、後ろから手が伸びてきた。
「お嬢様ぁあ~~~~!!!!」
「ひぇうわエァアアア!?!?」
飛びついてきた何かに反射で肘鉄を叩き込むと、その何か……十夜は床に崩れ落ちた。
「とととと十夜!? ちょっとびっくりさせないでよ!!」
「ぐはっ……も、申し訳ありませ……」
ズザザッと5メートルほど距離をとると、十夜はしゅんとした様子で廊下に正座した。
「お嬢様、ほんとうに、本当に申し訳ありませんでした……!!」
「…………戻ってる?」
「はい、今の俺は正気だと思います」
頭に垂れる犬耳が幻視できそうなほどしょげきった十夜は、半泣きで土下座した。
「怖がらせてすみません、しかも一人で行かせて……泣かせてすみませんでした、お嬢様……!!」
「わ! ちょ、顔上げてよ十夜っ」
慌てて頬に手を添えて顔を上げさせると、十夜は迷子の子供のような顔をしていた。
「どうしたの、十夜。そんなに謝らなくても……。確かに凄く怖かったけど、あれは“夜”のせいなんだから、ね? これからは気を強く持てばきっと大丈夫でしょ?」
「いえ、きっと駄目です……。あの時、俺、自分がおかしいって感覚がほとんどなかったんです……! それが、恐ろしくて……っ」
「え?」
どういうことだと問うと、十夜はうう、と呻いて更に目を潤ませた。
「この前は“夜”のせいで悪戯心が強くなっているな、位の自覚があったんです。でも、昨夜はまるであれが本当の自分みたいな、自然な感じで……。万能感があって、いけないことをしているという自覚が全くなくて……。思い返したら死にたくなるほどの無礼な行いをしたというのに……」
たとたどしく説明と謝罪をする十夜に嫌な予感がした。
それってもしかして……“夜”の支配が強くなっているってこと?
「まさか……てことは、これからは、夜は必ずあんな感じになっちゃうってこと?」
「お、恐らく」
思わず額に手を当て、天を仰ぐ。
つまり、一番恐ろしい“夜”は、絶対に十夜から距離をおいて一人で過ごさなければならないという事だ。
「どうしても駄目そう?」
「多分」
「うーん、うーん、じゃあ、昼のうちにちょっとスキンシップ増やして欲求不満を解消するとか」
「多分それは俺が楽しいだけで効果はないかと……むしろまずい」
「えっ」
「あ、いえ。その、俺のためにそこまで無理をさせられません」
うーん、駄目かぁ。気になる発言もあるが、これはもう夜は距離をおくしかなさそうだ。
というかなにより、今は眠気がマックスでこれ以上建設的な会話が出来そうにない。ふわふわしていて会話に集中出来ない。
数時間しか起きていないはずなのに、なんでこんなに疲れているんだろう……。
「とーや、なんかすごくねむい……」
「! では、昼のうちに寝ておいた方がいいですね。茶道部室に移動しましょう」
私が目を擦りながらそういうと、十夜は慌てて立ち上がった。
フラフラしているので手を引いて貰いつつ、畳のある部屋に移動して座布団を敷いてもらう。
「夜になる前に起こします。ゆっくりお休み下さい」
「うん……」
傍らで正座した十夜に見守られつつ、その会話を最後に私は一時の眠りについた。




