第一夜 転生、そして気絶
テンプレな乙女ゲーム……をベースにした小話が書きたくなったので、書いてしまいました。
まったり更新しますので、お付き合い頂ければ幸いです。
目が覚めたら、見知らぬ荒れ果てた夜の和室にいた。
一瞬で現実逃避したくなる。
ここはどこ? 私は誰? とオロオロしたいところだが、自分が誰なのかは普通に分かった。
私の名前は大道寺マリア。聖ロンド学園中等部三年、十四歳。
……そんな現在とは別の、前の名前も同時に思い出す。
すなわち前世の名前のことだ。田中怜。トラックに轢かれて死んだ普通のアラサーOLだった。
「いや……いやいやいや。なにこれ、全体的にどういうこと?」
うつ伏せに倒れていた体をなんとか半分起こし、周囲を見渡してみる。
薄明かりに照らし出された見知らぬ和室は、鳥肌が立つほど気味悪かった。
花瓶が倒れたままの汚れた床の間、そこから散らばり腐食した花。
破れて月明かりをまばらに通す埃っぽい障子、傷んですえた臭いを発する畳。
そして謎のドス黒い液体が飛び散った壁、澱んだ空気。
……一瞬で転生したことを理解し、マリアという第二の自分を把握した私だが、この状況だけは飲み込めなかった。
理解が早すぎる? まず転生に驚け?
もっともである。しかし、前世で自分が死んだ経緯も、そして転生した今の自分についての記憶も知識もしっかり頭の中に収まっていたため、どういうわけか全く混乱しなかったのだ。
感覚で言うと、マリアとして生きた記憶はそのままに、失っていた本来の自分を取り戻したような感じだ。
しかしそのどちらの人生においても、こんなヤバげな場所に放置されている状況はありえないもので。
「ほんと無理。無理だって……。なんなのこの状況……?」
思わず失意のポーズになる。畳についた手から伝わってくるざらりとした荒れた感触が、これが現実だと見せつけてくるようだ。
怜としての私は、ホラーが好きだった。
しかし、怪談を読んだりホラゲ実況を見たりはするけど、その後半日はトイレに一人で行けなくなる……そういうタイプのビビりだった。
苦手なら見なきゃいいのに、見てしまう。若干Mだったのではなかろうか。
……いや、自分のチキンタイプ判断をしている場合じゃない。まず状況の整理をしよう。
転生した私こと大道寺マリアちゃんは、前世でプレイしたことのある乙女ゲーム「四季の夢、恋の花」……通称ユメハナにおける、ヒロインを引き立てるためのライバルキャラである。
しかも、いわゆる悪役。
金に物言わす、嫌味に嫉妬に取り巻き引き連れ威圧にエトセトラエトセトラ……ハイ、負け確定お疲れ様です。な、やられキャラだ。
唯一のいい所は、愛らしい顔立ちに、腰まである漆黒の艶髪。そして華奢な体に、深緑の宝石めいた大きな瞳。
要するに、完全に見た目だけであった。
アラサーだった前世など思い出すこともなくそうして生きていた今世の私は、その設定通り、幼い頃から傍若無人にゴーイングマイウェイしていた。
しかし、中等部二年生からは、そうは行かなかった。
ゲームにおけるヒロイン、「白花ことり」が、夏に転校してきたからだ。
その日から人生の坂道を転げ落ちるようになにもかも上手くいかなくなり、仕舞いには虐げられ、貶められ、絵に描いたような没落人生を送っていた。
「今ならわかる。確実に、あの白花ことりは転生者だ……。そしてライバルキャラの私を転生チート知識を使って完膚なきまでに追い落としてきたんだ……。お、おっかねぇ……」
ぶるりと震える。女って怖い。
そう、本来なら少女漫画的純粋さで周囲を救いまくるはずの白花ことりは、恐らく転生者だった。しかも、とんでもない性悪の女狐だったのだ。
出会ったその日に物陰に連れ込まれ、胸ぐらを掴みながら威圧された。
「私に逆らったりチクッたりしたら外部の仲間使ってとことん体潰すからな。……あは、これから沢山使ってあげるから、よろしくね?」
第一声がこれである。なんだかんだで箱入り娘なマリアちゃんは、突然のサイコパスヤンキーの出現に震えあがった。
こうして初手からマウントを取られた私は、完全にビビっていた。当然、こんなヤンキーに関わりたくないので悪役令嬢として振る舞うはずもない。
……しかしそこは転生者の白花ことり、抜け目なかった。
自分で傷を作ったり、水を被ったり、嘘の目撃者を用意したりと暗躍し、しっかりと濡れ衣を大量生産して私を破滅させた。
実際、この白花ことりが来るまでは、悪いことはしないものの傲慢で自分大好きな人間だったのだ。
儚げなことりと、ことりが瞬時にして形成したハーレム男子達に糾弾されれば、まともな反論を封じられた私は勝てるはずもなかった。
こうして散々に虐められた私だが、こんな廃墟みたいなところに放置されるほどには流石に……。いや待てよ、されかねない。あの白花ことりはマジで凶悪だった。
なにしろあのことりは、入学前にすでに転生した記憶を思い出していた様で、学校内外に様々な悪い仲間を作っていた。
そいつらによって暴行一歩手前の事をされたり、服を剥がされて写真を撮られ口封じに使われたり、SNSでわざと炎上されたりと、普通に世を儚んでもおかしくないような犯罪レベルのことをされたのだ。
そうして虐められてるのに、逆にいじめっ子に仕立てあげられ、ゲームで言うところの断罪イベントまでしっかり済ませられた。
最後は校庭のど真ん中、人前で土下座させられ、なんとかプライドだけで己を保っていた私はそこで廃人と化した。
引き立て役が欲しかったにしても酷い。恐らく根がいじめっ子というか、サディストだったのだろう。そのくらい私を追い落とす動きは苛烈だった。
中等部卒業間近には私、家のベッドから出られないレベルになっていたんだよな……。
ちなみに、自分の執事である青年にはそんな惨めな自分を知られたくなくて限界まで隠していたし、高等部と中等部で別れていたため事態が判明するのが遅かったのも、最後までやられ続けた原因の一つである。
そこまで思い出して、だからこその違和感に首を傾げる。
「どうやってここに来たのか思い出せない……そうだよ、そもそもここどこ?」
怒涛の回想を経て当初の疑問に立ち戻った私は、よろよろと立ち上がった。そう、私はベッドから出られないくらい駄目になっていたはずなのに、どうやってここに来たんだ? そしてここはどこなんだ。
ぎし、ぎしと軋む床は今にも抜けそうだ。ぐるりと見回してみる。
どこの家かは知らないが、窓かドアさえあればさっさと抜け出せるだろう。
広い和室は襖で区切れるようになっているが、それらは全て開け放たれている。
そんながらんどうな部屋の奥の一角は不自然に洋風になっており、板張りの壁にドアがついていた。……ん?
この不自然な作り、まさか。
「ひぇっ……いや、待て待て。まだそうと決めつけるのは早い」
認めたくない現実に一瞬震撼するも、なんとか現状を把握するべく視線を走らせると、窓の上に飾られた重厚な板の筆文字が目に入った。
“聖ロンド学園 茶道部 部室”
「この廃墟、まさか。いや、待って……」
嘘、でしょ。
これが正しいとしたら。
私は真夜中の、どういう訳か突然廃墟と化した学校の中に、ぽつんと一人でいるということで……。
「む、無理無理無理無理、実写ホラーは無理、夜の学校とか無理、むり、むりだってえ!!…………ここ、まさか学園なの……!?」
そんなありえない現実に体が震え出す。あまりの恐怖に涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。
現役の校舎が突然廃墟になってるだなんて、ありえない。絶対おかしい。
つまりこれ、異界入りとかタイムスリップとか、そういう超常現象に巻き込まれてる。
しかもこの部屋だけでもおっかないのに、この部屋の外にもあのバカでかい校舎が続いていて、真っ暗で。その中に自分一人。
想像しただけで足の力が抜けてしまう。
何が潜んでいるか分からない真っ暗な階段や廊下を一人で通り抜けて、下までなんて行ける気がしない。
……そんな風に涙目で頭を抑え、嫌々をする私の耳元に、突然何者かの吐息が触れた。
風なんかじゃない。
微かな熱と、ふふ、という喉を通った微かな音。
それに体が、ビシリと固まる。
嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。
この部屋に私以外いないことはさっき見たばかりだ。
なのに、後ろに、突然現れた誰かがいる。
「ゆ……ゆー、れい、さん……かな……?」
ははは、とやけっぱちの半泣きで呟いた私の声に答えるように。
至近距離から、男の低い囁き声が、ゆるりと響いた。
「……当~たり♡」
「ひっ……、ぎゃあぁああーーー!!」
私、リアルホラーは、無理なんだってえ!!
「あ……お嬢様!?」という慌てた声と煌めく金髪を視界に掠めつつ、私は崩れ落ちて意識を手放した。