【読切】三年契約結婚プラン
初めて参加した婚活パーティで、俺は早くも打ちのめされた。
特に容姿に自信があるわけでもなく、
取り立ててオシャレのセンスもなく、
声をかける勇気もなければ、
会話を繋ぐスキルもなかった。
そして、名札の中に名前と一緒に刻まれている
「年収300万」の文字がとどめとなった。
開始30分で、もう居たたまれなくなり、
あとは、誰にも見つからないよう、壁際に移動して
ちひちびとグラスの中の酒を飲むことに専念した。
今の気分の所為で、美味くも感じないが
多分酒そのものは、そんな悪いものじゃないだろう。
悪い酒じゃないといいな。
会場で人気なのは、
年収1000万超の外資系、
年収800万の公務員、
………金か。やっぱり金なのか。
まぁ俺の場合、他にも足りないのはあるんだけども。
でも、そんな俺のことでも
いいと思ってくれる女性がいるかもって夢くらい見たっていいじゃんか!
………夢見る前に現実見ろって話ですね、知ってる。
どうせこのまま時間が経っても何も起こりは「こんにちは」
………幻聴かな?
女の人の声がしたけど
「こんにちは?」
顔を上げてみると、そこには妙齢の美人さんがいた。
二十代と言われれば二十代に見えるし、
四十代と言われれば四十代に見える、
大人の色香に溢れた美人が目の前にいた。
「っ………かっ、こ、にちわ」
焦って噛んだ。恥ずい。消えたい。
「うふふ、もし良かったら、少しお話ししませんか?」
俺の焦りなんて意に介さない、艶やかな笑顔だった。
「え、お、おれ、ぼく、いや自分なんかでいいんですか?」
またどもってしまった。
一人称も定まらない。
「ええ、あなたとお話ししたいわ」
「ど、ど、どうして自分なんかと」
「だって、あなたがとても優しそうな人の顔してるから」
ちょっと嬉しい。
かっこいいと言われると「心にもないこと言いやがってコノヤロー」と頭にくるけど
優しそうと言われると………うん、優しさには自信がある。
優しそう?俺は優しいよ!
俺はすっかり舞い上がってしまって近くのテーブルに美人さんを手招きした。
美人さんは「ありがと」と小さく言い、腰掛けた。
「改めて、初めましてわたしは………」
美人さんの自己紹介に追従する形で、俺も名を名乗った。
「わたし、実はバツイチなんだけど、あなたもやっぱりバツがある女性は嫌かしら?」
「………いえ、そういうの全然気にしません!」
嘘だった。気にします。
正直ショックです。
でも、ここで正直に言っても何にもならない。
せめて話をしてみよう。
「よかったわ。やっぱりあなたいい人ね」
「ハハハ、どうして前の旦那さんとは?」
「夫は事故死………ということになっているわ」
「………っすみません!悪いことを聞いてしまっ………
………『なっている』?」
語尾が気になった。違和感を感じる。
「夫はねえ、とても、とっても変な人だったの」
その人は昔を懐かしむように朗らかに笑った。
―
――
―――
わたしが夫と出会ったのは、今日みたいな婚活パーティの会場だったの。
当時のわたしは結婚に対して、相当焦ってたの。
周りの友達はみんな結婚して、家庭を持って
わたしだけ結婚できなくて、とてもとてもイライラしていたわ。
婚活パーティにもいっぱい参加して、周りのみんなを見返せるようないい男を捕まえようと躍起になってたの。
そんなときにわたしに声かけたのが夫だったの。
最初は全く眼中になかったわ。
夫の第一印象は『平凡』ね。
当時、わたしはできるだけいい男捕まえようとしていたから、適当にあしらってしまおうと思ってた。
そしたらね、夫が変なこと言い出したの。
『3年間、僕の妻となる契約をしてくれたら、代金として1億円支払います』
………この人アタマオカシイんじゃないかって思ったわよ
でもね、わたしもアタマおかしかったんでしょうね。
その大ボラが可笑しすぎてのってしまったの!
契約期間は3年間だけ、それ以降は自由。
3年経ったら、夫はわたしに1億円を支払う。
もし3年後、夫がわたしに契約料を支払えなかったら、慰謝料を請求する。
どう転んでも、わたしに経済的損はなかった。
寧ろ、多分1億は嘘で、慰謝料数百万になるだろうと思ってたわ。
それでも、かなりの儲けになる。
その上で、夫の要求が3つあった。
夫の親族・友人に良き妻と思われること。
わたしの家族・友人に仲の良い夫婦と思われること。
最後に、夫の前で理想の妻として振る舞うこと。
つまり素でいられるのはひとりのときだけ。
夫を含め誰かといる時は、夫を愛しているように振る舞わなければならない。
これは結構苦痛だと思った。
でも、3年くらいなら辛抱できると思った。
それから、夫と契約書を交わした。
その後は、わたしの両親に彼を紹介し、
彼の両親にご挨拶にいき、
すぐに籍を入れ、式を挙げた。
そして我慢と忍耐の3年間が始まると思ったのだけど、
大きな誤算があったの。
―夫との結婚生活が、幸せ過ぎたの
わたしがご飯を作る度に、必ず美味しいって言ってくれて
わたしが家のことする度に、いつもありがとうって言ってくれて
週末は毎回デートして、色んなお店に食べに行って
嫌なことがあった日はずっと愚痴を聞いてくれたこともあったっけ
困ってる時は助けてくれて、頼りがいがあって
いつの間にか、夫のこと本当に好きになってしまったの。
わたしに『理想の嫁として振る舞え』って言っておきながら、
自分は『理想の旦那』になってくれたの。
もう、あべこべよ。
もう、1億円も3年契約もどうでもよくなってたわ。
このまま、一緒に過ごして行けたらどんなに幸せだろう。
そう思ってたわ。
結婚して3年後、もうすぐ結婚記念日というときだった。
珍しく夫から仕事帰りに電話があって
「3年目の結婚記念日だから、旅行に行かないか?」って誘われたの。
わたし嬉しくなっちゃって旅行に行きたい場所をいっぱい、まるで子供のようにはしゃぎながら言っちゃったの。
そしたら夫が苦笑してね
「帰ったら、決めようか」
「うん!美味しいご飯作って待ってるから、早く帰ってきてね」
「わかった。………完璧だったね」
わたし、てっきりいつものみたいにご飯を褒められたのかと思ったの。
でも、違ったの。
その日、交通事故にあって、夫はかえらぬ人となったわ
数日後、夫の遺品を整理してたら夫の遺言書が出てきたの。
そしたらね、夫の財産が次々に見つかったの。
生命保険、有価証券、土地・不動産………現金も資産も全部集めたら1億どころじゃない、2億円に届くくらいになったの
そして、財産のすべてを妻であるわたしに譲るって。
ようやくわたしはすべて理解したわ。
これが夫の言ってた契約料なんだって
契約料を踏み倒す気なんか、全然なかった。
夫はきっちり支払ったの。
そして、契約期限は
籍を入れた日ではなく、その数日前のあのパーティから起算されていたの。
あの日、夫が死んだのはただの偶然だったのかしら。
夫の最期の言葉の「完璧だったね」は、
わたしの料理に対してでなく、3年間の妻としての振る舞いについてだったこと。
わたしがどれだけ夫に尽くそうと、
いや、尽くせば尽くすほど、夫はただの演技としか思っていなかったのよ。
わたしが心の底から愛した夫は、1ミリたりともわたしの愛を信じてくれてなかったの。
わたしの中から何がが喪失し、目の前が真っ暗になったわ
―
――
―――
目の前の彼女は、喋り疲れた喉を潤すように、グラスの中身を嚥下した。
「ねえ、あなた」
彼女は慈愛に満ちた穏やかな笑顔を俺に向けた。
でも、俺はその笑顔の向こうで考えていることを知りたくなくて、逃げ出したい気持ちになった。
「―――3年間だけ、わたしの夫にならない?契約料は1億円」
ジャンルが、どれが適切かよくわかりませんでした。「騙された!違うぞ」って方がいましたら、申し訳ないです。