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異世界で見つける家族の在り方  作者: Aruki2
一章 幸せの中の挑戦者
5/33

5.初めの第一歩

 

 さて。

 異世界ショック自体はあまりなかった。もう二度とスマートフォンや携帯ゲーム機を使えないというのは地味にショックではあったものの、この四年間でもそんなにやりたいとは思わなかったから、これからもそこまで困ることもないだろう。

 それよりも重大なことがある。

 ここは異世界、そう、異世界なのだ!!

 魔法も剣もありのファンタジー系異世界!


 現実に絶望していたとは言っても俺も男の子。いや、むしろ現実に絶望していたからこそ余計に。俺は魔法といった摩訶不思議な現象に憧れを抱いていた。

 炎、水、光、土、風、闇などなど、心躍る不思議な現象の数々。それを操って今まではできなかったことをする。少し考えただけでも興奮してしまう。

 しかもさらに良いところは俺は別に勇者でもなんでもない、ちょっと良いところの息子だというところ。これならば無理してまで凶悪な相手と対峙することもしなくて良いし、着の身着のままに異世界生活を謳歌できる。


 ただでさえ幸せな家族という素晴らしいものをもうもらっているのに、その上魔法までありの異世界だなんて、実はこれが夢だったと言われても納得してしまうほど幸せな環境だ。もちろん、これは夢なんかではない。今呆けて階段の1段目に足を引っかけ転んだらちゃんと痛かったから間違いない。


 この第二の人生を全力で生きる。目標はあってもその方法が全く分からなかった。今できる勉強や運動をできる限りやってみていたが、やっと明確な目標が出来た。

 魔法。これだ。これこそ俺が全力で取り組むべき事だ。

 魔法はこの世界ではあって当然のもの。前の人生――いや、前の世界で言えば電化製品や電気みたいなものだ。ならばその分野について秀でた知識、技術があれば生活もかなり張りのある楽しいものになるはずだ。


 思い立ったら即行動だ。時間は有限、興奮は無限大の現状なのだ。自分を抑えることなんてできるはずもない。

 幸運なことに我が家には魔法が得意(自称)な人物がいるのだ。


 夜。その人物は寝室にいた。

 俺ははやる気持ちそのままにさっそく扉を開け放つ。


「母さん、お願いがあるんだけど!」

「ひゃぁっ!!」

「ラ、ランド!?」

「………………………………………………………………」


 開け放った扉の先。両親の寝室のベッドの上では、尊敬する両親がなんか良い感じで抱き合っていた。具体的に言うと(ボンド)(セイラ)からマウント取る感じで。

 まだ着衣していたのが救いと言えば救いか。

 二人は突然の俺の訪問に完全に石になってしまっていた。ただ二人の脳内では凄まじい勢いで言い訳が駆け巡っているのが見て取れる。正直、見ていて少し面白い。

 さて、俺はまだ世間的には5歳の可愛い子供だ。そんな俺がこういう場面でする正しい反応は。


「父さん、母さん、二人とももう寝ちゃうの? あはは、僕よりも子供だー」


 子供は無邪気。これに限る。

 前の俺ならこんな無邪気アピール意味ないし、というか情事にだって興味津々だから何かしら反応してしまったかもしれないが、今の俺ならばこれが一番だ。


「あ、あぁ、ちょっと眠くなっちゃったんだ。でもそこまで眠いわけじゃないから大丈夫だぞ?」

「そうなの? もし体調が悪いならお医者さん呼ばないと」

「本当に大丈夫よランド!? それよりも何か用事があったんじゃないの? 母さんたち何でも聞くわよ?」


 慌てふためく二人を追い詰めていくのがにやけそうになるくらい面白い。俺にこんな趣味があるとは……というのは冗談だとしても。まだ子供が起きているような時間から盛る二人が悪い。俺が気を遣える子供じゃなければもう何度かお楽しみ中に部屋に入ってしまっているところだ。現に今までの生活でもちょっとタイミングを間違えていたら、ということがよくあった。

 まぁ、両親の仲が良いのは俺も嬉しいところだから、時間さえ弁えてくれたらそれで十分だ。


 脱線していた俺の目的にちょうど話の焦点があったためセイラの質問に乗ることにする。

 というかそうだ、今は二人のむふふな話などどうでもいい。


「うん……僕、魔法を習ってみたいんだ!」

「まぁ!」

「ほぅ……」


 俺の申し出にセイラは笑顔を、ボンドは興味深そうな表情と各々の反応を見せる二人。

 セイラの反応はおおよそ予想通りだが、ボンドの反応は少し意外だった。セイラと同じくパーフェクト親馬鹿のボンドならば俺が自発的に何かを学びたいと言えば諸手を挙げて喜ぶと思っていたのだが……


「それで、ランドはどんな魔法を使ってみたいの? 火? 水? あ、お昼に見せた神聖魔法かしら? それとも――」

「こらこら、セイラ。ランドはまだ魔法の基礎だって習ってないんだから、そんなに聞いても分からないだろ? まずは魔法そのものを教えてやらないと」

「魔法の基礎?」


 ボンドの言葉に首を傾げる。

 確かに、俺は魔法についてはほとんど分からない。ボンドの言いぶりからするに、ある程度は理解していないとこの世界の魔法は使えないもののようだ。

 なんとなくでは使えない魔法。ふふ、さらにテンション上がってきた。


「あぁ。魔法ってのは俺たちの生活にかかせないものだ。使う魔法にもよるが使うだけなら本当に簡単なものもある。だが使い方を間違えたら大けがをすることだってあるんだ。便利なものはなんだって危険を孕んでるからな」

「父さんと母さんはそんな魔法をいっつも使ってるんだよね? すごいや」

「んー……、まぁ、な。でも、魔法のことなら母さんに聞きなさい。父さんよりもずっと詳しいからな」

「そうね。父さんは魔法にあんまり良い記憶ないものねー?」


 セイラの言葉につまらなそうな顔をするボンド。もしかしたらボンドはあまり魔法は得意ではないのかもしれない。

 そして自他共に認める魔法が得意なセイラ。彼女は俺を抱き上げ膝に乗せるとこの世界の魔法のことを俺に説明し始めた。


「いい、ランド? 魔法って言うのは――」





 ――魔法とは。

 この世界になくてはならない重要な技術の一つ。そう、技術だ。

 魔法というと、よく分からない不思議パワーで色々な現象を起こすイメージがあったのだがどうやらそうではないらしい。

 確立された技術。前の世界で例えるのであれば科学だろう。この異世界では電気や機械といったものの代わりに魔力や魔具というものが使われている。発展の方向が違うと言うことだ。


 魔法を使うには二つのプロセスがある。

 まずは使いたい魔法の術式を用意する。魔法にはそれぞれ術式と呼ばれる魔方陣が存在する。例えば火を点火する術式。水を放出する術式、木を生やす術式。まさに星の数あるらしい。

 そして、用意した術式に魔力を通す。魔法発動に必要な量の魔力が注入されれば、それで魔法は発動する。魔力は差はあれど誰でも体の中に内包しているとのこと。


 口で言うのは簡単だが、実際に発動するのは本当に難しいらしい。

 まず術式。これは別に文字をずらずらと書かなくてもいいらしい。自分がその術式の構成、流れを理解していて体の中で再現さえできれば魔方陣の代わりに出来る。だがまず魔法の術式を完璧に理解するということ自体難易度が高く、魔法初心者が一日二日でできるような代物ではない。


 次に魔力。これも仮に術式が用意できても理解が不完全だったり、身の丈に合わない大魔法だったりすると消費魔力が大きくなってしまい、自分の魔力では足りなくなり発動しない。

 魔力は魔法を使いまくって鍛錬次第で増えるものということだが……やはり魔法初心者は魔力も少ないため鍛錬自体なかなかできない。


 だから魔法初心者は真面目に勤勉に、地味で苦痛な、完璧な術式を書く作業をして少しずつ魔法を使って鍛錬していくしかない。魔法とは一部の才能ある人間が自由に使える人を選ぶ技術なのだ……と、言うのが数十年前までの話。


 技術革新があった。

 それを起こしたのは大賢者と呼ばれるある人物の文献。そこに書かれていたのは、今では世界中で使われるようになった魔法の道具――魔具の設計図だ。

 魔具は術式を書き出す、体の中で魔力を操る、といったそれまで人間が行っていた作業を道具にやらせようという発想だった。

 魔石と呼ばれる魔力がこもっている石を道具と一体化させ、道具か魔石自体に使いたい魔法の術式と、魔力を増幅させる術式を書き込む。これで術式と魔力の問題は解決だ。あとは魔石にこもっている魔力を活性化させてやるために少しだけ外部から魔力を与えてやるだけ。それで魔法は発動する。


 この技術は人間の生活のありとあらゆるところに浸透した。

 火の魔法は部屋のランプ、水のキッチンの冷蔵庫、風の魔法は寝苦しいときに涼しい風を、土の魔法は畑を耕すときに。本当に様々だ。

 ただ、魔石自体が価値が高いものであるため、術式が刻まれている魔石はさらに高価だ。だから感覚的には一家に一台冷蔵庫を、といった具合に家でずっと使っていくものなどが一般的には浸透している。


 魔石によって、魔法は人間にとても近しい存在になった。しかも魔石のメリットはこれだけではない。

 術式が刻まれた魔石に魔力を送り込み、魔法を発動させる。このプロセスを何度も行なえば、自然と魔力を上昇させることができるし、魔石に刻まれた術式を理解することにも繋がるのだ。

 いわば、魔石とは自転車にとっての補助輪のようなものなのだ。魔法発動までのプロセスを補助して、少しずつ術者に正しく、上手い魔力の使い方を覚えさせていく。慣れれば補助輪なしで自転車に乗れる。


 だからここ近年の魔法学習と言ったら、最初に魔具に慣れ親しませ、成長したら魔法を使ってみる、というのが多いらしい。

 子供の頃からランプなどを付けているだけで、そのうち魔法の基礎ができていく、という寸法だ。これを考えたやつは天才なんじゃないだろうか? いや、天才だから大賢者なんて呼ばれているのか。

 ちなみに練習なしでいきなり魔法が使える天才児が希に存在するらしいが、俺は当然のように無理だった。セイラの言う魔力の流れというものが一切理解できなかった……まぁ、これはいい。別に俺は才能溢れる若者になりたいわけじゃないし。


 ようやく最初のセイラの質問に戻ってくる。

 どの属性の魔法が使いたいか。

 ランプを付けて火の魔石で練習すれば当然火の魔法の理解が深くなる。だから子供の頃に最も練習していた魔法が将来得意魔法になる、というケースは多い。まぁ、だからといって火の魔法の理解が深いからといって水の魔法はできない、というわけではないらしい。やはり一つでも理解できるようになれば他の属性も理解しやすくなる。


 だからどの属性の魔法が使いたいか、という質問は、正しくはどの属性の魔法が最初に使いたいか、ということだ。


 正直、どれでもいい。ネガティブな意味ではなく、ポジティブな意味でだ。

 どんな魔法でも俺にしてみれば夢物語。かっこいいものには違いないのだから。どんな属性の魔法でも勝手に色々妄想してしまう。

 だが、強いて言うのであれば、できるだけ早く魔法を使えるようになりたい。


「母さん、すぐに使えるようになるのはどの属性?」

「そうねぇ……やっぱり火、水、風かしら。木や土属性は少し複雑だから。火属性ならそこにランプがあるし、練習してみる?」

「うん!」


 俺が頷くと、それを待っていたかのようにボンドは部屋を明るく照らしているランプの火を消して、俺の前に持ってきた。


「いい、ランド? 魔力って言うのは体温と同じなの、触れていなくても伝わるけど、触れていた方が伝わりやすいの。ランプに触ってみて?」 


 言われたとおり俺はランプのガラスの部分に触れてみる。

 なんてことはない。普通のランプだ。触った感じではおかしなところは分からない。ランプの中を覗き込んでみると、この暗闇の中僅かに赤く発光している小さな石が中央に添えられていた。あれが魔石だろう。

 と、ダメだダメだ。物珍しくて気になってしまうが、今は魔力と魔法に集中だ。


「じゃあ、今度は自分の体の体温を少しだけランプにあげるの。ランプさん温かくなれーって」

「うん……ランプさん、温かくなれ-」


 復唱した意味は特にない。恥ずかしいからしたくはなかったのだが、こうした方が上手くいくとなんとなく(・・・・・)思っただけだ。

 その甲斐があったのか、セイラが言ったとおり体温の一部が体の外へ――ランプへ流れ出すような感覚が表れた。おぉ、これが魔力を送る感覚か。なんだか採血に似ているかもしれない。

 今まで使ったことのない力が動いている感覚。知らない感覚だからこそ分かる。今俺は、魔法(知らない力)を使えている――!!

 喜びに胸が打ち震えた、次の瞬間。


「――危ない!」




 パァァン!! と鋭い音を上げてランプが破裂した。




 突然のその出来事に唯一反応できたのはボンドだ。

 ボンドは俺の腕を弾きランプから遠ざけながら、ランプと俺の間に割って入ったのだ。

 破裂したランプの破片が部屋に飛び散る。中にはガラスの破片もある。いくつかの破片は家具や床に突き刺さっていた。


「あなた! 大丈夫!?」

「ん……あぁ、運が良かったよ。破片が当たるだけで済んだ。二人も怪我はないか?」

「えぇ、あなたのおかげで。ね、ランド……っ」


 不意にセイラの言葉が途切れ、勢いよく俺を抱きしめてきた。そしてそのまま俺の名前を何度も呼びながら頭を撫でてくる。

 きっと、呆然としている俺を見て泣いてしまうと思ったのだろう。実際、あと少し抱きしめるのが遅ければ俺は泣いてしまっていたかもしれない。


 だって、憧れの魔法を使える夢のような状況で、これから本気で頑張ろうと思えた目標の第一歩で、この結果だぞ?

 もしかしたら何か理由があったのかもしれない。少し改善したらすぐに良くなるような小さなミスかもしれない。

 それでも、絶望に全く慣れていない俺の新しい心にダメージを与えるには十分すぎた。

 泣くことだけは回避できたが、それでも俺は当分現実を飲み込めず、呆然としてしまった。




 ――こうして、俺の魔法への記念すべき第一歩は、見事すぎるくらい綺麗に躓いた。



平日は1話ごとにさせてもらいます。

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