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フードをした人物は紛れもなくメーサン・コルトー氏でした。
客室に通されて、胡坐椅子に腰かけた彼はフードを取ってやつれた顔をわたしたちに露わにしました。彼は警戒して周囲を見渡し、居心地悪そうに何度も座り直します。
「まずお詫びを、コルトーさん。手荒なことをしまして申し訳ありませんでした」
「ああ、そうだな、探偵さん」
コルトー氏はしわがれた声で答えました。
「随分と探しましたから、こちらも焦っていたものでね」
ヘルマン先生は彼のすぐ前に陣取って、窓の縁に置かれた灰皿にタバコを押し付けました。
わたしはストーブに置いたヤカンの具合を見ながら、ドアの前に立って道を塞ぎます。しかし、ハッタリで手にした拳銃がコルトー氏には恐ろしい物に見えたことでしょう。
「とはいえ、無事で何よりでした。バーガーさんも心配していらっしゃいましたよ」
「そんなことあるもんか」
コルトー氏は今にも飛び出しそうな目で先生を睨み付けます。
その迫力は細い身体であっても気迫に満ちていました。神父様がいらしたなら、悪魔に憑かれていると言うでしょう。それほどに彼は神経衰弱しているご様子なのです。
ヘルマン先生は物怖じすることなく、すべてを見通した瞳で対抗しました。
「あの男はわたしどものような貧乏人を見下しているおのぼりだ。そういう人間にろくなやつはいない」
「雇い主の不満をいくら言ってもかまいませんが、仕事はまっとうしていただけると助かります」
「…………」
コルトー氏が押し黙ると、ストーブのヤカンがコトコトと音を立て始めました。
「ぼくらは荷馬車の、正確には荷物の行方を追ってここまできたのです」
「それはご足労でしたな。探偵が小間使いのようなことまでするっていうんですから」
「今回の件はあなたを見つけられたから、そう思うのも無理はないのです」
ヘルマン先生は毅然として続けます。
「そして、あなたの安直な偵察が招いた結果でもあるのです。コルトーさん。何をそんなに焦っていたのですかな?」
「すでに見当はついているのでしょう、ヘルマン探偵」
コルトー氏は皮肉っぽく微笑んで、シナモンスティックのような指先を先生に向けました。
「わざわざ、わたしから聞くまでもないくらいに、わたしどものやろうとしていることにお気づきなのだろう?」
「まあまあといったところです。できれば、あなたから告白して事実関係を明白にしておきたいのですが?」
「探偵と知恵比べして勝てるはずもありませんでしょう。こんな、しがない馬車屋では」
それが挑戦を突きつけるかのような口ぶりで、わたしはコルトー氏がまだ屈していないと思いました。
コルトー氏に自信があったとは言い難い。しかし、猜疑心で塗り固めた表情はひとえに先生の前で首を垂れることを拒否しているようでした。いうなれば、もっと別の確証を得た雰囲気でした。
ヘルマン先生は肩を上下させて、ポケットに手を入れました。
「ぼくの考えなど幼稚なものですよ。しかし、あなたが致命的に勘違いなさっていることがあるとすれば、あなたが請け負った荷物に想像しているほどの価値はないということです」
「何をおっしゃることやら――」
「あなたは今こう考えていることでしょう。海外から運ばれてきた荷物。それも神経質で意地っ張りな雇い主が探偵を寄越すほどに価値ある品である、と」
「そうだろうとも。でなければ、いちいち電報で経過報告をしなければならない理由はないでしょう」
コルトー氏は胡坐椅子に寄りかかって言います。
「理由などはバーガー氏の神経質な性質を思えば、難しい話ではありません。貿易商というのは品物に対して過敏な物なのです」
「だとしても、あの酒樽が安物のわけがない」
「酒樽……?」
わたしは荷物の正体をそこではじめて知ったのです。
荷物がお酒ならば、それほど珍しい話ではありません。ビールにワイン、ウィスキーの醸造は共和国だけでなく、海外でも行っているものです。ですが、海外のお酒だからと高価になるかと言われればそうとは限りません。
「あの中にはきっと別の何かが入っているに違いない。だから、あの男は躍起になったのだ」
その言葉を聞いてヘルマン先生は安心した顔を浮かべました。
「あなたが実直まじめな方で助かりました。中身を調べていたら、きっと違約金を請求されるところでしたからね」
「何を言っているのだ?」
「考えてもみなさい」
ヘルマン先生は諭すように言います。
「きっと樽には醸造所のラベルなどはなかったので、あなたは中身を別の何か……、例えば、金貨などと勘違いなさったのではありませんか? 何しろ雇い主は神経質に、マメに連絡をよこすくらいなのですから、怪しむのは難しいことではありません。しかし、この町に来る途中、あなたは黒兜団の検問を通過したはずです」
「ええ、左様で。それが何か?」
「このご時世、彼らが現金輸送車でもないあなた方の持っている荷物が高価な貴金属であったなら、即時拘束をしていたでしょう。それに彼らは鼻が利くそうです。その彼らが通したということは、ご想像しているものではないと言えます」
「理屈は結構。証拠は?」
そう言われては何の物証もないわたしたちには耳の痛い発言です。
それでもヘルマン先生は怯みません。
「しっかと届け先に送れば、わかることですよ。だから、横流しを考えても徒労に終わります」
「…………」
「幸いにしてバーガー氏はあなた方を疑ってはいません。噂の一団が横やりを入れてきたと思い込んでいる最中ですからね」
コルトー氏は顎鬚を摩りながら、ヘルマン先生の自信に満ちた顔を睨み付けていました。
「このまま、ぼくらがバーガー氏にご連絡を入れたうえで、警察に身柄を渡すというのも手ですが?」
「わたしどもは何の罪もしていないっ」
コルトー氏が叫びました。
そこでヤカンが水を噴き出したので、わたしは慌て布巾を取ってヤカンをストーブから降ろしました。
「そうまだ罪を犯してはいません。しかし、このままではいずれそうなります。どうか、ご一考ください」
「若造に何がわかる? わかるはずもあるまい」
「ええ、あなたの境遇は推し量ることしかできません。だからこそ、あなたが決断しなければならないのです」
コルトー氏の激情はみるみる萎んで、沈痛な面持ちになってしまいます。
それは半場、彼が荷物を横領しようとしていたことを自白してるも同然でした。しかし、ヘルマン先生はその兆候を知りながらも黙って彼の答えを待ったのです。
そして、コルトー氏はついにこうべを垂れて首を振りました。
「わかりました。あなたのいう通りにしましょう」
ヘルマン先生は一息入れると、静かに言います。
「道中、お供します。それでバーガー氏の信用を得ることもできましょう。メリーくん。お茶を入れてください」
わたしは返事をして、不慣れな拳銃を一度先生にお返ししてから、お茶の準備をいたしました。