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 わたしがお客様をお出迎えし、応接間に通しました。


 その容姿を一言で申せば、自由の国のハンバーガーの様に肉厚な紳士でした。手足短く、お召しになっているタキシードも上着すら窮屈そうで、たっぷり蓄えた髭がミートボールのような顔を印象付けます。


 そんなわたしの好奇の視線を感じ取ったのでしょうか。


 紳士がわたしを一瞥して、ふんと胸をそらします。それから、ちょんと乗った山高帽をわたしに預けると、立ち上がって出迎えるヘルマン先生の下へ歩み寄りました。


「どうも、ヘルマン殿。貴殿の活躍は本土でも聞いておりますよ」

「これは嬉しいお話ですね。どうぞおかけになってください、バーガーさん」


 ヘルマン先生は紳士にソファーを勧め、彼が据わるのを見計らいながら先生自身も胡坐椅子に腰を落ち着かせました。


 わたしは預かった帽子をフックにかけて、遅ればせにお茶を運んできたドーラ夫人の仕事を引き継ぎました。わたしが紅茶を二人分淹れていると、先生が話しを切り出しました。


「それで本日はどのようなご用件で?」

「ああいや、急なことで失礼かとは思いましたが、この問題は非情に気難しいことで誰に相談すればよいか考えあぐねいていたのです」

「警察には相談していない、と?」

「ええ。そうなのです。そこが厄介なところでして」


 バーガー氏は声を潜めて、周囲に視線を走らせました。


 何かを恐れているようで、わたしは紅茶の入ったティーカップをお二人の前に置いて出入り口の方へ下がりました。


 と、わたしが部屋を出ていかないのを不快に思ったのか、バーガー氏の小さな瞳がじっとわたしを見つめます。


「どうか、なさいましたか?」

「すみませんが、ヘルマン殿。あのみすぼらしいメイドにはご退室願いますかな?」


 何て男の人でしょう。


 わたしはバーガー氏の厚かましい物言いに肩を挙げますが、ヘルマン先生の落ち着きなさい、という視線に肩の力を抜きました。


「いやいや、バーガーさん。メリーナ・マルケスくんはぼくの助手です。彼女は真面目ですし、何より気立てのよい綺麗好き。物覚えもよろしいですから、あなたのお話をしっかと記録し、記憶いたします」

「……そうおっしゃるなら、ご同席はいいのですが」


 と、バーガー氏は渋々承諾してもまだ何か不安があるご様子。


 わたしはメモ帳とペンを出しながら、遠巻きにお二人のお話に集中しました。


「このことは他言無用でお願いいたします。吾輩のみならず、あなた方の身も危険にさらしてしまうことだってあるのですから、ご用心のほどを」

「ええ、それはもう。ところで、失礼招致でお尋ねしますが、タバコをやっても?」


 バーガー氏は一瞬驚いたように体を揺らしたが、手を差し伸べてどうぞと譲ってくださいました。


 失敬、とヘルマン先生はいつものようにタバコを手にして、長い足で石炭入れのバケツを釣り上げ足元に置いた。そして、マッチを擦ってタバコに火をつける。


「では、本題と行きましょう」

「ええ、わかりました」


 バーガー氏は体を転がすように起こして、紅茶を一口つけてから話しだしました。


「先に差し上げました名刺にありますとおり、吾輩はアメリカの通運商売をしております。『ビートリー社』というのですけどね。届け先から荷物が届いていないという旨の電報を受け取ったのです。荷はしかとこの目でこの町の港に届き、送り出したのを見ました」

「それはそれは。ぼくらよりは網の広い警察の方が手っ取り早いお話ではありませんか」

「そうおっしゃるのも、無理はありません。しかし、頼めない事情はあるのです。手前の方で解決したいところでしたが、今は従業員全員手が離せない状態なのです。そこは吾輩の身、引いては働いている者たちに恩赦をいただきとうございます」


 ヘルマン先生はタバコを上下させて、どういったことかと首を傾けました。


 わたしも丸くなって頼み込む御仁には、少なからず不審の念をいだきました。通運を生業にしている方、それも産業大国からの貿易商である。後ろめたい事情はすなわち、わたしたちのような一市民の胸に収まる問題ではないのかもしれません。


「わかりました。では、届け先の方からお聞かせ願いますか?」

「あぁ、ありがとうございます」


 バーガー氏が感謝して頭を下げていると、先生は姿勢を直して一度紫煙を吐き出した。


「届け先はここより西にありますヒッテンブルクです」

「ワイナリーの村ですね。なるほど……」


 ヘルマン先生はそれを聞くなり、タバコを手に持ちかえてバーガー氏を見ました。


「ぼくの想像が正しければ、届け物はあなたにとってたいそう都合の悪い物のようですね」

「ああ、おわかりになりますか?」

「なんとなしには」


 わたしはメモを取りながら、震え上がるバーガー氏のただならない様子に息をのみました。


「さて、送り先もわかりましたし、届ける物の見当もつきました。では、連絡を受けたのはいつごろです?」

「ええ、昨日のことです」

「では、船の入港帳簿とかは今ございますか?」

「申し訳ございません。なにぶん急いでいたもので、書類は事務所の方に置いてきてしまいました。ただ、入港したのは一週間前のことです。間違いありません。それから三日後に手配した馬車で出荷いたしました」

「馬車?」


 ヘルマン先生が疑問の声を挙げたが、すぐに取り繕ってタバコを咥える。


「失礼。愚問でしたな」

「ええ、ヘルマン殿のお察しの通りでございましょう」


 バーガー氏も困ったように肩をすぼめます。


「鉄道ではダメだったのでしょうか?」


 そこにわたしが一石投じてみたのですが、ヘルマン先生は真面目な顔で言いました。


「鉄道は確かに早いですが、この話の性質上あまり相性がよくありません。それにもうひと手間、業者を介するのは、バーガー氏たちにとってあまり利益のある話ではありませんからね」

「運通のお仕事は広いのではありませんか?」


 わたしが問いかけると、バーガー氏が今度は鋭い目で言う。


「お嬢さん。吾輩の仕事は確かに広大ではありますが、身体は一つしかない。色々とテリトリーはあるんですよ。そんなこともわからないのかね?」

「と、言うわけです」


 ヘルマン先生はそう言って、肩を上下させる。


 わたしもそれ以上のことを質問できず、口を閉ざしてお二方の話を大人しく傾聴いたいました。


「では、バーガーさん。馬車の方はいくらほど手配したので?」

「ええ、たった三両です。その三両ともが行方をくらましてしまったのです」

「それはお気の毒に。馬車屋の社名などは?」

「地方からの出稼ぎに来ていた『サンドラット社』という会社です。会社というのもおこがましいくらい小さな組合で、駅馬車の端っこにあるようなものです」

「いつもその会社に?」

「いいや、今回は取り急ぎの仕事でお得意さんを捕まえられなくてね。急きょですよ、まったく」


 ヘルマン先生はバーガー氏の腹を膨らませる様子を一瞥して、タバコの先を下げる。


「では、御者の格好、三両ということですので何人構成だったのかも知りたいです。あとお名前も」

「実のところ、代表の一人しか名前を知りませんで。そいつはメーサン・コルトーという男で、背は高い方だったと思いますよ、あなたほどではないでしょうが。それで筆先のような顎鬚と貧乏くさいこけた頬をしておりました。それから、これは他の五人にも言えるのですが皆痩せ細っていまして。それを見られるのが恥ずかしいのか、マントを肌身離さず着用しておりました」


 わたしはメモを取りつつ、バーガー氏の言葉遣いを少し腹立たしく思いました。


 どうにも雇っている側の見方がありありと出ていましたし、おのぼりさんのような見栄っ張りな風も見て取れます。


「では最後に、その馬車が最後に目撃された場所は?」

「はい。最後の電報は二日前の昼に。ヒッテンブルクの手前にありますヴェルヒェという村です。その前にはヴェルバー、バンズから。ヴェルヒェからでしたら目的地まで一日もかかりません」


 そうですか、とヘルマン先生は気難しい表情を浮かべました。


 その荷物を運んでいた馬車は一日の間に行方知れずになったのです。何かしらの事故があったとしても、届け先に何の連絡もなく、まして大元であるバーガー氏のところに音沙汰がないのは不自然なお話です。


 それでバーガー氏も震えたまま言うのです。


「きっと襲撃されたに違いありません。黒兜団にっ」


 その名前にわたしは驚きました。


 今朝の先生に届いた手紙に、その一団の名前が出てきたのですから。


 ヘルマン先生曰くの犯罪者集団というのが、確信めいて頭の中で反響します。


「落ち着いてください、バーガーさん」

「これが落ち着いていられますか? もし、そのようなことであったなら、わたしは破滅だ……」


 バーガー氏は頭を抱えてふさぎ込んでしまいます。


「気を確かに。このご依頼、お引き受けいたします。あとは仕事場に戻って、善い報告をお待ちくださると助かります。もうすぐお昼時ですからね。お体に気を付けて」


 ヘルマン先生はあくまでも冷静に言って、バーガー氏をお見送りするのでした。

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