おおきなケーキ ~あらまし~
執務に忙しく、恋愛事に疎い王子。
そんな王子を愛してしまったのは4人の姫。
姫達はルールを決めました。
4人皆一緒に平等。4人一緒なら王子様を困らせない。
そんなルールです。
4人が仲良くできるのもそれぞれが別の才能を持つためです。
夏のお姫様、マーガレットは運動神経抜群です。
秋のお姫様、ララは器用で物を作るのが得意です。
冬のお姫様、ローレンシアは読書家で、豊富な知識を持っています。
春のお姫様、フェミナは話術が得意で、交渉や儀式での振舞いが上手です。
そんなお姫様達が王子を助けます。
損な役割を受ける時も分担は同じです。
体を動かす事で損な役割はマーガレットが。
ものを作ったり、観察する時にはララが。
計画の粗を埋めたり、後始末を考えたりする時にはローレンシアが。
足りない交渉を補足したりするのはフェミナが。
これはそんなお姫様達のお話です。
ある日のお茶会。
王子はお姫様達にケーキを買ってきます。
王子なりに気くばりはしていたのですが、どうやら足りなかったようです。
4つの同じショートケーキの内、1つだけ、苺が大きかったのです。
大きな苺。赤い苺。それは愛の象徴。お姫様達がそう考えたのも無理はありません。
なぜなら真っ白な汚れなき下地の上に乗っているのですから。
ですから4人は悩みます。4人一緒のルール。
皆を嫌いになりたくない。王子様を困らせたくない。
そうです。皆、皆を愛しているのです。
ですからローレンシアが動きます。
なぜなら困った時は彼女の出番なのですから。
ローレンシアは他のお姫様達が動かない内にケーキを取って食べ始めてしまいます。
揉め事は早めに片付ける。損な役割も彼女の分担。当然です。
でも王子様にはわかってもらう必要があります。
4人を皆平等に扱ってくれないと今後も同じ事が起きてしまいます。
ローレンシアはフォローをしたのですが、それだけでは足りません。
王子からの一言が必要なのです。
そう。
「ローレンシア。だめだよ。一人だけ先に食べちゃ。皆で一緒に食べないと」
という一言がローレンシアは欲しかったのです。
しかし王子はローレンシアの気持ちも知らず、ケーキを食べ始めたローレンシアがケーキを気にいってくれたと思い、笑みを返して来ます。
どうやら言葉にしなければわからないようです。
次はフェミナの出番です。
足りない言葉を付け足して、どうにか王子様にわかってもらう必要があります。
フェミナは行動します。
「ローレンシア・・・、ひどい」
フェミナはそう言って、走って帰ってしまいました。
呆然と眺めるマーク王子を気にせずマーガレット、ララ、ローレンシアは仲良くケーキを食べています。
ローレンシアはちらりと王子を見て思います。
(それもまた間違いです。王子)
そうです。
王子にフェミナを追いかけて欲しかったのです。
1人だけ特別扱いする結果になったのだから、1人だけ特別扱いしてフォローをして欲しかったのです。
この後に、マーガレット、ララについても話を良くしてくれれば彼女達の間ではそれで済んだのです。
さて、お姫様達は困りました。
王子はフェミナを追いかけませんでした。
皆一緒のこのルール。フェミナは戻って来れません。
何も気にせず戻れば王子はまた同じ事をやらかすでしょう。
それでは彼女達もその内喧嘩をする事になり、何も良くなりません。
だからフェミナは戻って来ず、他のお姫様達もそれは充分わかっています。
後は王子が事の重大さに気付いて行動するのを待つ事になりました。
ある日の昼に王子はマーガレットとララを連れて塔へとやってきました。
塔の前の広場でまたお茶会をする事になったのです。
皆一緒のルール。そのルールだと今日のお茶会はルール違反。
それでも仕方ありません。なぜならその皆一緒のルールを元に戻すために集まるのですから。
それでも王子はやっぱりうっかりしています。
こんな日のお菓子に割らないと食べられないクッキーを出して来ました。
せめて一口サイズなら。
フェミナがいないお茶会。そこに出されるお菓子は割れて当然のクッキー。
これはいけません。
ですがそれを指摘するよりもまず王子が何を言うか聞く必要がありました。
「ララ、どうしてフェミナは来ないか知らない?」
王子のその一言で、ようやく解決の為の糸口が出来ます。
「そんなの決まってます。王子が迎えにいかないからです」
ララは即答し、王子にしか解決出来ない事を示します。
こういった時はローレンシアがフォローをするのですが、ローレンシアは塔から離れられません。
今回はローレンシアが損な役割を担っています。そのローレンシアが仲直りを勧める事は難しいのです。
なのでマーガレットがこう言います。
「本当はローレンシアに行ってもらった方が良いと思うんだけどローレンシアは今は塔から離れられないから。私達も行くから。ね、王子、お願い」
マーク王子はよくわからないながらもフェミナを迎えに行く事にしました。
マーク王子、マーガレットとララの3人はフェミナを迎えに行き、ローレンシアは塔でお留守番になりました。
そんなマーク王子率いる一行がフェミナの居る城へと向かう途中、王子一行の前にフェミナの領地の兵隊が立ち塞がりました。
兵隊達は言います。
「王子さま。この先へは行かせません。どうしても行くというならこのパイを受けてもらいます」
兵隊達は、フェミナが恥をかかされた、という表現をするために現れます。
相手は王子。怪我などさせる事はできません。ですがお姫様の気持ちはわかってもらう必要があります。
ですからフェミナの前に、パイ塗れになってでも行くのなら通します、と王子に告げます。
恥をかかせた気がないなら帰ってください、という意味でもあります。
ですがそうはいってもマーガレット達も困ります。
なぜならお姫様達には、王子はいつでも王子様らしくあって欲しいからです。
フェミナも心の中ではそう望んでいるはずです。
なのでここはマーガレットの出番です。
運動神経抜群なマーガレット。普段から男勝りな彼女はパイなど受けても他の子のように泣く事もありません。
むしろやり返してしまいます。
ですが先に王子が言いました。
「わたしはフェミナに会いたい。どうあってもここを通る」
そう言って前に進もうとした王子に対して、兵隊達は王子の顔めがけてたくさんのパイを投げようとしています。
「あぶない!」
マーガレットは王子を庇い、前へ出ます。
パイはなぜか運良くマーガレットを避けました。
そうです。兵隊達もマーガレットには、お姫様にはパイをぶつける事など出来はしなかったのです。
あくまで王子だからパイをぶつけようとしたのであってお姫様にそんな失礼な事など出来ないのです。
「ここはわたしにまかせて王子は行って」
マーガレットは飛んで来るパイを避けながら、兵隊達にパイを投げ返します。
兵隊達はマーガレットの行動に困った顔をしながらもパイを投げ続けます。
マーガレットの言葉に聞いて、王子とララはその間に兵隊達から離れてフェミナの元へと急ぐ事にしました。
王子とララはフェミナのお城に辿り着きました。
そして、王子とララの前にフェミナがいます。
フェミナはすこし遠い所で王子を待っています。
王子が歩きだそうとすると、ララが王子を止めてこう言いました。
「ララが先に歩きます。何かあっても王子は気にせず行ってください」
王子はよくわからないながらも頷いてララの後に付いていきます。
ララは物を良く見る事が多いので、ちょっとした違いを見付けるのがうまいのです。
ララは何が仕掛けられているか、どんな意図がありそうなのか大体は予測したのですが、目的のためにあえて引っかかる事にしました。
突然ララの足元が開き、落し穴に落ちてしまいました。
ララはその穴一杯に入った苺ジャムで胸から下を濡らしてしまいました。
(やっぱりね。苺で出来た距離。フェミナらしいわ。ちゃんと胸まで浸るようになっているところもフェミナらしいわ。わたしの場合、もう少しで首までだけど)
そうです。フェミナは王子との距離を落し穴という溝で表現したのです。そして、それでも胸まで浸る苺ジャムで、心まで愛に浸っている、という事も王子に暗に示そうとしたのです。
でもララは気にしないでこう言います。
「王子は行って」
ですがフェミナと王子の間にはジャムの池があり、ジャム塗れにならないとフェミナの元に行けそうもありません。
(そう、なら、多分あれね。フェミナも王子を憎めないから置いてあると思ったわ)
するとララがあるものを指さします。
そこにはスポンジで出来たクッションがありました。
スポンジの包み込むような柔らかさで包容力を、その確かさで想いの強さを表わし、その距離を詰めてもらいたい、そんな思いが込められていたのです。
「多分あのふわふわで飛び越えられる」
ララの一言を信じて王子はスポンジクッションの上で跳ねてみると、ばねのように大きくジャンプしてジャムの池を飛び越える事が出来ました。
王子は心配しながらもフェミナの元へと急ぎます。
王子が来た事でフェミナはうれしそうにしています。
さて、ここで問題があります。王子はわかってくれたでしょうか。
4人の想いは王子に届いたのでしょうか。
「フェミナ。迎えに来たよ。一緒に行こう」
フェミナはそれに答えません。
どうやら王子はまだあまりわかっていないようです。
たった一言、
「あの時、追いかけなくてごめん。遅くなったけど迎えに来たよ」
それだけで良かったのです。
すると追い付いたマーガレットとララが、王子に目線を向けながらこう言いました。
「ローレンシアはああいった事にはあまり気付かないの。悪気はなかったの。許してあげて」
「そうよ。それに一番王子に心配してもらったのはフェミナよ。もういいでしょう?」
(そうね。ここまで来てくださったんですもの。気付かないところも王子らしいわ)
ようやくフェミナは答えました。
「王子。皆一緒にしてくれる?」
王子はフェミナに答えます。
「もちろん。皆大事な僕のお姫様だよ」
フェミナは花が咲いたような満面の笑顔で王子にこう言います。
「じゃあ、もう一度、皆でケーキを食べましょう。ローレンシアも一緒に」
そうして同じ大きさの苺のケーキを皆で食べて仲良く過ごしました。
皆満足した後にフェミナは塔に入り、王国に春が訪れました。