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8 チーズときゅうりをのりで巻いたアメリカンな寿司

 意外な事実だった。だが、今のリゼと裕也の親密な関係を考えると、当然かもしれない。彼らの付き合いは、おそらく長い。けれど裕也は、口をへの字にして答えない。

「そうです。ただ裕也の手助けによって、逃げられたことは秘密にしています。そのうち時期を見て、彼が私たちを亡命させてくれたことを話す予定ですが」

 逆にリゼは水を得た魚のように、よくしゃべる。

「私たち家族はみんな、裕也に深く感謝しています。もちろん、クララさんたちもそうです。それに私は裕也がいなかったら、……イーストサイドに亡命どころか、宇宙で戦死していたと思います」

 リゼは深刻な顔をして、両手を組む。

「超能力者とは言っても、私にできるのはろうそくに火をつけたり、軽いものを浮かせたりする程度です。私は戦場では、ただの的だったと思います。逃げ回ることさえできない、動かない的。いつも怖かったです」

 彼女は暗くうつむく。朝乃は初めて、リゼの置かれていた状況を知った。いつ誰に撃たれても、流れ弾が当たってもおかしくない。自分が彼女の立場だったならばと考えると、恐怖で身がすくむ。裕也は複雑な顔をして、リゼを見ていた。

「ニュースでお聞きでしょうが、私は家族を人質に取られて、戦場に出ていました。裕也は私のために、私と家族をアメリカから逃がしました。私がさきに軍から脱走すれば、監視が厳しくなって、自分とお姉さんが逃げづらいだろうに」

 リゼは申し訳なさそうにしゃべる。前に裕也は朝乃に「ずっと監視されていた。特に先月からは、かなり厳しく見張られていた」と告げた。そんな中、一気に動いて、朝乃を浮舟に送ったのだ。

 さきにリゼを亡命させたから、自分の状況が悪くなった。それが予想できたであろうに、彼女を優先した。それは、なぜか? 裕也にとって、リゼが大切な存在だからだ。弟は軽い気持ちでリゼを好きなのではない。本気で好きなのだ。

 さらにリゼが日本語を勉強している理由も、裕也とコミュニケーションを取るためではないだろうか。日本語は公用語ではない。大勢の人が使用する言語でもない。裕也と話す以外に、日本語を学ぶメリットはあまりないのだ。

 朝乃の思う以上に、裕也とリゼの付き合いは真剣そうだった。裕也は嫌そうな顔をして、リゼの腕をつかむ。

「もう、いっぱいしゃべっただろ。イーストサイドに帰ろう」

「でも……」

 リゼは話し足りなさそうだった。朝乃も、もっと彼女の話が聞きたい。リゼは朝乃にとっても、重要な人物だ。

「リゼ。日を改めて、またこの家に来ないか? 裕也、君も来てほしい」

 功が、リゼと裕也に向かって言う。裕也は弱ったように、まゆじりを下げた。彼は、功からの頼みは断りづらいのだ。助け舟を出してくれた功に、朝乃は感謝した。

「すみませんが、あなたは誰ですか?」

 リゼは遠慮がちに、功に質問する。

「俺は、細田功だ。隣は妻の翠。俺たちは朝乃の保護者だ。ここは、俺と翠と朝乃の暮らす家だ」

 リゼは合点がいったらしく、うなずいた。それからほほ笑む。

「細田さん、ありがとうございます。お邪魔させていただきます」

 朝乃も頭を下げる。リゼはなぜか、ちょっと首をかしげた。これまた遠慮がちに、翠に問いかける。

「あなたは昨日、裕也の髪を切りましたか?」

「昨日ではなく、月曜日に、――四日前に朝乃ちゃんと一緒に切ったわ。何か問題があった?」

 翠は優しくたずねる。

「いえ。何もないです」

 リゼはごまかすように答えてから、ほっとした。彼女は、裕也の髪を切った人物は恋人かもしれないと疑っていたのだろう。翠が既婚者で妊婦と分かって、安心したのだ。

 リゼは、裕也と同じくらい何を考えているのか分かりやすかった。彼女は笑顔で、朝乃の方を向く。

「朝乃さん、よろしければ裕也とともに、イーストサイドのわが家に遊びに来ませんか? 私は寿司が作れます。昨日、裕也は食べてくれませんでしたが」

 リゼはしょんぼりする。寿司が作れるというリゼに、朝乃は驚いた。日本で生まれ育った朝乃でも、寿司なんてにぎったことも巻いたこともない。裕也が、困った顔をして割りこんできた。

「俺はひとつ食べた。のりが内側に巻いてあって、寿司とは思えない味がしたんだよ。口に入れた瞬間、本当にびっくりして」

 前半はリゼに向かって、後半は朝乃に向かって言う。リゼが、裕也の後半のせりふにショックを受けた。裕也はあわててフォローをする。

「クララさんたちは寿司に喜んでいたし、おいしいと言っていた」

 彼はやけくそのように、デリシャス、デリシャスと繰り返す。今度は朝乃が口をはさんだ。

「昨日、何があったの?」

 リゼの作った巻き寿司を、裕也とイーストサイドに亡命したばかりのクララが食べたのか? どういう状況なのだろう。

「クララさんたちの亡命に、リゼも秘密裏に協力したんだ。正確に言えば、リゼのご両親が、隠れ家として自分たちの家を提供してくれた」

 裕也が説明する。クララたちは、ラ・ルーナからイーストサイドのリゼの家へ、裕也の瞬間移動によって飛んだのだ。

「逃亡の疲れをいやすために、わが家に一時間ほど滞在してもらいました。クララさんには、子どもが三人います。一番、下の子どもはまだ四才です。その子たちのために、私たち家族は、ほっとひと息つける場所を用意したのです」

 亡命のしんどさを私たちはよく分かっていますから、とリゼはほほ笑んだ。

「子どもたちが落ちついた後で、クララさんたちは裕也の超能力で、わが家からイーストサイドの宇宙港へ飛びました。それから『ラ・ルーナからイーストサイドへ亡命してきた』と周囲に訴えたのです」

 用意周到な亡命計画に、朝乃は感心した。そしてやはり、裕也の瞬間移動は便利なのだ。弟が遠い目をして語りだす。

「リゼの家ではテーブルの上に、パンやクッキー、紅茶やコーヒーと並んで、チーズときゅうりをのりで巻いたアメリカンな寿司があった。あまりの歓迎ぶりに、クララさんと旦那さんは驚いていた。子どもたちは大喜びだったけれど」

「裕也がクララさんたちを連れてくると聞いたから、寿司も用意することにしたの。あなたが喜ぶのではないかと思って。でも、おいしくなかったのね? 次は、みそ汁を作る」

 リゼは裕也の腕を引っ張って、また胸に抱いた。彼女の積極的な態度に、朝乃はひそかに驚いている。日本語を学び、寿司やみそ汁まで作る。朝乃に対しては、わが家に来てください、家族ぐるみの付き合いをしましょうと提案する。

「なぜ、みそ汁? いや、作ってもいいが、寿司にもみそ汁にもチーズは入れるな。豆腐というか、豆腐を……」

 裕也は、たじたじだった。

「分かった。チーズは入れない。だから、いつでもいいから、お姉さんとわが家に来て」

 リゼは懇願する。裕也は助けを求めるように、朝乃を見た。朝乃は答える。

「私は行ってもかまわないよ」

「俺がかまうんだよ!」

 裕也は言い返した。リゼはすがるように、彼を見つめる。弟は観念したらしい。

「明日は予定が入っているから、あさっての日曜日に、朝乃を連れて瞬間移動でリゼの家に行く」

 リゼは笑顔になった。しかし朝乃は困る。

「待って。私は、日曜日は空いていない。ドルーアさんの祖父母の家に行くの。ドルーアさんの弟とも会うつもりなの」

 裕也はぎょっとした。

「家族に会いに行くって、――いつの間に、ドルーアさんとそういう関係になったんだよ?」

「ちがうわよ」

 裕也が何をかんちがいしているのか分かって、朝乃は顔を赤くした。

「私は、彼の力になりたいだけ」

「来月のイーストサイドのパーティーに、俺と行かないくせに。なんて薄情な姉なんだ」

 裕也は、ため息をついた。

「ミスター・ガルシアのパーティーに、裕也も出るの?」

 リゼが会話に割って入ってきた。裕也は、しまった! という顔をする。

「私も家族と出席するの。普段着でいいと言われたけれど、せっかくだからおしゃれをするつもり。お父さんとお母さんが、パーティードレスをレンタルしようって、――あ、でも裕也がジーパンなら、私もラフなかっこうにする」

 リゼは押せ押せで、裕也は逃げ腰だった。

「俺に合わせる必要はないから、きれいな服を、えっと、……俺は朝乃と一緒にいないといけない。リゼのそばにはいない」

 裕也は、自分にとって都合のいい言い訳をした。ついでに、腕をリゼから取りもどす。リゼは悲しげな顔になった。花がしおれるように、彼女は下を向く。リゼの心を傷つけた弟に、朝乃はかんかんに怒った。

「私は裕也と一緒にいたくない! 裕也がリゼさんに合わせて、タキシードを着ればいいじゃない」

「そうだね。ただ、スーツにネクタイの方が無難かな」

 今度は、しばらく聞き役に徹していたドルーアが、苦笑しつつ会話に加わってくる。彼は朝乃と裕也に向かって、落ちついた調子で宣言した。

「それから、朝乃のそばには僕がいる。僕が完璧に、彼女をエスコートする」

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