表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/111

6 学校に行けば、友だちもできる

 ダイニングテーブルの上にところせましと並べられた料理の皿を見て、翠と功は目を丸くした。

「俺たちも食べていいのか?」

 功が、がらにもなく遠慮がちに聞く。

「もちろん」

 ドルーアが、当然とばかりにうなずく。しかし朝乃には功の気持ちが分かった。食卓には、大きな白ソーセージの入ったポトフ、ハーブ焼きされたチキンの塊、――これは食べやすいように切り分けられている、が置いてある。

 さらに、スライスされたフランスパン。パンのそばには、ハチミツ、バター、チーズ、ソーセージの一種であるペースト状の豚肉。それらに加えてハンバーグ、トマトやレタスなどの生野菜のサラダまである。

(普通の家のお昼ご飯に思えない。値段の高いレストランのランチみたい)

 ドルーアは食材をいっぱい家から持ってきた。朝乃とドルーアは張り切って、たくさん調理した。途中で作りすぎていると感じたが、あまり気にしていなかった。

 ドルーアは、パーティー料理を作るのに慣れているのだろう、料理の盛り付けや見栄えにもこだわった。結果として、大変、豪華な昼食ができたのだ。

「朝乃ちゃんとドルーアが力を合わせれば、こんなにすごいものができるのね」

 翠が着席してから、改めて料理の皿を眺める。彼女の隣の席で、功も感心している。ドルーアが得意げな顔で、彼らの向かいの席に腰かけた。

「ほとんどドルーアさんのおかげです。食材も、ドルーアさんが持ってきたものですし」

 朝乃はドルーアの隣に座って、ほほ笑んだ。

「ありがとう。でも君以上に料理上手な人は、そうそういないさ」

 ドルーアは朝乃にウインクする。

「とにかく食べよう。僕はもう、おなかがぺこぺこだ」

 彼はさっと食事に手を伸ばす。本当に空腹だったらしい。朝乃たちはみんな食事を始めた。ポトフもハンバーグもおいしくできている。料理の出来栄えに、朝乃は満足した。

「朝乃ちゃんは調理師専門学校に通って、シェフを目指すのもいいかもね」

 ご機嫌でトマトを食べながら、翠が話す。彼女の発言は冗談に近いものだったが、料理の専門学校はいいアイディアに思えた。自分の特技がいかせて、卒業後は仕事が見つけやすそうだ。

「そうですね」

 朝乃は調理師という進路を、まじめに考えることにした。朝乃は料理が好きだ。毎日、台所に立っていても苦痛ではない。それを職業にするのは、いいかもしれない。

 今の朝乃は、日本の孤児院にいたときとはちがい、自分で進路を決められる。他者から命令されるのではなく、自分で決めなくてはならない。朝乃の表情を読んだのか、翠は意外そうに目をまばたかせる。それからほほ笑んだ。

「あとで一緒に、専門学校について調べる? あなたなら、日本から来たことをいかして和食の専門学校でもいい。お菓子作りの学校もあるわ」

「はい」

 朝乃はしっかりと返事した。今までうすらぼんやりとしていた未来が、少しずつ見えてきた。裕也がミンヤンのもとで働くように、朝乃は浮舟でささやかな幸せ、――食事を提供する。功と翠は、うれしそうに笑った。

「学校に通えば、楽しいと思うぞ。朝乃は今、この家の中に閉じこめられているようなものだから」

「それに学校に行けば、友だちもできる。学校帰りに一緒にファーストフード店に寄ったり、ウィンドウショッピングをしたりできるわ」

 ふたりは大喜びでしゃべる。彼らは最初から、進学を勧めていた。今日、初めて朝乃が前向きな返答をしたから、喜んでいるのだ。ふたりの笑顔に、朝乃もうれしくなった。

「今は六月だから、九月からの入学をねらうのがいいかもな」

 功は考えこむ。前に一郎から聞いたが、浮舟の学校は日本と同じく、四月から始まるものが多い。ただ、九月や十月もあるようだ。

「学校によっては、入学試験があるかもしれない。だが朝乃は、実技に関しては問題ないと思う」

 功は笑った。翠もうなずいている。しかし朝乃には自信がなかった。朝乃の料理は自己流なところが多い。親や先生から、きちんと教わったわけではないのだ。

「ネックになるのは、調理の実技より英語じゃないかな」

 翠が心配そうにしゃべる。朝乃は昨日から、英語がひどく下手になっている。朝乃は不安になってきた。

「私は、もっと勉強します」

 朝乃は決意した。けれど、ひとりで机に向かっているだけでは限界がある。朝乃が悩んでいると、功が提案する。

「一か月か二か月の短期で、語学学校に通うのもいいんじゃないか。七月と八月に語学学校に通った後で、九月に調理師専門学校に入学すればいい」

 朝乃の心の中で、語学学校という存在が光り輝きだす。そう言えば、信士も語学学校を勧めていた。

「今から探せば、七月から語学学校に通えるわ。語学学校ならば、同じように日本から亡命してきた人とも、いろいろな国の人とも知り合える。朝乃ちゃんの世界は一気に広がる」

 翠はほほ笑んだ。来月から語学学校に通い、九月からは専門学校へ行く。そして数年後には、どこかの飲食店に就職する。いや、自分の店を持つのもいい。途方もない野心に思えるが。とにかく料理人を目指すのは、自分の人生プランとして、いいものに思えた。

「はい」

 朝乃はふたりに向かって、うなずいた。朝乃には裕也のように、やりたいことがない。ならば、自分の特技や好きな気持ちをいかして働きたい。それが、自分の周囲の人たちを幸せにすることなら、まよう必要はない。

 朝乃はふと、ドルーアが会話に加わっていないことに気づいた。朝乃は、彼の方に目をやる。ドルーアは朝乃の夢を応援してくれるはずだ。ところが彼は少し嫌そうな、とまどった顔をしていた。朝乃は驚く。彼は視線に気づくと、取り繕うように笑みを作った。

「功、翠。朝乃はまだ浮舟に来たばかりだ。そんなにあせって、いろいろ決めなくてもいい」

「そうね、少し急ぎすぎたわ」

 翠は、反省したようにほほ笑んだ。確かに、先走りすぎたのかもしれない。もっとじっくりと調べたり考えたりしてから、進路を決めた方がいいだろう。

「ダーリン、君も、もうちょっと適当に遊んでいていい。僕が十七才のときなんて、毎日、楽しむことしか考えなかった」

 ドルーアは軽く笑う。しかし朝乃は、首を縦に振れなかった。なぜ「適当に遊んでおけ」などと言うのだ? ドルーアらしくないセリフだ。彼はナンパでキザなもの言いをするが、中身はまじめな人だ。功は、探るような目つきでドルーアを見ている。

「ドルーア、つい二週間ほど前に、俺が朝乃を養子として迎え入れたいと言ったとき、お前は『朝乃は学校へ通うべきだ、見識を広げるべきだ』と言っていた。だから、彼女に机をプレゼントしたのだろう?」

 功は真剣だった。翠も同じ表情で、ドルーアを見ている。けれどドルーアは困ったように笑った。

「功、そういう話は、朝乃の前でするべきではない」

 三人の間にぎくしゃくとした空気を感じて、朝乃は不安になった。

「いや、今、ここで聞きたい。お前は、もし教育に金がかかるようならば、自分が朝乃の『あしながおじさん』になるとまで言っていた。なのになぜ、今、朝乃の進学に否定的なんだ?」

 功は、はっきりと聞いた。ドルーアは気まずそうだった。楽しい食事だったのに、今は妙な雰囲気になっている。

「私が裕也の姉として、誘拐される恐れがあるからですか?」

 朝乃はたずねた。ドルーアはどう答えるべきか迷っているようだった。裕也の唯一の肉親である以上、朝乃には常に誘拐の危険が付きまとう。学校に通い、行動範囲を広くするのは不安だった。

「もちろん、その心配もある。けれど僕は」

 ドルーアは言いよどんで黙ってしまった。功と翠は、厳しいまなざしを向けている。朝乃は、どう行動すべきか迷った。

 ドルーアの気持ちが知りたい。だが彼の気持ちに忖度そんたくして、自分の進路を決めていいのか? かといって、ドルーアの意見を無視して、自分の未来を決めるのも嫌だと感じる。それにドルーアには、何か事情がありそうだ。すると、

「She is my sister. Her name is Asano Murakoshi. We are twins.」

 シンプルな英語をしゃべる裕也の声が聞こえた。朝乃が驚いて、声のした方を見ると、弟が朝乃を指さして立っている。そして裕也の首に腕をまわして、ひとりの女性が裕也に抱きついている。対して裕也は、彼女の腰をしっかりと抱いていた。

 女性は金色の短い髪をして、頭にはベージュのヘアバンドを巻いている。有名なネズミのキャラクターのトレーナーを着て、下は、おそらくウエストがゴムの楽そうなズボン。つまり部屋着だろう。さらに裸足だった。

 彼女は青色の両目を丸くして、朝乃を見ていた。朝乃も彼女を凝視する。この外国人の顔は知っている。

「リゼ・スタンリー」

 朝乃はつぶやく。ロングヘアがショートカットになっているが、彼女はSランク超能力者のリゼだ。裕也ともめていて、裕也が、もしかしたら朝乃も謝罪しなければならない相手だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説の更新予定や裏話などは、活動報告をお読みください。→『宣芳まゆりの活動報告』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ