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9 君にぴったりの服

「初めまして。村越朝乃と申します」

 功がドルーアと同じ考えを持っているかどうか不明だが、名前はさっさと名乗った方が無難だ。

「まずはお礼を言わせてください。助けてくれて、ありがとうございました」

 朝乃は頭を下げる。いくら朝乃がトロフィー投げをがんばっても、功が地下室に来なければ助からなかっただろう。

「どういたしまして」

 功はほほ笑んだ。

「ただ、助けに来るのが遅くなってすまない。今、家が散らかっていて、片付けるのに夢中になっていた」

 それで、ドルーアからの電話を後回しにした。最近、彼はたいした用事もないのに電話することが多く、今回もそれだろうと思ったのだ。その後、不審者に襲われているという緊急度の高いメールが来て、あわてて駆けつけたと言う。

「それから、これは麻酔銃だ。君とドルーアを襲った男は、麻酔から覚めた後で、警察の取り調べを受けるだろう」

 テーブルの上の小銃ライフルを見て、朝乃はうなずいた。

「俺が銃で撃ったのは、そいつを含めて三人だ。残りのふたりは、玄関とリビングにいた。警察から聞いた話によると、この家に侵入した不審者は四人だったらしい。つまり、あとひとり二階にいた。そして四人とも警察に捕まった」

「はい。ありがとうございます」

 功は、英語の分からない朝乃のために説明しているのだろう。しかし三人も銃で撃ったとは。見かけどおり、腕っぷしも強いにちがいない。日本では、ドルーアより功の方がもてると思う。

 朝乃には、功がなぜ亡命したのか分からなかった。大きな会社にいて、お金もいっぱい稼いでいただろうに。日本に何の不満があったのか。

「だがドルーアとインターフォンごしに話していた、玄関さきにいた中年の男女は、まだ捕まっていない。しかし彼らの映像は警察に渡した。そのうち警察が、彼らをどうにかしてくれるだろう」

 朝乃は功に質問をしてみた。

「玄関さきのおじさんとおばさんは、日本人のように見えました。対して地下室にやってきた男性は、日本人に思えなかったです」

 中年男女は日本語をしゃべり、見た目も日本人のようだった。一方、地下室の男は、日本語が不自由だった。

「ほかの人たちは、どうだったのでしょうか?」

 朝乃が見ていないほかの三人、――玄関とリビングと二階にいた侵入者たちは、日本人だったのか? 外国人だったのか? 功は少しだけ考える。

「東アジア系の顔だちは、俺は見なかった。だが見た目や言語で、国籍や民族は分からないものだ。犯人の身元、犯行の動機などは、これから浮舟警察が調査するだろう」

「分かりました。話は変わりますが、あなたは日本で川本製作所に勤めていましたか?」

「あぁ、そのとおりだが、なぜ知っている?」

 功は、まゆをひそめた。

「五年ほど前に、私と弟の裕也はあなたに会ったことがあるのです」

 朝乃は、小学校に川本製作所の技術者たちが来たときのことを話した。

「君は、裕也君の双子のお姉さんか!」

 功は目を丸くして、まじまじと朝乃の顔や服を見る。

「裕也のことを覚えているのですか?」

 朝乃も驚いた。

「もちろん。裕也君は熱心に話を聞いてくれたし、メールや年賀状もくれたからな」

 裕也が、メールや年賀状を送っていたとは知らなかった。朝乃の想像以上に、裕也は功に心酔していたのだろう。なぜなら弟は、けっして筆まめではない。積極的にメールなんか送らない。

「君がここにいるということは、裕也君と亡命してきたのか? 子どもだけで?」

 功は、心配した様子でたずねた。

「それが……」

 朝乃は再び、説明を始めた。裕也が超能力で朝乃を月に送り、朝乃には事情がさっぱり分からないと。

「私の意志で、ここに来たわけではありません。ですが私はすでに、国外逃亡をしてしまっています」

 そして多分、朝乃の国外逃亡は日本国内でばれている。朝乃の居場所は、ばれている。だから朝乃は不審者たちに襲われた。朝乃は、もう日本に帰れない。帰ったら、殺される。

 けれどまだ、故郷へ帰れないと認めたくなかった。しかし自分に発信器がついているという事実が、朝乃を苦しめる。功は難しい顔をしていた。

「そのエプロンは?」

 朝乃の身につけているエプロンに目をやる。

「夕食を作っているときに、瞬間移動でドルーアさんの家に送られたので」

 孤児院なら普通のかっこうだが、ドルーアの家では、朝乃のみすぼらしいエプロン姿は浮いている。功は考えこむ。彼の顔には、超能力で月に来たなんて信じられない、朝乃はうそをついているのかもしれないと描かれていた。

 朝乃は途方に暮れる。本当のことを話して信じてもらえない場合、どうすればいいのか。そこへ、ドルーアがやってきた。

「功、朝乃を君の家で保護してくれないか? 僕は外出着に着替えて、彼女の服を買いに行く」

 功は、けげんな顔をした。

「どういうことだ?」

「警備会社の人と相談したが、おそらく朝乃の服や持ちものには、彼女の居場所を知らせる発信器がついている。朝乃には、発信器のついていない新しい服が必要だ」

 ドルーアの言葉に、功はますますまゆをひそめる。

「僕の家は破壊された。ドアや窓の壊された家では、朝乃を守れない。なので君が君の家で、彼女を保護してほしい」

「分かった。あとでくわしく説明しろよ」

 功はまじめな調子で言う。

「恩にきる」

 ドルーアと功は、こぶしをぶつけあった。それからドルーアは、朝乃に向かって話す。

「ダーリン。君の了承を得ずに申し訳ないが、功の家で待っていてくれないか?」

「はい」

 朝乃はうなずいた。そもそも朝乃は、今、実質保護者になっているドルーアに従うしかない。意見など述べられないほどに、無力で無知だ。それどころか、ドルーアが朝乃から離れて外出すると聞いただけで、不安な心持ちがする。すると彼は優しくほほ笑んだ。

「功は僕以上に、君を守ってくれる存在だ。信頼していい」

「はい」

 ドルーアの口からそう聞いて、朝乃はとても安心できた。

「君にぴったりの服を買ってくるよ」

「ありがとうございます」

 ドルーアはにこりと笑うと、ダイニングから出ていった。功はズボンのポケットから、小さなサイズのノートパソコンを取り出す。

「ちょっと待ってくれ。妻にメールを送るから」

「はい」

 功が妻帯者であることに、朝乃は少し驚いた。その後で、ドルーアが独身であることを思い出して、なぜかほっとした。

 あれ? でも……。ドルーアは、朝乃のためには死なない、恋人にロマンチックなことをささやいてから死ぬみたいなことを言っていた。つまり、恋人を守って死ぬなら本望ということだ。

 ということは、ドルーアには恋人がいる? それとも、好きな人がいる? あのとき彼は、誰を思い浮かべていたのか。

 功は小型ノートパソコンを開いて、タッチペンで書いている。書き終えると、悩んでいる朝乃を見て首をかしげた。

「どうした? 何か不都合があるなら言ってほしい。俺の家が嫌なら、この家に留まってもいい」

「いえ、ちがいます」

 まさかドルーアの恋人のことで、悩んでいるとは言えない。

「そうか?」

 功はあまり納得しなかったが、それ以上聞いてこなかった。ノートパソコンとペンをポケットにしまって、朝乃を安心させるように笑顔を見せる。

「わが家へ招待するよ。この家から歩いて二分だ」

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