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2 いつも余裕があって、何を考えているのか分からない

 タクシーの車内で、朝乃とドルーアは信士から、同居している家族は一郎のみと聞いた。一郎は今日、夜遅くに帰ってくるらしい。大学の授業が終われば友人たちと遊びに行き、夕食も彼らと取るそうだ。

 よって朝乃とドルーアは、一郎に会うことはない。しかし今、その予想は外れて、一郎は家に帰ってきた。

「予定を変更したんだ。ドルーア・コリントに会いたいから」

 リビングに、黒髪黒目の十八才の青年が現れる。リュックサックを背負い、シンプルな無地のTシャツに黒のスキニーパンツをはいている。顔は少し緊張している。朝乃は彼と会うのは二度目だ。一度目は病院の廊下だった。彼は、信士の見舞いに来ていたのだ。

 一郎は、ひとりではなかった。彼の後ろから、背が高く、体格もいい男性がやってきた。年は、一郎と同じくらい。有名なスポーツ用品メーカーのジャージを着て、ボストンバッグを肩にかけている。

 彼は誰だろう? こげ茶色の短い髪をして、顔はドルーアに似ている。ドルーアを体育会系にしたら、こんな顔と体になるのかもしれない。瞳は、ドルーアと同じ緑色。彼は一郎よりずっと、表情をこわばらせていた。

「ヨーク。大きくなったね」

 ドルーアがほほ笑んで、月面英語で話しかける。朝乃は驚いた。ヨーク、――ニューヨークはドルーアの弟だ。ニューヨークは兄の笑顔を見て、顔を引きつらせた。

「ドルーアは、まともな神経じゃないよ。俺がいきなり現れても、驚きもしない。普通にほほ笑むことができる」

 英語で返答する。ニューヨークの声は上ずっていた。

「ドルーアは父さんと似ている。いつも余裕があって、何を考えているのか分からない。凡人の俺には理解できない」

 吐き捨てるように言う。実の弟が、こんなひどいことを言うなんて……。朝乃はドルーアを案じて、彼の横顔を見た。彼は苦笑していた。

 朝乃は、ドルーアの代わりに反論したかった。ドルーアだって、初めて一郎に会い、ニューヨークのことを聞いたときは動揺していた。ポーカーフェイスを保つことができていなかった。けれど、うまい言葉が出てこない。一郎が心配そうに声をかける。

「ヨーク、そんなことを言いに来たんじゃないだろう?」

 彼は優しく、ニューヨークの肩に手を置いた。ニューヨークは悪い夢からさめたように、はっとする。

「俺はドルーアに会いたかっただけなんだ。俺は、あなたのことをほとんど知らない」

 言い訳するように、しゃべる。

「俺が子どものころから、ドルーアは浮舟に留学して、家にちっとも帰らなかった。よっぽど浮舟は楽しい場所なんだなと思ったよ。留学が終わって家に帰ってきたら、母さんやゲイターとけんかばかりしている」

 ニューヨークは苦笑する。その表情は、やはりドルーアと似ていた。逆にドルーアの顔からは、笑みが消えていく。

「家出同然にヌールから出ていって……。俺やゲイターとバスケットボールをする約束は、どこに消えたの?」

 ドルーアは真顔になって謝罪した。

「ごめん」

 責められるだけのドルーアに、朝乃はつらくなった。ニューヨークは複雑な顔をしている。

「星間戦争が始まって、ドルーアはどこで何をしているのだろうと俺と母さんは心配していた。そしたら、いきなり映画スターになっている。俺たちがどれだけ驚いたと……」

 ニューヨークは、しんどそうに息をあえがせた。何も言葉にならないようだった。彼は、また怒ったように話し出す。

「ドラド社の後継者だったくせに、戦争はやめようとか言って、……なんかの授賞式のインタビューだったっけ? ドルーアのせりふにゲイターは激怒するし、父さんは笑うし」

 ニューヨークは少しの間、黙った。言おうかいなか悩んでいる風だった。彼は口を開く。

「おととしからはドラド社の株主になって、株主総会にも現れるし。ドルーアのせいで、コリント家はスキャンダルだらけだよ。マスコミに俺たちが、どれだけ嫌な思いをしたか」

 ニューヨークは力をなくして、うつむいた。

「俺には、やっぱりドルーアが分からない。あなたが何をしたいのか、理解できない」

 このふたりは何年ぶりに顔を合わせたのだろう。さきほどドルーアは、父に連絡したのは十年ぶりと言っていた。ドルーアに表情はなく、ただ黙っていた。

 朝乃はドルーアの味方につき、彼を擁護したかった。だがこれは家族の問題で、朝乃は部外者だった。朝乃は、ドルーアの家族についてあまり知らない。ドルーアについても、くわしく知っているわけではない。

 一郎は困ったように、ニューヨークを見た。やがて話しかける。

「俺の部屋で、お兄さんとふたりで話しなよ。あとで、何か飲みものを持っていくから」

 ニューヨークは迷って、一郎を見返した。しかし意を決して、ドルーアの方を向いた。

「ドルーア、……兄さん。俺のために時間を作ってほしい」

「もちろん」

 ドルーアはかたい表情で、ほほ笑みを形作った。立ちあがって、弟の方へ向かう。近づくと、ニューヨークの方が背が高く、がたいもいい。取っ組み合いのけんかをすれば、ドルーアは負けるのではないかと朝乃は心配になった。

 一郎とニューヨークとドルーアは、一郎の部屋と思しき場所へ消えていった。朝乃のそばには、口のつけられなかったアイスティーだけが残される。朝乃は恨めしそうに、ドルーアが飲むはずだった紅茶を見つめた。

 ちょっとすると、一郎だけがリビングに戻ってくる。ざぶとんに座っている信士に、深く頭を下げた。

「急に友人を連れて帰宅して、ごめんなさい」

「なぜ、今日は遅くなるとうそをついた?」

 信士が厳しく問いかける。一郎は顔を上げた。

「ヨークをドルーアさんと会わせたかったから」

 彼は、唇を引き結んだ。

「もともと今日は、ヨークを含めて友人たちと遊ぶ予定だったんだ。それが信士さんから、ドルーアさんと朝乃さんを家に入れると連絡があって。それで急きょ、午後の授業をさぼって、ヨークと一緒に帰ってきた」

 信士の家に寄ったのは失敗だったのかもしれない、と朝乃は思った。信士はため息をつく。

「ニューヨーク君とドルーアを会わせたいのなら、私を通してドルーアに頼めばいいだけだろう。もしくは、私がドルーアと朝乃君を家に入れると連絡したときに、今からニューヨーク君と帰宅すると返信すればよかったのに」

 信士は一郎を見つめる。

「なぜ、こんなだまし討ちをして、ニューヨーク君を連れてきた?」

 朝乃も責めるように、一郎を見た。一郎は気まずそうに、視線をそらす。

「ヨークが、ドルーアさんは自分が来ると知れば逃げるだろうと言ったから。それにドルーアさんが家族と仲が悪いのは、有名な話だし」

「だまし討ちは、実際にドルーアに避けられてからやるべきだったと私は思う」

 信士は苦い顔をした。朝乃もそう思う。

「私は食事と休憩のために、ドルーアと朝乃君を家に招待したんだ。驚かしたり、だましたりするためではない」

 信士の言葉に、一郎はおのれを恥じて顔を赤くした。

「ごめんなさい」

 再び頭を下げる。

「朝乃君と、――後でドルーアにも謝っておきたまえ」

「はい」

 一郎は朝乃に、「すみませんでした」と頭を下げた。しっかりと謝罪されて、朝乃は逆に居心地が悪くなった。

「いえ、私は驚いただけですから」

 一郎に怒っていいのは、ドルーアだけだと思う。一郎は顔を上げて、にこりと笑った。

「ありがとう」

 妙に人を安心させる笑顔だ。これで、仲直りは完了したと告げるような。朝乃も、自然に顔がほころんだ。一郎は、ざぶとんに腰をおろす。

「朝乃さん、会うのは二回目だね。俺の名前を覚えている?」

 気さくに問いかける。

「はい。一郎さんですよね?」

「そう。柏木一郎。そしてさっきの大男は、ニューヨーク・コリント。彼は普段は、ヌールの大学に通っている。今は南北交流プログラムで、俺と同じ大学に留学中。でも留学生用の寮に入らず、浮舟で暮らす祖父母の家に居候しているらしい」

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