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10 なんでゴシップ記事なんか読んだの

「ミンヤンさんは、世界最高と言われる超能力者だ。透視、未来予知、過去視、霊視もできると言われている。実際に幽霊がいるのか、二十三世紀の今でも分からないが」

 ドルーアは平然と、世界最高と口にする。千里眼のミンヤンは、本当にすごい人のようだ。そんな超重要人物と、自分の弟がつながっているとは信じられない。ただ裕也も一流の超能力者なので、ミンヤンと親交があってもおかしくないが。

「僕と功が在宅して、なおかつ翠が留守のときをねらって、君が朝乃を日本から浮舟に送れたのは、ミンヤンさんの協力があったから。そもそも君に、軍からの脱走を勧めたのも彼? 功の引っ越しを教えたのも、ペンシル型コンピュータを買い与えたのも」

 ドルーアは追及の手を休めない。翠が心配そうに、裕也を見る。裕也は何も反論できていない。動揺しきって、泣きそうになっている。

「ところでミンヤンさんは、先月の超能力者リゼの亡命に関わっていると、うわさされている。君とミンヤンさんとリゼは、トップレベルの超能力者どうし既知の仲かい?」

 ドルーアはふっと笑った。リゼも有名人だ。朝乃は彼女の顔を、ニュースやドキュメンタリー映像で知っている。功が以前、「リゼと裕也は同じ地球連合軍の兵士だったし、知り合いかもしれない」と言っていた。ドルーアはふいに表情を崩して、苦笑した。

「君は朝乃と同じで、うそや隠しごとが苦手だね」

 ええ? と朝乃は不満の声を上げそうになった。自分は、ここまで分かりやすくないと思う。

「分かったよ、裕也。これらのことは誰にも言わない。朝乃、翠、君たちも秘密を守ってほしい」

 ドルーアが言い、朝乃と翠はうなずいた。裕也は情けない表情のままでいる。ドルーアは優しく両目を細めた。

「すまない。君がまだ十七才の少年だということを忘れていた。君を追い詰めるような質問はもうしない。それにミンヤンさんが私利私欲のために、君を利用するわけがない。彼は人格者として知られている。僕は彼と会ったことはないが、彼を尊敬している」

「俺もです!」

 裕也がいきなり元気を取り戻して、さけんだ。ドルーアは目を丸くする。

「俺は、ミンヤンさんが俺のことを必要と言ってくれるから、生きているのです。あの人の手足となって働きます。俺の力は、そのためにあると思います。俺たちで世界を変えるのです」

 裕也は情熱的に言い募った。だが朝乃は、弟の決意表明に驚いた。裕也は完全にミンヤンに傾倒しているようだ。朝乃は彼の顔すら知らないのに。さらに裕也は世界を変えるなんて大きなことを言っている。

「それは、星間戦争の終結だね?」

 ドルーアが確認するように問いかける。ドルーアの顔も、裕也の顔も真剣だった。

「もちろんです。ミンヤンさんは、超能力者たちが戦争に駆り出される今の現実を変えたいのです」

 裕也は力強く肯定する。しかし、え? そうなの? というのが朝乃の本音だ。だが今、裕也とドルーアは同じ熱を持っている。朝乃の知らない何かを、確かめあっている。

 ――本当は、今までだって気づいていた。ドルーアは戦争に対して、朝乃と異なる考えを持っている。功と翠も、そうだ。けれど裕也まで、ちがうことを考えているなんて。

 自分の価値観がゆらぐのを、朝乃は感じた。この浮舟に来てから、朝乃の世界は変わり続けている。昔より、主体的に動くようになった。悩み考えるようになった。朝乃は初めて、戦争について自分なりに考えようとした。

 戦争は、終わらせることができるものなのか。戦争が終われば、火星はどうなるのか。朝乃には想像つかなかった。朝乃がもの心ついたころから、地球と月の関係は険悪だった。

「四年後の西暦2223年には、また火星が地球に大接近します。ミンヤンさんは、この大接近がきっかけとなって、人類が大きな過ちをおかすのではないかと心配しています」

 裕也は熱心に話す。ドルーアは逆に、冷静になったように見えた。

「同じ言葉を、僕はインタビュー記事で読んだ。それにミンヤンさんは、開戦直後からずっと戦争の停止を訴えている。僕は彼から、相当影響を受けている」

 ドルーアは肩の力を抜いて、苦笑いをする。

「君は若いな。五年ほど前の僕を見ている気分だ。いや、僕もまだまだ若輩者だけど」

 裕也は、どうリアクションしていいのか分からず、とまどっていた。しかしドルーアは裕也を、好意的に見ている。

「君の事情は分かった。君のお姉さんのボディガードは任せてくれ」

「ありがとうございます」

 とまどったまま、裕也は返事する。

「それじゃ、そろそろ僕は仕事へ行くから」

 ドルーアはなぜか朝乃の方へ来た。優しくほほ笑みかける。

「夜に電話する。何時くらいが都合がいいかい?」

 朝乃は驚いた。ドルーアが朝乃に電話するのは初めてだ。彼は病院で別れてから、基本的に朝乃を避けていた。机や服をプレゼントしてくれたが、朝乃がお礼のメールを送っても、どういたしまして程度の返事しかくれなかったのだ。

 それが、事前にこちらの都合を聞いて電話してくるとは、どういう風の吹き回しだろう。そして、どんな用事だろう。何にせよ、うれしい。

「何時でも大丈夫です。ちゃんと起きて待っています」

 朝乃は浮かれた。ドルーアは困ったように笑う。

「夜更かしはよくないよ、マイ・エンジェル。八時か、……遅くても九時までに連絡する」

 彼は朝乃を抱き寄せて、頭にキスをした。髪の毛にキスされたわけだが、朝乃のほおは熱を持つ。彼からの口づけは、はずかしいけれど幸せな気持ちになる。

 ドルーアは朝乃から離れて、翠と連れだってキッチンから出ていく。玄関に向かっているのだろう。ふたりは何か、小声で相談しているようだ。ふたりだけの打ち明け話をしている。

 彼らの姿が消えると、朝乃は取り残された気分になった。朝乃より翠の方が、ドルーアと仲がいい。翠に嫉妬するなど、無意味きわまりないが。

「なぁ」

 裕也がぶっきらぼうに話しかけてきた。

「ドルーアさんはいつも、朝乃にはあんな感じなのか?」

「うん、まぁ……」

 朝乃はあいまいに肯定する。キスシーンは、弟に見られたくなかった。

 それに朝乃と裕也は、いつもべったりと一緒にいた。朝乃が裕也の好みを分かっているように、裕也も朝乃の好みを把握している。裕也いわく、朝乃はめんくいらしい。今、恋しているドルーアもハンサムなので、朝乃は真実、めんくいなのだろう。

「ふーん」

 裕也は、おもしろくなさそうだ。

「ゴシップ記事に、ドルーアさんはどんな女性でも口説くけれど、ジャニスだけは避けると書かれていた」

 朝乃はびっくりして、まばたきした。

「なんでゴシップ記事なんか読んだの?」

 裕也を責めるように問いかける。朝乃も人のことを言えないが。ただドルーアがどんな女性でも口説くというのは、意外ではない。彼は朝乃を含め、誰にでも甘い言葉をはくのだろう。

 ただし、ジャニスだけは特別。だから、君の手を取らないと返事を出したのか? ドルーアはあまのじゃくなのか? 朝乃は、彼の行動が理解できなかった。そして情けないほどに、彼の言動に振り回されている。

「実は、朝乃を日本からドルーアさんの家に瞬間移動で飛ばしたことは、ミンヤンさんのアイディアだったんだ」

 裕也は言う。これまた意外な事実だった。しかし朝乃の日本脱出は、裕也が考えたとは思えないほど用意周到なものだった。弟のバックには、ブレーンとなってくれるミンヤンがいたのだ。

「ミンヤンさんは、ドルーアさんを高く評価している。彼ならば判断をまちがえないし、朝乃を守れるだけの力もあるって。ミンヤンさんはドルーアさんと、つながりを持ちたいとも考えている」

 裕也はドルーアに嫉妬しているのか、ちょっとすねた目をしていた。

「それから、朝乃がピンチのときに俺が駆けつけることができたのも、ミンヤンさんの超能力、――千里眼のおかげ。これからさきも朝乃が危なくなったら、ミンヤンさんが俺に知らせて、俺が瞬間移動で飛んでいく」

 管理局裏手で誘拐されそうになった朝乃を助けたのは、裕也ではなく、裕也とミンヤンだったらしい。朝乃は、かなりの大物に守られているようだ。

「話は戻るけれど、俺はミンヤンさんから、ドルーアさんに朝乃を預けるように勧められた。でも俺は、ドルーアさんのことを知らなかった」

 よって彼の人となりを知るために、ゴシップ記事も含めて芸能記事を読みあさった。さらに、代表作のドラマや映画も観た。

「アメリカ軍には、娯楽のための時間がある。自由な国家という建前だから、反戦映画も観られる。だからチャレンジャーズも観た」

 五年ほど前に大ヒットした、ドルーアさんがやたらとさけぶ映画だった、と裕也は困ったように言う。

「ドルーアさんは、平和思想の映画やドラマにしか出ないらしいよ。したがって日本では、彼の顔は見られない」

 そのとき、翠がキッチンに戻ってきた。

「何の話をしているの?」

 明るい笑顔で問いかける。ドルーアのうわさ話と言いづらくて、朝乃と裕也は目をそらして黙った。翠は追及せずに、冷蔵庫の方へ向かう。

「食後のおやつに、プリンを食べましょう」

 冷蔵庫の扉を開けて、中からお菓子を取りだした。

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