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4 そらから降ってきた天使

田上信士たがみ しんしと申します。初めまして」

 信士はきまじめに、あいさつした。年齢は、三十代の中ほどだろうか。ネクタイをきっちりとしめて、黒髪はオールバックになでつけられている。まったく笑みを見せない男に、朝乃は緊張してあいさつを返した。

「村越朝乃です。よろしくお願いします」

 信士はじっと朝乃を見る。

「少し顔色が悪いですね」

 いたわるような声に、朝乃はとまどった。

「移動中、タクシーの中で眠っていました。今は寝起きで、ぼんやりしています。でも大丈夫です」

「分かりました。つらくなったら、遠慮せずに言ってください」

「はい。ありがとうございます」

 朝乃はほっとして、ほほ笑んだ。信士は見た目は怖いが、優しい人らしい。

「あなたの名前ですが、ムラコシが名字、アサノが名前ですか?」

「はい」

 信士は、机の上にあるキーボードをたたく。彼からしか見えない位置にあるディスプレイの画面を見て、何かを確認した。

「性別と年齢をお願いします」

「女性で、十七才です」

 信士は再びキーボードをたたく。

「亡命申請を出したいのは、あなたひとりですか?」

「はい」

 朝乃が返事すると、最初に窓口にいた女性が戻ってきた。朝乃とドルーアに、ミネラルウォーターとアメを出してくれる。

「ありがとうございます」

 朝乃は日本語で礼を述べた。女性は分かってくれたらしく、にこりとほほ笑んだ。それから立ち去る。信士はドルーアに問いかけた。

「あなたは、どなたですか?」

「僕はドルーア・コリントです。浮舟在住の二十八才男性です」

 ドルーアは愛想よく笑う。朝乃はコップを取って、ごくごくと飲んだ。浮舟は涼しいわりには、のどがかわく。

「身分証のコピーを、こちらへ送ってください」

 信士は、机の上に置かれた黒色のタブレット型コンピュータを、ドルーアの前に出す。

「はい」

 ドルーアは、腕時計のタッチパネルを操作した。そして腕時計とタブレットをくっつける。ちょっとすると、

「ありがとうございました」

 信士は、タブレットの画面を確認して言った。次に朝乃の方を向く。

「今からあなたに、いくつか質問します。誠実に答えてください。また答えたくないものは、答えなくてかまいません」

「はい」

 朝乃はうなずいた。信士は何かに思い至ったらしく、ドルーアに向かってしゃべる。

「ミスター・コリント、時間がかかると思います。ここで待っていても、管理局の外に出ていてもかまいません」

「どれくらい、かかりますか?」

 ドルーアはたずねる。

「一時間以上かかると思います。村越さんは、浮舟入国前に亡命申請を出していません。また、宇宙港や駅での申告もありませんでした。そして浮舟住民による事前手続きもございません」

 信士はたんたんと話す。

「よって彼女は今から私と面接し、申請書や誓約書などを書かなくてはなりません。場合によっては、市庁舎もしくは警察に行く必要もあるでしょう」

 朝乃はげんなりした。犯罪者になった気分だ。けれど朝乃は浮舟に密入国したし、当然かもしれない。ドルーアも、しぶい顔をしている。彼は、はぁとため息をついた。

「確かに、時間がかかりそうですね。ですが僕は、ここで待っています」

「承知しました」

 信士は返事してから、朝乃の方を向く。

「それでは質問を始めます」

「はい」

 朝乃は気を取り直して答えた。ドルーアはのんびりと、コップに口をつける。

「あなたが浮舟に入国したのは、いつですか?」

 朝乃はちょっと考えた。夕方の五時くらいだっただろうか? 夕食の支度をしているときに裕也が現れて、朝乃を浮舟に送ったのだ。

「夕方の五時ごろです」

「何日前のことですか?」

「今日です」

 信士は不可解そうな顔をした。

「今の時刻は、午後四時四十二分です。ついさきほど入国されたのですか?」

「あ、いいえ」

 朝乃は言葉に詰まった。どう説明すればいいのだろう。

「彼女は、浮舟時間の本日午前九時ごろに入国しました。日本時間では、夕方の五時ごろだったのでしょう」

 ドルーアが助け舟を出す。朝乃はほっとした。浮舟と日本の間には、時差があるのだ。

「分かりました」

 信士は、ふに落ちないといった表情でキーボードに入力する。

「日本から浮舟まで、どこの国々を経由しましたか?」

「どこも経由していません」

 朝乃は答えた。信士は、みけんにしわを寄せる。

「日本から浮舟への直行便はありませんが、それは確かですか?」

「はい」

 信士の表情に、朝乃は不安になった。

「それでは、どのような交通手段を用いて、浮舟に入国しましたか?」

 どう答えればいいのだろう。朝乃が黙っていると、信士は柔らかい口調でしゃべる。

「宇宙船に乗りましたか? 月面都市間モノレールを利用しましたか? 自家用車でしたか?」

 信士にどのような反応をされても、正直に答えるしかない。朝乃は覚悟を決めた。

「弟に瞬間移動テレポートさせられて、入国しました」

 信士は口を閉ざし、無表情になった。キーボードを機械的にたたく。

「あなたの弟の名前を教えてください」

「村越裕也です」

「彼は超能力者ですね。あなたにも超能力がありますか?」

「ありません」

「入国した場所はどちらでしたか?」

「ドルーアさんの家です」

「僕の家の住所は、身分証にのっています。もっとくわしく言えば、僕の家の一階のリビングに、彼女は現れました」

 ドルーアが言い添える。それから朝乃に向かって、

「合っているかい?」

 と確認した。

「はい。私はソファーの上に落とされました」

 彼は、考える仕草をする。

「裕也は君がけがをしないように、ソファーの上に送ったのだろう。まさに、そらから降ってきた天使だな。いや、羽衣をなくした天女かな?」

 楽しそうに笑ってから、すぐにまじめな顔に戻った。

「そして君が困らないように、僕と功がそろって在宅中に送った」

 朝乃は、はっと気づいて、うなずいた。ドルーアも功も四六時中、家にいるわけがない。裕也はなんらかの方法で調べて、ふたりが在宅中に朝乃を送った。

 裕也は朝乃を功の家に送るつもりが、まちがえてドルーアの家に送ったのでもない。ちゃんとねらって、ドルーアの家のソファーに朝乃を落とした。知り合いだった功はともかく、なぜドルーアを巻きこんだのか分からないが。

 信士は厳しい表情で、朝乃とドルーアを見ている。やがて彼は口を開いた。

「超能力を利用しての入国も亡命申請も、前例のないことです。先月のリゼ・スタンリーの亡命も、超能力を用いたものではありませんでした。また村越裕也という超能力者は、SランクにもAランクにも登録されていません」

 超能力者たちは、その力の大きさによって、Sランク、Aランク、Bランク、Cランク、ランク外に振り分けられる。SランクとAランクは、全世界に二十人もいない。

「あなたの亡命が認められるかどうか、結果が出るまでに時間がかかるでしょう。通常では、三週間以内に結果が出ます。ですが、あなたの場合はどうなるか、私には分かりません」

 朝乃は意外な気持ちで、信士を見た。彼は、瞬間移動で入国したという信じがたい話を受け入れている。朝乃とドルーアの話を否定していない。するとカウンターの奥から、太った白人男性が信士のそばにやってきた。

「信士、少しいいか?」

「何だ、ジョシュア?」

 信士は驚く。会話は月面英語だったが、朝乃はほぼ聞き取れた。

「市長から、村越朝乃という亡命者を保護するように指示されている。彼女はただちに市庁舎へ向かい、市長と会わなくてはならない」

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