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3 いつ英語を勉強したのかな

 ドルーアは、歩く人々の間をぬって、管理局を目指す。だがお姫様だっこされている朝乃は、悪目立ちしている。朝乃たちは、通行人たちの注目を集めていた。朝乃は赤くなって、ますます身を小さくする。

 そもそも朝乃は、約二年間、孤児院の中にほとんど閉じこもっていた。街中に出ることにも、人目にさらされることにも慣れていない。

 対してドルーアは平然としている。平然どころか、愛想のいい笑みを浮かべている。そして目が合った人たちには、Hi! とかHello! とか、あいさつまでしている。ドルーアに声をかけられた女性たちが、大喜びではしゃぐ。親子連れが笑顔で、手を振ってくる。

 朝乃は驚き、口をぽかんと開けた。ドルーアが歩くだけで、街中大騒ぎだ。

「――――――――――――――。――――――――――」

 カメラやカード型コンピュータを向ける人たちに、ドルーアは困ったようにしゃべる。多分、写真やムービーをとるなと言ったのだろう。

 お姫様だっこは関係ない、ドルーア自身が目立っている。朝乃は彼の、僕は人気者の大スターという言葉を思い出した。ドルーアは本当に、すごい人だったらしい。しかし、

「隠しどりされていると思います。ネットでさらされてしまいますよ」

 朝乃は心配になって、ドルーアにささやいた。彼は撮影するなと言ったが、おそらく隠しどりされている。日本では、芸能人はスーパーで値下げ商品を買っただけで、隠しどりされてネット上で炎上するものだ。ドルーアは、くすりと笑った。

「僕と君の写真や動画がネット上で拡散されないように、マネージャーのタインに頼んでいる。特に君の映ったものは、すぐに削除させるつもりだ。ネット上の情報は、金さえあれば操作できる」

 彼は予想以上に用意周到だった。そして、さりげなく怖いことも言った。しかしドルーアが安全ならばいいやと、朝乃は無理やり結論づけた。

 ドルーアは自動ドアをくぐって、管理局に入る。ロビーにいる人たちが驚いて、朝乃たちを見た。ドルーアは、いくつかある窓口のうちのひとつに行く。窓口に座っている若い女性が、ほおを赤くしてドルーアを見上げた。彼女は、東アジア系の顔だちをしていた。

「―――――――――?」

 カウンター越しに月面英語で話しかけてくる。

「―――――――――――。――――――――。――――――――――――。――――――――――――」

 ドルーアはにこやかに答える。

「―――――――」

 女性は笑って、いすから立ち上がる。そしてカウンターの奥に消えた。ドルーアは朝乃を降ろして、そばのいすに座らせる。それから自分も腰かけた。

 朝乃は、あれ? と首をかしげる。さきほどの会話は、すべて月面英語だった。しかし意味が分かった気がする。

 女性は、何の用ですか? と聞いた。ドルーアは、亡命申請したい、日本語をしゃべれる人を連れてきてと言った。女性は、分かったと答えて立ち去った。つまり彼女は、日本語をしゃべれなかったらしい。朝乃はドルーアに問いかける。

「あの、今の会話は……」

 理解できた内容を伝えると、ドルーアは目を丸くした。

「そのとおりだよ、ダーリン。君はいつ英語を勉強したのかな? それとも恐ろしいぐらいに、カンがいいのかな?」

 彼は苦笑する。

「分からないです」

 なぜか会話を理解できて、朝乃もとまどっている。そう言えば、写真やムービーをとらないでというせりふも理解できていた。いや、あれは状況から分かったのだが。

「それから」

 朝乃は言いづらかったが、言うことにした。

「タクシーで寝ているとき、ドルーアさんと功さんの会話を聞きました。仕事を休ませてしまって、申し訳ありません」

 朝乃は頭を下げた。顔を上げると、ドルーアはばつの悪い表情をしている。やがてあきらめたように笑って、朝乃の頭を優しくなでた。

「君が眠っているとき、警察にも電話した。僕の家に侵入して君を連れ去ろうとした男たちが、供述を開始したらしい」

 彼は唐突に話題を変える。

「彼らは、金目当ての犯行だったと言っている」

「金目当てですか?」

 朝乃は、けげんに思った。朝乃は孤児で、金持ちの子どもではないのに。

「あぁ。実際は日本政府の指示を受けて、君を取り戻しに来たのだろう。だが彼らは、あくまで金目当てだったと主張している」

 ドルーアは静かな調子でしゃべる。

「警察は、玄関のインターフォン越しに僕と会話した中年の男女も見つけた。彼らに事情を聞いたところ、彼らは僕のファンで、僕と話したかっただけらしい」

 実際に彼らはドルーアと会話しただけで、何の犯罪もおかしていない。脅迫めいたことを口にしているが、あの程度では脅迫とは言えない。なので警察も、事情を聞くことしかできないのだ。

「そして全員が、君についた発信器については知らない、よく分からないと答えている。君の名前を知っている理由についても、同様だ。よって今のところ、この誘拐未遂事件が日本政府の犯行と立証できないんだ」

 けれどこれからさき、日本政府は金目当ての犯行をよそおって、朝乃を取り戻そうとするだろう。日本のみならず、地球連合に参加している国々も中立ではない月面都市群も。

「今の君は、浮舟に密入国している状態だ」

 ドルーアのせりふに、朝乃はうなずいた。

「だから今日の誘拐未遂事件は、僕だけが被害届けを出した。君はまだ出せない。けれど今日、亡命申請を出せば、その後三週間は浮舟政府が君を保護する。三週間後に、申請が受理されてもされなくても」

 したがって、また誘拐されそうになれば、朝乃は警察を頼れる。この事実は、朝乃を安心させた。

「いつになるか不明だが、誘拐未遂事件に日本政府が関与していた証拠が見つかる可能性もある。もし見つかれば、浮舟政府が日本政府を非難する声明を出すだろう」

 この場合も、朝乃が亡命申請を出している必要がある。

「さらに、もし君が日本に連れ戻されても、浮舟政府が君の引き渡しを要求する。君には亡命の意志があるので、連れ戻さないようにと」

 ドルーアは朝乃をじっと見た。

「君が日本に連れ戻されたら、僕が必ず助けに行く。日本以外の国に連れさらわれても、迎えに行くよ」

 彼の緑色の両目は真剣だった。彼の言葉は、口さきだけのものではない。

「ただし君が亡命申請を出さなくては、僕は君を救えない。下手をすれば、僕は誘拐犯になる。いや、今の状態では、浮舟政府が密入国者の君を浮舟から追い出すだろう」

 だからドルーアは仕事をキャンセルしてまで、朝乃を管理局に連れてきた。朝乃は、ありがとうございますとだけ言って、済ませることができない。言葉だけでは、彼の真剣さにこたえられない。もうすでに、返しきれないほどの恩があるのに。

「お待たせしました。私は日本語が話せます」

 するとカウンターの奥から、日本人らしい中年男性がやってきた。

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