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2 おなかの中の赤ん坊は今、何グラム

「朝乃、起きてくれ。しんどいと思うが、起きてくれ」

 ドルーアの困った声で、朝乃は意識を取り戻した。しかし体は重く、起き上がれない。まぶたも重くて、目が開かなかった。しばらくすると、

「朝乃、もう四時だ。起きてくれ」

 またドルーアが声をかける。けれど朝乃は動けない。体が疲れきって、眠くてたまらない。何か夢をみていた。だが内容が思い出せない。夢の中では、忘れないようにしようと思ったのに。きっと重要なことだったのに、あっけなく記憶は消えた。

 どれくらい時間がたったのか、ドルーアが楽しげに女性と話す声が聞こえた。

「おなかの中の赤ん坊は今、何グラムなんだい?」

 女性が、ころころと笑いながら答える。

「元気な子どもが産まれそうだ。産まれたら、ぜひ僕にも抱かせてくれ」

「駄目よ。会った瞬間に、あなたのファンになってしまうわ」

「大歓迎だよ。僕の最年少のファンだ」

 女性は妊婦らしい。もしや、この女性は……。

「ドルーア、今、どこだ?」

 功の声が聞こえてきた。やっぱり、さっきまで話していた女性は、功の妻だ。

「管理局の近くにある駐車場だ。朝乃が眠っていて、タクシーから出られない」

「もう四時半だ。五時には、管理局は閉まってしまうぞ」

 功が、心配そうなあせった声で言う。

「あぁ、今日は近くのホテルに泊まって、明日管理局に行こうと考えている」

「仕事はいいのか? 今日だって、昼からの仕事をキャンセルしただろ?」

「タインは優秀なマネージャーだ。うまくスケジュールを調整してくれるだろう。朝乃をひとりにはできない。彼女はしっかり者だ。そのうちひとりで、いろいろできるようになる。けれど今は、僕たちの助けが必要だ」

「明日は俺が行こうか? 午前中なら休める」

 朝乃はふらふらと起き上がった。強い意志の力で、目を開ける。朝乃の体から、緑色のジャケットがすべり落ちる。朝乃は、ドルーアのひざを枕にして寝ていたらしい。

 ドルーアがちょっと驚いて、朝乃を見た。それから、腕時計型コンピュータに向かってしゃべる。

「功、朝乃が起きた。今から管理局に向かう」

「分かった。何もないと思うが、管理局に入るまで気をつけろよ」

「ありがとう。行ってくる」

 ドルーアは視線を朝乃に戻して、心配そうに顔をくもらせた。

「大丈夫かい?」

「はい。上着をありがとうございます」

 朝乃は、足もとに落ちたジャケットを拾って、ドルーアに渡した。眠った朝乃が寒くないように、彼は自分の上着をかけてくれたのだろう。

 体は重いし、力が入らない。だがドルーアに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。今まで失念していたが、ドルーアにも功にも仕事がある。彼らは仕事をキャンセルして、朝乃の面倒を見ていたのだ。そしてそれを朝乃に黙っていた。

 今までドルーアたちの仕事に思い至らなかった自分を、そしてタクシーの中で眠り続けてドルーアを困らせた自分を、朝乃ははじた。

 ドルーアはまゆをひそめて朝乃を見ていたが、再びコンピュータに話しかけた。

「スプーキー、『今から車を出て、管理局へ向かう』とタインに伝えてくれ」

「承知しました」

 ドルーアのコンピュータであるスプーキーが、電子音声で答える。ドルーアは、朝乃に向かってほほ笑んだ。

「管理局へ行こう」

「はい」

 彼はジャケットを、さっとはおる。さっきまでそのジャケットをかぶって寝ていたと思うと、朝乃は少しはずかしくなった。

 ドルーアは車のドアを開けて、すばやく外に出た。朝乃はとろとろと、反対側のドアを開ける。外ではドルーアが待っていて、手を差し出してきた。朝乃は目を丸くする。彼は朝乃を、甘やかしすぎかもしれない。

「ありがとうございます」

 朝乃は恐縮しつつ、手を取った。大きい手であたたかい。

 車外に出ると、そこは背の低い木々に囲まれた駐車場だった。タクシー、バス、自家用車などがとまっている。合計で、二十台ほどだろうか。駐輪場もあり、自転車がたくさんとめてあった。人は誰もいない。

「あの建物が入国管理局だ。功たちは二年前に、あそこで亡命申請をした」

 ドルーアが指さすさきを見ようとして、朝乃はふらりと倒れそうになった。すると彼が朝乃を抱き上げて、にこっとほほ笑む。

「管理局まで連れていくよ、お姫様」

 朝乃はぎょっとする。だがドルーアは、すたすたと大またで歩き始めた。どうしよう、自分は歩けると言うべきだろうか。朝乃は悩んだ。けれど実際のところ、朝乃はふらふらだ。運んでもらった方が楽だ。

 ドルーアは朝乃をせかさないが、時間ぎりぎりなのだろう。その証拠に、彼はかなりのはや足だ。ならば朝乃は、歩かない方がいい。

「よろしくお願いします」

 朝乃は身を小さくして、ドルーアの腕の中に収まった。彼はふんわりと笑う。

「いい判断だ。君は顔色が悪い。しばらくは、ここで休んでくれ」

 朝乃たちが駐車場から出ると、往来を行き来する人々が大勢いる。目の前には、ビルがいくつも立ち並んでいる。背の高いビルがあり、そのビルを囲むように、ちょっと背の低いビルが五つほどある。

「中央にある背の高い建物が、浮舟の市庁舎だよ。そして、その左の建物が管理局だ」

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