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8 世界最高の超能力者

「地球側の超能力者で一番有名なのは、リゼ・スタンリー。確か、十九才の少女だ」

 功の話に、朝乃はうなずいた。リゼは何度も、ニュース映像で観たことがある。アメリカ人で、かなりの美少女だった。発火能力者で、ろうそくに火をつけていた。

「対して月側で一番有名なのは、ミハイル・ヴァレリー。四十代の男性だ。誰もが認める、宇宙における最強の兵士だ」

 朝乃はミハイルのことも、ニュースで知っている。恐ろしい敵という印象だ。

「ほかにも有名なのは、ねぼすけカルロス、慈悲のクララ、……従軍していないが、千里眼のミンヤン」

 朝乃は彼らに関しては、名前を知っている程度だった。ドルーアはカレーを食べ終えて、口もとをハンカチでふいている。朝乃は、功とドルーアに質問した。

「リゼは先月、月側に寝返った人ですよね。日本でも、ニュースになっていました。彼女は月側の兵士となり、戦場の宇宙空間で地球側の兵士たち、――元仲間であった者たちを殺していると」

 リゼは朝乃にとって、恐怖と嫌悪の対象だ。けれどドルーアは、ふしぎそうに首をかしげる。功はまゆをひそめて、しゃべった。

「それはちがう。日本のニュースがまちがっている。リゼは父、母、弟とともに、中立の月面都市イーストサイドに亡命したんだ」

 まったく知らなかった事実に、朝乃は驚いた。

「中立国に行ったということは、戦場で地球人たちを殺しているという話はうそなのですか?」

「そうだ。亡命後、リゼは一度も戦場に出ていない。さらに記者会見で、今まで戦場に出ていたのは家族を人質にとられていたからだ、と話している」

 ざわっと、産毛がさかだった気がした。

「つまり裕也は……」

 朝乃の声がうわずる。裕也は朝乃を、人質にとられていた。だから朝乃には、発信器がついていた。情けなさと怒りで、朝乃の体は震えた。功とドルーアは、同情するようなまなざしで朝乃を見ている。

「でも裕也は、軍で出世すると張り切っていました。家族を人質にする必要はなかったはずです」

 朝乃は言った。功とドルーアは黙る。ドルーアの緑色の瞳が迷っていた。だがやがて、功が口を開いた。

「俺とドルーアの予想だが、裕也君は従軍後、軍や戦争に嫌気がさした。しかし君を人質にとられたので、戦い続けた。よって君を浮舟に逃がして、自分も軍から逃げた」

 もしそれが事実ならば、朝乃にはショックだった。朝乃たち孤児は、将来は軍に入り国の役に立つから、国のお金で生活させてもらっている。なのに裕也は、軍から逃げた。

 弟は戦場が怖くなったのか? けれど朝乃たち孤児は、軍に行くしかない。軍隊に入り、死なないように努力するしかない。みんなそうしているのだから、朝乃と裕也もそうすべきなのだ。

「裕也君を責めないでほしい」

 功の言葉に、朝乃はうなずけなかった。さらに朝乃には、疑問がある。

「なぜ裕也は超能力者なのに、マスコミに報道されなかったのでしょうか?」

 本来ならば裕也は、超能力者兵士として大々的に宣伝される。そして彼は、日本のために戦う。戦果次第で、弟の望むぜいたくな暮らしができるだろう。でも実際には、まったく宣伝されていない。

「それに関しては、分からない」

 功は難しい顔をした。

「とにかく日本軍や政府は、裕也君のことを隠したいようだ。ニュースを確認したが、軍からの脱走も報道されていない」

 通常なら兵士が脱走すれば、すぐにニュースになる。その兵士の身内の人たちが、記者会見で謝罪したり、ときには公開処刑されたりする。そして逃げた兵士は見つかり次第、射殺される。

「裕也君の超能力は尋常じゃない。地球から月まで人間ひとりを瞬間移動テレポートさせるなんて、彼以外、誰にもできない。そもそも人間の瞬間移動自体、難しいことだ。それを成功させた超能力者は、世界に四人しかいない」

 その四人の中で、もっとも優秀だったのはミハイルだ。約一メートルさきまで、自身の体を移動させた。しかし当然だが、地球から月までは無理だろう。

「裕也君の存在が広く知られれば、どの国も彼をほしがる。極端な話だが、裕也君がいれば戦争に勝てる。また、戦争を停止させることも可能かもしれない。彼は人間だが、戦略兵器と言っていい」

 朝乃は、功の話す裕也が自分の弟とは思えない。同姓同名の他人ではないか。ドルーアがひさびさに口を開いた。

「僕の家に来た不審者たちは、『日本を敵に回したいのですか?』『地球連合軍に参加している国々と、さらに二十三もの月面都市』と、僕をおどした」

 今、星間戦争に参加している月面都市は二十三ある、と彼は言う。

「裕也の存在はおおやけにされていないだけで、地球にも月にも知られているのだろう」

 ドルーアの話に、功は考えた後で同意した。

「そう考える方が自然だな。裕也君は、知る人ぞ知る世界最高の超能力者だ」

「その裕也の力を手に入れるために、二十三の月面都市と日本を含め地球上の国々が、君をねらっている」

 ドルーアは真剣な顔で、朝乃を見た。朝乃はごくりと、つばをのみこむ。実際に朝乃をねらって、怪しげな人たちがドルーアの家にも功の家にも来た。これからどうなるのか、不安でたまらない。ところが、

「もてすぎる恋人を持つと、気苦労がたえないな。君は僕が守るから、安心してくれたまえ」

 ドルーアがきざったらしく言って、朝乃はリアクションに困った。功はあきれて、頭を片手で抱える。

「年齢を考えろ。お前は犯罪者になりたいのか?」

 功のせりふに、ドルーアは苦笑する。朝乃は、何が犯罪になるのか分からない。功は朝乃とドルーアの顔を等分に見た後で、強引に話題を戻した。

「裕也君は何らかの方法で、リゼの亡命を知り触発されたのだろう。リゼと彼女の家族のように、自分と朝乃も中立国に逃げればいいと。もしくは、リゼと親交があったのか。ふたりとも地球連合軍の兵士で、超能力者だ。年も近い」

 朝乃は、リゼと仲よく話す裕也を想像しようとしたが、うまくいかなかった。そもそも裕也は朝乃と同じく、日本語しかしゃべれないはずだ。

「いずれにせよ、裕也君は君を浮舟に送った。日本人にとって、もっとも逃げやすい月面都市に」

「そして宇宙港に、火をつけたのでしょうか?」

 朝乃の声は低くなる。今の朝乃は不安だらけだ。

「その可能性もある。だが今のところ、分からないとしか言えない」

 功は冷静に答える。

「ニュースによると、犯行グループはまだ判明していない。ただ鹿児島宇宙港の方は、火は消えたらしい。火事による死者、重傷者はいない」

 しかし当分の間、港は使えない。また港の責任者数人が自死している。

「そして東京の方は、まだ燃えている。むちゃな消火活動が行われたらしく、死者が十名ほど出ている。港のある八丈島全域に避難指示が出ているが、住民たちの避難はスムーズに進んでいない。緊急時の避難計画が、ずさんだったらしい」

 どうしようもない現実に、朝乃の気分は重くなる。

「それで、朝乃。これから、どうする?」

 ドルーアがたずねてきた。

「どうするというのは、どういうことでしょうか」

 朝乃は首をかしげる。

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