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7 中立都市に住むあなたたちは、戦争を実感できていないのだろう

「あのセキュリティの脆弱な自宅に、朝乃ちゃんを招き入れるつもりなのだろう。三十名でも足りないほどだ」

 ゲイターは冷然と言う。その割には、『朝乃ちゃん』という呼び方がかわいくて、場にそぐわない。多分、彼は日本語が上手だが、しゃべり慣れてはいないのだろう。『朝乃ちゃん』という言葉が出たとき、日本語ネイティブの朝乃と弘だけが微妙な顔をした。

「つまり『朝乃さん』のために、警備員を用意してくれたのか?」

 弘は問いかける。ついでに、『ちゃん』を『さん』に訂正した。もしかすると、ゲイターは親切な人かもしれない。

「ちがう。弘とサラン、――特にサランを守るためだ」

 ゲイターは否定する。サランは年を取り、車いすにも乗っている。おそらく足が不自由なのだろう。ゲイターが心配するのは当然だった。

「『浮舟に住み続けたい』とわがままを言う小娘が、どんなひどい目にあっても俺には関係ない。勝手に、どこにでも拉致されればいい。ただし、俺の祖父母がそれに巻きこまれたら困る」

 ゲイターは冷たい目を、朝乃に向ける。朝乃はぞっとした。彼は本当に、そう思っているのだ。ドルーアが静かに、ゲイターをにらむ。

「ゲイター、言い過ぎだ」

 弘が孫を注意する。ゲイターは、弘とサランに向かって話した。

「地球との交戦状態は、もう八年も続いている。だが中立都市に住むあなたたちは、戦争を実感できていないのだろう。閑静な、人の少ない住宅地。さらに警備員がひとりもいない一軒家」

 弘たちは、深刻な表情になる。このレストランは多分、民間警備会社と何らかの契約を交わしている。だから入口に、警備会社のステッカーがはってあった。対して弘たちの家には、ゲイターの言うとおり警備員はいないのだろう。

「猛獣がうろつくサバンナに、肉を放りこむようなものだ。朝乃ちゃんひとりのために、銃を持った工作員たちが押し寄せるだろう。それを避けるためのボディガードたちだ。さっさと『Yes』と返事してくれ。弘とサランが了承すれば、すぐさま警備員たちを配置する」

 ゲイターは真剣だった。弘たちは迷っている。朝乃も、どうすればいいのか分からない。朝乃は、ドルーアからプレゼントされた、腕時計タイプの防犯グッズを身につけている。これのボタンを押すと、ガードマンたちが朝乃のいる場所まで駆けつける。

 ただ駆けつけるとは言っても、やはり五分から十分はかかるらしい。その間、朝乃だけならば走って逃げたり、どこかに隠れたりできるだろう。しかし車いすのサランは? 弘だって、年齢を考えると素早く動けるわけがない。するとドルーアが口を開いた。

「弘、サラン。今日はレストランでの食事が終わったら、僕と朝乃は家に帰るよ」

 目に見えて、弘たちはがっかりした。ドルーアが家に来ることを楽しみにしていたのだ。ドルーアは彼らに、優しくほほ笑む。

「日を改めて、僕ひとりで弘たちの家に行く。――それで、いいだろう?」

 せりふの後半は、ゲイターに向けたものだ。つまりドルーアは、ゲイターと同じく、朝乃が弘たちの家に行くのは危険と判断したのだ。ゲイターは、ふんと鼻を鳴らす。それから朝乃に向かって言った。

「君はここまで聞いても、まだ浮舟に住み続けるのか?」

 朝乃は、はいと言いづらかった。朝乃がいるだけで、周囲の人たちは危険にさらされる。今日の予定が変わったのも、朝乃のせいだ。

「エンジェル、落ちこむ必要はない。君の安全を考えると、今、このタイミングでは、君は中立都市である浮舟にいるべきだ。また裕也のためにも、君は中立都市にいて、僕のそばにいるべきだ」

 ドルーアは冷静に言う。けれど次の瞬間には、彼とゲイターの間に火花が散った。

「村越裕也は、いつまで隠れている?」

 ゲイターは問う。

「さぁ?」

 ドルーアは肩をすくめた。ゲイターは彼をにらみつけた後で、さっと背中を向けた。部屋から出ていくのだろう。ところがその背中に、ニューヨークが声をかけた。

「待てよ、ゲイター。こうやって食事に乱入するために、レストランの場所と時間を俺から聞きだしたのか?」

 彼は怒っている。しかしゲイターは冷めていた。

「ヨーク。自分やドルーアや朝乃ちゃんのスケジュールを、安易に人に教えてはいけない」

 むしろ弟に対して、説教をしているようだった。ニューヨークはさらに、むかっとする。

「友人や知り合いには教えないさ。ゲイターだから話したのに」

 彼は、ゲイターが家族だから、信頼して話したのだろう。なのに、その情報を利用された。朝乃は、ニューヨークのやるせない気持ちが理解できた。だがゲイターは、白けた目をする。

「俺とドルーアの関係を考えると、こうなることぐらい想像がついただろう?」

 ニューヨークはいきなり、にせものの銃をゲイターに投げつけた。ゲイターは驚いて、身じろぎする。銃は彼の胸にぶつかって、床に落ちた。

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