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2 君が大人になったら、結婚してあげる

「素敵です。ありがとうございます」

 朝乃は笑顔で答える。今までの朝乃は、自分で考える以上に見苦しかったのかもしれない。髪を切ってもらって、正解だった。ドルーアがほほ笑んで、朝乃のそばにやってくる。

「かわいいよ、僕の天使」

 彼は朝乃の髪に手を入れて、頭をなでた。店内中の視線が、ドルーアと朝乃に集まっている。嫉妬の視線も混ざっていて、少し怖い。

「でも君がこんなにきれいに輝いていると、君のお父さん代わりとしてはちょっと心配かな」

 周囲から聞かれていることを分かって、ドルーアは「お父さん」という単語を使う。彼は人目があるところでは、朝乃をことさら子ども扱いする。朝乃が、ドルーアのファンたちからねたまれて攻撃されないためだ。美容師も笑った。

「俺の腕をほめてくれて、ありがとうございます。大切なお嬢さんに、余計な虫がつきそうですか?」

 彼は緊張しているようだった。彼の気持ちは分かる。今のドルーアには、芸能人のオーラがある。相手の緊張を感じたのか、ドルーアは親しげな笑みを見せた。

「君のていねいですばらしい仕事のせいで、たくさんつきそうだ。ただこの子には、僕を含めてボディガードが多いから、あまり心配していないけれど」

 実は朝乃には、頼もしいボディガードがひとり、――いや、ひとつ増えている。左手首につけている、おしゃれなデザインの腕時計だ。このブレスレットはアナログ時計としても利用できるが、防犯グッズでもある。

 あるボタンを押せば、大音量でブザーが鳴り、「Help me!」とさけんでくれる。また別のボタンを押せば、警備会社が腕時計の位置情報を確認して、ガードマンが朝乃のもとに駆けつける。

「さらにオプションとして、通話機能や翻訳機能もつけられるらしい。だが今はつけていない。いろいろ追加すると、値段が高くて」

 ショッピングモールへ向かう車内で、ドルーアは苦笑した。

「いえ、十分です。ありがとうございます」

 朝乃は恐縮して、お礼を述べた。ドルーアは朝乃が学校へ行くと決めたから、これを買ってくれたらしい。彼はいつも、朝乃を守ってくれる。

 散髪の終わった朝乃は、リュックサックからタブレットコンピュータを出して、電子マネーで支払いを済ませた。

 ドルーアは朝乃から離れて、初めてのお使いを見守る父親みたいになっている。彼だけでなく、美容院にいるすべての大人がそんな風だ。朝乃はさすがに、はずかしくなった。

(でもドルーアさんは、私に支払わせてくれた。「初めてのお使い」状態だけど、大人扱いしてくれた)

 小さな一歩だが、うれしくて偉大な前進だ。駐車場内の無人タクシーに戻ると、ドルーアは、朝乃のおろした髪をまた触りだした。

 遠慮なく触ってくる。相手がドルーアでなかったら、朝乃は拒絶しただろう。タクシーは、レストランに向かって走り出した。

「まずいな。悪い虫がつくから学校へ通うな、と言いたくなる」

 ドルーアは、魅力的な笑みを浮かべる。

「君は、僕の秘密の恋人なのに」

 冗談めかして言う。このせりふは、100%、冗談なのだろう。しかし朝乃は本気で、彼の恋人になりたい。

 朝乃は真顔で、ドルーアを見つめた。いい加減なことを言う彼を責めたのかもしれない。ドルーアは意外そうな顔をして、朝乃の髪を離す。彼は多分、ちょっと困っている。ドルーアは軽い調子でたずねた。

「僕の恋人になりたいかい?」

「はい!」

 朝乃は、ついうっかり元気よく返事した。彼は笑う。朝乃は顔を赤くした。今、単なるもののはずみで愛の告白をした。恋愛に関して積極的に動きたいとは思っていた。だが間をすっとばして、いきなり告白するとは。

 ドルーアは片手で、朝乃の左ほおを包みこんだ。キスされる? 朝乃がどきどきしていると、彼はすっと朝乃から離れる。

「君が大人になったら、結婚してあげるよ」

 優しくほほ笑む。その言葉は、大人が子どもに言うものだ。朝乃だって、五才くらいの男の子に結婚してとお願いされたら、そう答えるだろう。

「私が一人前のコックさんになったら、結婚してください」

 朝乃は強い調子で言った。カット代を自分で払いたいと言うときより、緊張したし勇気も出した。ドルーアは、あやふやな笑みを保っている。今から来るであろう返事が怖い。心臓がばくばく鳴って、口から飛び出しそうだ。

「あ、あなたが好きなのです」

 待つのに耐えきれず、朝乃は震える声で告白を追加した。ドルーアは、幼子に対するように柔らかくほほ笑む。

「知っている。好き、だから結婚する。この上なくシンプルでいいね」

 彼は朝乃を抱きしめようとした。朝乃は、彼の胸を両手で押して逃げる。ドルーアは目を丸くした。

「本当に結婚しますよ。私は本気です。いいのですか?」

 朝乃は念を押す。今にも壊れそうなつり橋を渡るような、不安な気持ちだ。ドルーアは困ったらしく、まゆじりを下げた。

「ダーリン、そんな泣きそうな顔をしないでくれ。僕は、君のその顔に弱い。二年後、もしくは三年後に結婚すると、契約書でも書くかい?」

 冗談なのか本気なのか分からないことを言う。それに、そんな風に具体的な数字を出されると、朝乃は困る。数年後に、自分は一人前の調理師になれているのか。ドルーアに見合うだけの大人になれているのか。まだ学校でさえ、功たちと探している最中なのに。

「困らないでくれ、口約束だけでいい。君の将来を縛りたくない」

 ドルーアのほほ笑みは大人で、朝乃はどうしようもなく子どもだった。

「私は、あなたの将来を縛りたいです」

 スーパーで「お菓子を買って」と親にねだるような子ども。しぼんだ風船のように、朝乃はうつむいた。

「遠慮なく縛ってくれ」

 ドルーアは、今度は力任せに朝乃を抱き寄せる。彼の急な動作に、朝乃は小さく悲鳴を上げた。なすすべなく、彼の腕の中に入る。

「僕は君の犬だ。首輪をつけてもかまわない」

 妙に真剣な声だ。しかし首輪なんかつけられるはずがない。つまりこれはジョークらしい。ドルーアは朝乃の本気を、するりするりとかわしていく。

 それとも、ちゃんと結婚してくれるつもりなのか。実は結構、本気なのか。朝乃はおとといのリゼを見習って、さらに押すことにした。

「私はあなたのためにみそ汁を作りますから、本当に本当に結婚してください。約束ですからね」

 怒っているような口調になってしまった。腹を立てているわけではないのに。朝乃は彼の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめ返した。ドルーアは楽しそうに笑う。

「ならば僕は、君との結婚のためにポタージュスープを作ろう。ただ最近、ハンドミキサーを使っていないから、ちゃんと動くかどうか心配だ」

 彼は再び、朝乃の髪をいじりだした。そんなに触り心地がいいのか。どれだけ触れば気が済むのか。そしてハンドミキサーが動かなかったら、どうなるのだろう。ミキサーが壊れていたら、結婚できないのか。そんな未来は嫌過ぎる。

 ドルーアは相変わらず、何を考えているのか分からない。理解できない人なのに、理解できないからこそなのか、朝乃は彼が好きだった。

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