歯車は動き出す
「俺にできる事って…なんだろうな…?」
コンクリートの冷たさを背に感じながら、草壁 志狼はそうつぶやいた。
名も知らぬ企業が立ち去った後の廃ビル。何故か取り壊されもしないこの場所は彼のお気に入りの場所で、考え事や悩みがあったらここで空を眺めるようにしていた。
この日もちょうど上司に辞表を叩きつけてきたばかりで、つい一人になりたいと思い気付いたら階段を登っていた、といったところだった。
「俺の人生って…何なんだろうな…」
思わずため息がこぼれた。
彼の人生は特別に不幸なわけでもない。
普通の家庭に生まれ、仲の良い友人と学校へ通い、それなりの企業で働いていた。
ただ、それを彼は良く思っていなかった。
平凡な人生。それはまるで、自分が社会の歯車の一つなのだということを暗に示している。そんな感じがして仕方がなかった。
別に自分がいなくても世界は変わらない、という漠然とした不安感が。
そう思いだしたらいてもたってもいられず、辞表を出してきたところだった。
「もし…もしもこの空がさ…ある日突然どうにかなったとしても…俺には関係なく過ぎていくのかな…」
そう独り言を呟いたところで何故かおかしくなり彼は不意に苦笑いをした。
「なんて、考え過ぎか」
混乱しかけた頭を整理しようと彼は上体を起こそうとする。
するとその時ー
「っ!地震か!?」
身体が揺れを感じた。それと同時に違和感も感じた。
身体全身で感じる揺れはまるで空間そのものが揺れているようで。今までに感じたことのないような奇妙な揺れ方だった。
「揺れてるのは地面じゃないのか…?」
そう思い空を見上げた彼の目には信じられないものが映っていた。
空の青を切り裂く、大きな亀裂が。
「なっ…!はあ!?」
彼は目を疑った。そして目だけではなく耳まで疑うことになる。
「避けてくださ〜い!」
亀裂から声が聞こえたのだから。