告白
本作品はそうじ たかひろさん主催の企画『秋風月に花束を』の参加作品です。
○企画名
秋風月に花束を
○企画概要
・表テーマ 『感謝』。感謝の解釈は自由。
・裏テーマ 読者に少なからず驚きを与える。
・ジャンルは自由。
○文字数
2000文字以内
ちなみに『推理』ジャンルですので ◇1 で感じる違和感を推理していただくと1.5倍楽しく読めるかもしれないです。いえいえ、そのまま読んでも差し支えありません。
◇1
ある合コンで人生初体験の相馬惣介とこれで22回記念となるベテランの桐野杏子が出会った。そしてベテラン杏子の積極的なアタックで何とかアドレス交換まで行くことができ、意外な事に翌日惣介からディナーのお誘いメールがきた。杏子はもちろんOKを出し、少し早い晩御飯を食べ終えた2人は、暮れなずむ都心の海辺の道を歩いた。
大切な話がある、それだけ告げられて足は少しずつ人気のない場所へと向かっていた。
杏子は今まで自分から攻めていた逆の展開になったことに心を躍らせ、この先に待っているであろう少しだけの未来を想像していた。
惣介はそんな杏子よりも車道を挟んだ反対側で酒に酔って大声を上げている女性が気になっていた。蝶々が平面を進むようにふらふらと彷徨っている様はどうみても危なさそうであり、案の定ふらつきの限界を超えた女性は車道へと倒れた。
ここまでではただ女性が酔いつぶれただけで話しは済むのだが、惣介が視線を前に戻そうとして――前方のトラックの運転手が寝ているように見えた。もう一度女性へと視線を戻すが打ち所が悪かったのかびくともしない。次の瞬間に惣介は飛び出していた。
杏子は突然横から消えた惣介を探し、見つけ、足元に倒れた女性とすぐ横に迫るトラックが視界に入った。
直前で運転手が気づいてブレーキを踏んだ。
激しいブレーキ音が、杏子の叫び声が周囲に響き渡った。
完全に静まり返った後、杏子は惣介の元に駆け寄った。
女性は惣介が押し出して轢かれずにはすんだようだ。しかし惣介はというと右の足首が完全に轢かれており、前輪のタイヤ痕がジーパンの裾についていた。靴が通常では考えられない方向に曲がっていた。
杏子の記憶はここで終わっている。
次に杏子が目を覚ました場所は病院内だった。
白い天井と薄緑のカーテンでどこにいるのか何となく把握し、横を向くと惣介がいた。
「あの後気を失っちゃったんだよ。……あの人は無事だって。頭を少し打ったけど問題ないみたい」
「そう、よかった……。あれ、そんな事より、足。足はどうしたの!? 右足轢かれたでしょ!?」
「え? ああ、とりあえず大丈夫。明日病院に行かなきゃないけないけど。」
杏子はその言葉に唖然とした。
どこが大丈夫だというのか、今こうして苦しい顔一つもせず平然と椅子に座っているが、確かに惣介は右足をトラックに轢かれたのだ。暗かったとはいえ見間違えたりはしない。それにベッドで寝ているため足元まで見えないが、壁には松葉杖が掛けられている。やはり怪我をしているのだ。だがどうして今すぐ診てもらわないのか。ここだって同じ病院なのに。
怪訝な顔をする杏子に惣介は決意の表情をして口を開いた。
◇2
「大切な話があるって言ったよね」
そう言いながら惣介はズボンをいじり始めて、足を取った。
「見ての通り、右が義足なんだ」
杏子の目が釘付けになった。口は開いたが声は出なかった。惣介は少し確認した後淡々と話し続けた。
「中学生の頃、部活帰りの交通事故がきっかけでね……。合コンが初めてって言ったのもコレが原因だったんだ。というのも大学時代に好きだった子に告白したらOKをもらったんだけど、これを見せたら1週間後にフラれちゃったんだよ。確かにこれは普通じゃないからね。自分では当然の結果だとは思っていたんだけど、想像以上にショックが大きくて以降女性を好きになることを諦めていたんだ。でもこの前、初めての合コンで杏子さんはそんな事を知らなかったけれど、それを忘れさせてくれるほど一緒にいてとても楽しかったんだ。だから今回誘ったんだけど……その……ありがとう。そしてこれでさよならだね」
優しさと悲しさが入り混じる表情の惣介を見て、それまで大人しく聞いていた杏子が抑えきれなくなった感情が瞬間的に出た。
「バッッカじゃないの!?」
あまりの響き具合に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした惣介。杏子はベッドから起きて言い放った。
「ホント、バカじゃないの!? ふざけないでよ! 何でそんな女と私が一緒にならないといけないわけ? 同じ女性としてそんな女と比べないでほしいし、なにより最初からそんな気持ちだったらフラられて当然じゃない!」
そして最後にこう続けた。
「私はね、あなたの足に惚れたわけじゃないのよ!」
◇3
「俺の足に惚れたわけじゃない、だってさ。あいつはもう最高の女だったよー」
吹き抜ける風が笑い皺の頬を撫で、寂しくなった白髪まじりの頭髪がなびいた。ベランダにある風鈴がチリンと鳴った。
「そんなに素敵な奥さんだったんですか?」
車椅子を押す女性スタッフも数えきれないほど聞いてきた話に同じセリフで返した。
「そりゃ、余所の女とは違うさ。俺にはもったいないよ。あれは――」
惣介はまた身振り手振りを加えて表情豊かに話し始めた。
あれからどれほどの年月が経とうとしても褪せない思い出は心を躍動させる。
読んでいただきありがとうございました。
ちょっと表テーマと裏テーマの度合いが逆転してしまったかな?とも思いましたが、「俺の足に――」の一言が最上級の感謝の言葉だと考えています。
2000文字以下ギリギリの作品。大変でした^^;
あ、ちなみに惣介が診てもらわなかったのは、かかりつけの病院でなかったからです。(義足をつくってもらった病院でないため)