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けれど、狼と吸血鬼  作者: ハイたん
第一月 【ただいま】
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其の六 『宣戦』

「――それでカイン。これからどうするんだよ」

 黒いスーツに坊主頭、そして顔に切り傷をつけた男――ロイは、隣に座っている銀髪の吸血鬼に声をかける。

 日本刀は竹刀袋のようなものに入れられており、彼が座っている椅子の近くにたてかけられていた。

「どうしましょう。ふむ……私たちが取るべき選択は、三つあります」

 ロイと同じくした服装にカールした銀髪。涼しげな顔をした美丈夫――カインはそう受け答えた。

 ずるずるという音。二人は現在ラーメン屋にて、当然だがラーメンをすすっていた。ニンニクラーメンが美味いと評判の店で、この街に来てから幾度か立ち寄った店である。

 二人は宗谷士狼とシャルロットを見失ったあと、この街において拠点として滞在しているホテルで仮眠を取ったあと、こうして腹を満たしていたのだった。

「選択ねえ。再確認の意味を込めて聞くが、その三つって? ――おう、ちょっとそのラーメンのスープくれよ。いやー気になってたんだよなぁそれ」

「そうですね。まず1つ、このままシャルロットを追い強制的に捕獲します。――ロイ、殺しますよ」

「だろうな。――っておいおい、そんな事でキレんなよっ! チ、悪かったよ。もうしないから、上着の中から俺に銃向けるのやめてくれ」

 それなりに長い付き合いの二人だからこそ、互いに深く理解している部分がある。

 例えばロイはスープを貰うと言えば本当にそうするし、例えばカインが殺すと言うときは割と本気だということだ。

「分かればいいのです。

 続けます。二つ目として、今の私達が持っている情報を全て他のハンターに売り渡します。この場合の選択も、報酬という意味では悪くありません」

「まあ、その選択だけはありないけどな」

 ロイが取っておいたチャーシューに噛み付きながら言う。

 有り余る戦闘意欲により吸血鬼狩りに所属しているロイにとって、戦わずに事を終わらすのはもってのほかだった。

「貴方ならそう言うと思っていました。ですから今のは言ってみただけです。それに――私もそのような結末だけは、望んでいません」

「だろうな、俺もそう言うと思ってたぜ」

「ふむ。さすがロイ、話が早い。それで三つ目なのですが――これはですね。条件付きで彼女から手を引くというものです」

 ずるずる、とラーメンをすする音が響く。

 替え玉を頼もうとしていたロイは、その言葉で注文の中止を余儀なくされた。

「条件付き? 言いたいことは分かるが、その条件ってなんだよ」

「そうですね。まず始めに、シャルロットは日本の各地でそれぞれ血を吸い、吸血鬼としての痕跡を残しすぎた故に、私たちの目に止まりました。吸血鬼が吸血を終えた後、首筋の傷は短時間で治癒しますが、それで事実が無くなるわけではありません。後の証拠となる傷が見つけられなくとも、その吸血を誰かに目撃されていたとしたら、当然問題になります。そして問題となったのがシャルロットです」

「まあそうだわな」

「はい。ですから例えば、シャルロットがこれより一切活動の形跡を残さないとするのなら、彼女の存在に無理に介入する必要はありません」

「正論だな。正論だが、それには無理があるぜ。吸血鬼が血を吸わねえってのは自殺行為だろうが。世の中には目についた吸血鬼を片っ端からぶち殺していくような奴らもいるんだ。俺らみたいに統制されてる組織じゃなくてな。そんな連中から自分の身を守るためにも、シャルロットが血を吸わないってわけにはいかないはずだ」

 言うが早いか、ロイは少し遅くなったが替え玉を注文しようとする。だが店主は入ってきた客に「いらっしゃい」と景気のよさそうな声をかけている所だったので、仕方なく水を飲もうとコップのふちを口につけた。

 水を口に含むと、となりに人が座る気配。そして「ニンニクラーメン一つ」と声がする。……何かが引っかかり、ロイは顔を動かさず視線だけをとなりの人間に移した。

 思わず水を噴き出した。

「――ぶふぅっ!? お、おまえっ、白髪野郎っ!」

 ロイのとなりには、図太そうな顔で座っている宗谷士狼の姿があった。

「うおっ、汚ねえなお前。人のツラ見て噴出すなんざ、どんな教育受けてるんだよ、ハゲ頭」

「ぐぬぬ……、チッ、おやっさん! 替え玉一丁!」

 怒っては負けだと思ったロイは、怒りを紛らわすために替え玉を注文した。すっかりスープは冷めてしまっていたが、替え玉の際にスープも足してもらえると知ったロイは、ありがたくお願いすることにした。

「――それで。何の用です、士狼」

 湧き上がる憤怒を抑えるように震えるロイを尻目に、彼のとなり――士狼にとっての二つ隣から質問が投げかけられた。カインである。

「カインっていったっけ。ま、アンタの方が話しやすそうだから助かる。あ、ちょっとキミ邪魔だからもう少し背中逸らしてくれる?」

 しっしっと士狼がロイに向かって手を払う。

「――駄目だカイン。俺もう十分に我慢したよな。この白髪野郎ぶっ殺してもいいよな?」

 悟りを開いたような顔には、最早先ほどまでの怒りはなかった。日本刀を納めた袋を手に持ち、今にも抜き放とうとしている。

「落ち着きなさいロイ。それに白髪などと言うものではありません。それは相手を酷く傷つけるものです」

 ロイの肩に手を置き宥めるように呟いたあと、カインは士狼の髪を見る。士狼も釣られてカインの髪を見た。

 ……銀髪だった。

「なるほど、アンタも言われてきたのか」

 士狼は敵対する立場にあるはずのカインが、妙に自分を庇った理由を理解した。

 そうこう言っている間に、士狼の元にニンニクラーメンが届く。

「――で、何しにきたんだ、お前」

 二人の間に挟まれて若干居心地が悪そうなロイは、届いた替え玉を器に入れる。

「いや、お前らに色々聞いておきたくてな。予想していたよりも話が通じそうだったからな。特にそっちの銀髪の兄さんが」

「ふむ。聞きましょう。どうぞ」

「ああ。まず一応聞いておくが、お前らアイツから手を引くってことはできないのか?」

 ずるずる、とラーメンをすする音。まばらに人が座るラーメン屋において、明らかにこの三人の周囲だけが浮いていた。

 しばらく麺だけを食すこと十数秒。

「――場合によっては可能です。私たちはそもそもシャルロットという存在を無力化しにきたのです。私が士狼やシャルロットにあのような選択を提示したのは、それがその無力化をもっとも効率よくかつ単純な方法で行えたからです。ですから他に私たちも納得するような道を貴方が提示できるというのなら、それでも構いません」

「なるほどな。――じゃあ例えばだが、あのバカ吸血鬼がもう二度と、他の人間の血を吸わないっていうのはどうだ?」

「……もしそれが本当に可能ならば、私としては構いません。しかしシャルロットはまだ幼い吸血鬼です。理屈や理性を効かして衝動を抑えようとしても、本能が血を吸いたいと求めてしまうでしょう。ですから彼女が血を吸わないということは」

「おいおい、カインさん。アイツが血を吸わないなんて俺は一言も言ってないぜ。俺はな、他の人間の・・・・・血を吸わないって言ったんだ」

「――ふむ。士狼が彼女の血の供給者になる、と言いたいのでしょうか」

「ああ、そうだ。それなら何も文句はないんじゃないか? こっちには、あいつを雲隠れさせる準備もあるぜ」

 士狼は、暦荘の自称陰陽師が張ったという結界の話を振り返った。それが本当だと仮定すると、シャルロットは暦荘にいる限り、自身の存在を他に悟られないということになる。

 つまり吸血鬼の機密が社会に漏れ出す危険性を限りなく下げられる――ということ。

「なるほど……。話は分かりました。ですがその方法では恐らくロイが納得しません」

「あったりまえだ。俺は血沸き肉躍るような強えヤツを探して、だからこそ吸血鬼狩りに入ったんだ。今回はそれが通称”悠久の時を生きた吸血鬼”の血縁者っていうから、こんな極東の島国まで出向いてきたってのに、はいそうですかって帰れるわけがねえ」

 それは言外の拒絶だった。

 しかし士狼は数瞬の間も置かずに言い放つ。

「――なら話は簡単だ。お前らが殺し合いをしたいってんなら、俺がアイツの代わりに相手してやる。それで万事解決だろ」

「はあっ? おいおい白髪野郎、お前正気か? 頭は大丈夫か?」

「当たり前だ。てめえの余った血の気抜いてやるってんだ。感謝しろハゲ。その代わり死なれてもアフターケアまでは当てにするなよ」

 飄々とした態度を崩さない士狼を見て、カインは秀麗な眉を歪めた。

「……分かりませんね。なぜシャルロットと知り合って間もない貴方が、彼女のためにそこまでするのです? 女としてのシャルロットに欲情でもしたのですか?」

「バカかてめえ。ていうか誰が欲情だよっ。日本語勉強し直して来いやっ」

 ふう、と息を吐いて士狼は続ける。

「別に大したことじゃない。お前らにだけはあいつを任したくないしな、それは夜言ったろ。だから俺にできることはしてやりたいんだ」

「それが分からないと言っているのです。士狼がシャルロットをどう思おうと勝手ですが、貴方がそこまでする理由にはならない」

 確かになぁと士狼。

 しかし――理由か。あえて言うなら、

「約束しちまったみたいなんでな。シャルロットの帰る家、どうにかしてやるって」

 それに。

 寂しそうな顔で、笑ってるほうが似合うヤツが言ったのだ。


 ――帰るところがない、と。


 自分の家がない寂しさは――誰よりも知っている。

「俺が――いや、俺たちがあいつの家になってやる」

 宗谷士狼が、大家である高梨沙綾が、自称陰陽師の凛葉雪菜が、そしてまだシャルロットが知らない暦荘の一風変わった住人が。

 あのお人好しな連中ならば、きっとシャルロットの家になれる――それが士狼の考えであり、決意だった。

「話は分かりました。ですが本当にいいのですか? 貴方が言った方法は、命を賭けるということですよ? 殺し合いで、一人の女を奪い合うというのですから」

「……なんかムカつく表現だな、それ」

 私のために争わないでー、と叫ぶシャルロットを思い浮かべるとげんなりするのは何故だろうか。

「まあ別に構わないぜ。たまには運動すんのも悪くねえだろ」

「ロイ、貴方はよろしいのですか?」

「……正直な話、通称”悠久の時を生きた吸血鬼”の血を引く娘ってだけで、めちゃくちゃ闘り合ってみたかったんがな。――まあでもそういうことなら、俺も別にいいぜ。どうもあのシャルロットってガキは、殺し合いをするような面はしてねえし。ていうかよ、その白髪野郎は、一回ぶった切ってやらないと気が済まねえと思ってたんだ」

 爪楊枝で歯の間を掃除しながら言う。

「――ロイが構わないのなら、私も反対はしません」

「よし。交渉成立だな」

 士狼がポケットから小さなメモ用紙を取り出してカインに渡す。その紙には地名が書かれており、現在の状況が士狼の想定した通りに進んだと伺わせる。

 つまり――殺し合いになることを予感していた士狼は、予めに決闘場所を定めていたのだろう。

「これは……ふむ。確かこの場所は現在、オール電化の高層マンションを建設中の現場ですね。マンションの建造に合わせて、周囲にも比較的大きな憩いの広場も作るとか」

「よく知ってんじゃねえか」

「調べましたから。この街のこと全て」

 なら話が早い、と士狼が伝票を持って立ち上がる。

「今夜零時にそこに来い。夜なら誰もいねえし、場所が場所だから邪魔なヤツが来る心配もない」

「いいのか白髪野郎。助け呼べなくなっちまうぞ?」

「うぜえよハゲ。てめえの情けねえ悲鳴を聞かれないだけ、ありがたく思え。じゃあな」

 んだとコラーっ! と怒鳴るロイの隣。

 カインが静かな声で問う。

「――最後に一つだけお聞きしたい。士狼、貴方はかつて戦場にいたことがありませんか?」

 足が止まる。

 吸血鬼狩りの二人に背中を向けたまま、士狼はがしがしと頭を掻く。返す言葉は決まっていた。

「いたよ。ま、もっとも――ただの雑兵だったけどな」

 その言葉を最後に、士狼は清算を済ましてラーメン屋を後にした。

「……チ、逃げやがって、あの白髪野郎。気にすることはねえぞカイン。あんな惚けた野郎が、千年クラスの吸血鬼を殺せるわけがねえ。人違いだよ、人違い」

 行こうぜーと伝票を持って立ち上がる。

 それに対し、ロイに聞こえない小さな声で、

「……士狼、アナタになら託してもいいのかもしれませんね」

 と呟き、相棒の背に続く。

 清算を済まし、扉を開け暖簾をくぐった二人の背中に、ありがとうございましたと声が投げかけられた。





 その夜の話。

 士狼は宣戦布告をしたあと、家に帰って武装を確認していた。現状、拳銃の類は持っていない。せいぜい趣味で集めたナイフコレクションがあるぐらいだ。

 その中から、戦場から持ち帰った遺産のようなものでもあるアーミーナイフを手に取った。刀身は曇りも脂もなく研ぎ澄まされたままだ。接近戦に持ち込まれることが少なかったから、あまり使う機会がなかったのだ。

 そして――日が変わる少し前に暦荘を出た。シャルロットは呆れたことにまだ高梨沙綾の家で寝ていて、話をするのも連れて行くのも馬鹿らしくなったので、彼女を放って行くことにしたのだ。

 夜空を見上げて歩く。……月が出ていた。相変わらずの三日月である。

 それを見ていると、ふと昨日シャルロットと出会ったときのことを思い出した。

「……ぶっ殺してやろうかと思ったけどな」

 血を突然吸われたときは、確実に息の根を止めてやろうと憤慨したものだ。もっとも、突然酔っ払った風に泣き出す吸血鬼に、その後すぐ呆れることになったわけだが。

「報酬、何がいいかねえ」

 せめてそう考えないとやっていられない。苦労を引き受けようとしているのは自分自身だとしても、原因を持ってきたのはシャルロットだ。ならばきちんと彼女から、自分が引き受けた分の苦労代ぐらいは頂くべきだと思ったのだ。

 思考をぐるぐると回転させながら、道なりに歩くうちに、士狼は目的地に着いた。入り口には簡単なバリケードが敷いてあるが進入は容易かった。

 内部は工事が始まってさほど経っていないせいか、マンションは鉄鋼の骨組みのような状態で見受けられた。しかし辺りにはすでに整頓された若緑が生い茂っている。……なるほど、先に憩いのスペースとなる広場を完成させたのだろう。見た目としては自然公園に近い。

 今夜は昨夜とは違い、雲がない快晴だった。そのため月が遮られることなく爛々と輝いている。

 降り注ぐ月光に色をつけるのだとしたら、それは白だろうか。それとも光が透明であるから、そうイメージしてしまうだけだろうか。

 そんなことを思わず考えさせてしまうような三日月の下。

 いつ見ても変わらない黒いスーツに身を包んだ、二人の吸血鬼狩りの姿があった。

「よお、待たせたか? ハゲ」

「別に。今来たところだよ、白髪野郎」

 言って二人は対峙する。

「ふむ。なにやら恋慕する二人の逢引を思わせる会話ですね」

 カインが顎をさすりながら、ポツリと呟いた。


「それだけはありえねえっ!」


 同時に声が出る。士狼とロイ。重なった声はカインに向けられていた。

「分かっています。例えただけです」

「ぐあぁー! 例えられたくもないわっ、こんなハゲにスーツなんて似合わないヤツと!」

「例えられたくないってのは同感だが、一言余計なんだよ、白髪野郎が!」

 すでに本来の目的とは違うところで色々と疲れ、肩で息をする二人。

 それを互に一瞥したカインは空を抱くかのように両手を広げた。

「――さあ。そろそろ御託はいいでしょうお二方。始めましょうか――殺し合いを」

 それは唄うような宣言だった。

「そうしようぜ。俺はとっとと帰りたいんだよ、寒いしな」

 士狼が懐からアーミーナイフを取り出す。

「なに、安心しな白髪野郎。俺もだ。ついでに風呂も入りてえ」

 ロイが日本刀に手をかける。

 鞘に収めたまま闘うつもりなのか、それとも抜刀術を得意とするのか。――士狼は後者だろうと判断した。

「獲物が互いに違いますが、構いませんか? 特に士狼」

「ああ、構わないぜ。戦場じゃあ、自分と相手の装備が違うって文句言うバカなんていねえ」

「よく言った、白髪野郎。――んじゃ、始めようぜ」

 身構えた二人。

 白い髪をした男と、坊主頭の男が、それぞれナイフと日本刀を持って対峙する。距離はおよそ二十メートル近くだろう。

 両者の間にはまるで審判を下すように、カインが硬貨を指に挟んで立っていた。

「――合図です」

 コインを弾く。

 キィン――という甲高い音がして、銀色の硬貨が空中に舞い踊った。

 士狼とロイは動かない。コインが地面に向かっていく――遅い、もどかしい。恐らくこの場にいる者、全てがそう思った。

 やがて硬貨が、面に接地した。

 ――その瞬間に二人は駆け出していた。二十メートル近い距離も、二人の脚力によって刹那のうちに埋められる。

 三日月の立会いの下。

 誰にも知られることなく、その殺し合いは始まった。


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