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けれど、狼と吸血鬼  作者: ハイたん
第四月 【守る物、護る者】
59/87

其の六 『退治』①


 とにかく夜というのは暗いものである。

 しかも深夜になると家々の明かりも消えて、それこそ街灯か月光しか光源は無くなる。加えて人通りは疎らとなり、人気が無くなって、結果として夜は無人となっていく。

 夜空に爛々と煌く月は美しいのだけど、まあちょっと頑張りすぎだなぁと思うこともある。もうちょっと休んでもいいのではなかろうか。夕焼けが作り出す細長い影とは違い、月光が生み出す影はどこか不気味だからである。

 ビルの、家の、電柱の、私の、ニノの――ありとあらゆる物体が作り出した影絵が織り成す、そんな不吉と神秘を併せ持った今夜に。

 何を隠そう、この私ことシャルロットは――恐がっていたのだった。……え、えっへんっ!


「……誰もいないね」


 だって仕方ないと思う。もう一度だけ言うが、恐がっちゃっても仕方ないと思うのだ。

 もう数えて一時間は歩きっぱなしなのだが、本当にびっくりするぐらい、誰の姿も見ないのだから。まるでこの街から私たち以外の人間が消えてしまったかのようだ。

 時刻は午前一時過ぎを回ったところか。時計の類は持っていないから正確な時間は分からない。しかしお腹の空き具合から見て、大体間違ってはいないだろう。

 ――あれから必要最低限の説明だけを受けて、私たちは夜の街で作戦を開始した。

 作戦なんて言うと大それて聞こえるが、実際はパトロールのようなものだ。ただし出現しうるのは犯罪者ではなく、れっきとした殺人鬼という補足はつくが。

 私はまだ見たことが無いのだけど、退治すべき悪霊の名は”餓鬼がき”というらしい。

 何でも、餓鬼の元となったのは死んだ人間の怨念だという。それらが長い時間をかけて、生前の未練を強めていく、または、同じような恨みを持った魂がいくつも集合する――などを繰り返して強い力を持ち、質量を持つまでに至ったのが餓鬼さんというわけだ。

 彼らを祓ってあげることは、囚われた魂を昇華してあげることと同義。だから、どちらかといえば退治ではなく、成仏させるといったほうが正しい。まあやや乱暴な方法になってしまうのは仕方ないのだが。

 ニノから聞いた話によると、餓鬼さんは成人男性の数倍近い蛮力を持っているらしい。熟練の格闘家でさえ逃げ切れたら僥倖といったところだろう。

 そんなバケモノの中のバケモノを退治しようと、私たちは夜の街を歩いているわけだ。しかも驚くなかれ、別に退魔っぽい能力なんて何一つ身につけていない私たちである。

 大丈夫なのか、と知らない人からは言われてしまいそうだ。殺人事件が起こっていると噂が流れているのに、女の子が二人も深夜に出歩いているのだから。

 ――が、侮ってもらっては困る。

 何を隠そう、私は吸血鬼で。

 何を隠そう、ニノは人狼なのだから。

 自分で言うのもなんだけど、私たちはハッキリ言って凄いのだ。

 ビルの高いところからだって飛び降りられるし(やったことないけど)、走れば風よりも早いし(よく転んじゃうけど)、夜目はこれでもかと利くし(おかげで朝は辛いけど)、悪いヤツなんて簡単に懲らしめちゃうし(すんごく恐いけど)……と、言うように、とにかく凄いのである。

 だから餓鬼さんに襲われても問題ない。むしろ襲ってもらったほうが効率がいいだろう。つまり今回の作戦は、ある意味では美少女を囮に使った頭脳作戦とも言えるわけだ。

 ……実は恐いなんて、口が裂けても言わないけど。


「……はあ。ちょっとシャルロット。いい加減にしてくれない?」


 私よりもほんの少しだけ前を歩いていたニノが、大きく肩を落として振り向いた。

 さきほどまで、獣耳の先端がレーダーのように動いていたのだが、なぜか今は力なく項垂れている。水をやり忘れた花のようであった。

 ――しかし私は知っている。ニノの獣耳がピコピコーっ! ではなく、ペタン……となっているときは、その大抵が、悲しいときか呆れているときだということを。

「な、何がっ? 別にいい加減になんてしてないよ?」

 人差し指をツンツンと突き合わせながら、なるべく可愛いさを前面に押し出して誤魔化してみる。……うん、誤魔化してみたのだ。

 だって――怖がってるのがバレるなんて恥ずかしいし。

「ふーん、そう。じゃあ聞きたいんだけど、どうしてさっきから人の服の裾をずっと掴んでいるの? 歩きにくいったらないのよね」

「う――だ、だってぇ……」

「言い訳しないでいいのよ。怖いなら怖いって言えばいいのに」

「……はい、ちょっぴり恐いです」

 なんだか怒られたような気になって、私は身体を小さくする。

 いたたまれなくなって視線を逸らし、アスファルトの路面を見つめる。すると微かな笑い声が聞こえたあと、視界の隅にニノのつま先が見えた。距離を縮めてきたのだ。

「まったく――しょうがないわね」

 次の瞬間、頭を優しく撫でられた。

「……ニノ?」

 頭の上ではニノの手が右往左往していたので、私は顔を上げれず、上目遣いのような形で彼女を見た。

「安心しなさい。アンタは何があってもウチが護ってあげるから。そのためにウチはこの街に留まっているんだからね」

 珍しく柔らかな笑みを浮かべながら――普段ニノが浮かべるのはとっても勝気な笑みなのだ――獣耳を柔らかく動かせる。

 その雰囲気も、仕草も、口調も、何もかもが年上のお姉さんみたいで、それを見ていると不思議と心が落ちつく自分がいた。……いや、まあ本当は私のほうがお姉さんなんだけど。

 ――ニノ=ヘルシング。そういえばこの狼少女が暦荘に住み着くことが決まった際に、なんだか神妙な顔で報告に来たっけ。

 小難しい話がいっぱいだったのでよく覚えてないけど、確か吸血鬼狩りがどうのとか、私を護りますとか何とか。話の九割が意味不明だったので、とりあえず真面目な顔をして「……うん、そうだね」とかいって頷いてはおいたのだが――

 ぼんやりと思考していると、急に頬に痛みを感じた。

 我に返ってみると、どうやらニノが私のほっぺたを摘んで引っ張っているようだった。

「――ほら、ボーっとしちゃ駄目でしょ。士狼はもっとしゃんとした女の子が好きよ、多分」

 これでもかと頬を伸ばしていた指を離す。

 おかげでゴムみたいに急激に元に戻った。……どうもヒリヒリする。ちょっぴり涙も出てきた。

 しかしニノが発言した言葉に意識は釘付けだった。

「えっ、ほんとっ?」

 士狼がしゃんとした女の子が好き――その情報はあまりにも革命的に響いた。

 そういえば士狼が、俺は大家さんみたいな大人の女性が好みなんだ、とか言っていたのを思い出す。……なるほど。やはりこれはチャンスだ。

 つまり今回の一件を颯爽に解決して見せて、私のなかに眠っている頼れるお姉さんの一面を開花させて、士狼に「お前頼りになるなぁ。思わず惚れちまったぜ」と言わせればオッケーなのだ。

「……えへへ」

 なんて――素晴らしい未来。

 あまりに完成された未来予想図に頬さえ赤くした私を満足そうに見つめて、ニノは「行きましょ」と顎で指し示す。それと連動するようにして、獣耳の先端もピョコと動いた。相変わらず可愛い耳である。

 話は終わりよ、と振り向いて歩き出すニノの背後――音も立てず忍び寄った私は、すこし躊躇ったあとに、獣耳をえいっと掴んだ。

 ――いや、だって誘ってきたのはあっちだよ? 私は悪くないよ? あんなにピコピコと誘惑してくるんだから、むしろ被害者はこっちじゃないかなぁ。

「ひゃ――! ちょ、ちょっと何してんのよっ!」

 獣耳が警戒したようにピンと尖る。

 でもなんか、ふにゃふにゃだったのがちょっと固くなって逆に触りやすいかもしれない。

「いやぁ、だってだよ? 据え膳食わぬが吸血鬼の恥っていう言葉が私にはあってね」

「――そんなの知らないわよ! ていうか、アンタ……! ほ、ほんとに止め――っ」

 反抗を見せたニノに対し、私は獣耳を強く弄って対抗した。

 すると狼少女は、体中の力が抜けたようだった。

「ほ、んとに――だ、ダメって……言ってん、でしょ……!」

 顔を真っ赤にさせての必死の抵抗。

 でも私は負けなかった。私から獣耳を奪おうとするニノに逆らうようにして、なおも弄り続けた。

「……はふー」

 しばらくすると、ニノはぐったりとしていた。

 その様子を例えるとするならば、極上のマッサージを受けている人みたいだった。とても恍惚とした顔をしていて、このまま放っておけば極楽とか言いそうである。

「どうどう? 気持ちいいでしょ? けっこう凝ってるね、ニノの耳って」

「やっぱり? 最近は色々と忙しくってね。何でかは知らないけれど、怒ったり呆れたりする日は、耳が普段よりも疲れるのよ」

「……へえ、そうなんだー」

 ――そういえば、ニノって自分の耳が感情と連動するように動いていること、知らないんだっけ? なんだか可愛いなぁ。やっぱり私のほうがお姉さんなのかなぁ――

 それからもニノの獣耳を楽しんだあと、しばらくして気を取り直した私たちは、互いにこほんと咳払いをして歩き出した。

 ……いや、サボっていたわけではない。ただ仕事をする前にはエネルギー補充が大切だと思うのだ。……それで、ダメ?


 ――とまあ。

 こんな感じで、私とニノの悪霊退治は幕を開けたのだった。





****





 水を打ったように静まり返った夜の街。

 ここまで人気がないのはあまりにも不自然だ。しかしそれにはきちんとした理由が二つある。

 まず一つ、現在の時刻が午前二時に近いということ。つまり常識的な人間ならば自宅で眠っているような時間なのだ。

 そして二つ目は、ここ最近に起きた猟奇的連続殺人事件が原因だ。この街の住人の何割ほどがその話を真実だとしているかは分からないが、少なくとも噂がある以上は進んで出歩くような人間はいないだろう。

 結果として、夜の街はどこまでも静かだった。

 靴とアルファルトがぶつかる音でさえ鮮明に聞こえる。他にも、微かな息遣い、服の布擦れ、髪が風に戦ぐ音――それらは日常では気にも留めない音だが、この場においては空間を支配しかねない存在感がある。

 喧騒のない街。

 会話さえない時間。

 それは思考するには最適な間である。

 人狼のニノ=ヘルシングは、シャルロットを背中で庇うようにして歩いていた。歩き出した当初はそこそこ会話もあったのだが、めぼしい話題はあらかた掘りつくし、いつしか口を閉じていた。

 ニノは少し思い出すことがあって、自分の後ろをおっかなびっくりとついてくるシャルロットに意識を向ける。それと同時に、獣耳もピクと反応した。

 

 ――この耳鳴りさえ聞こえてきそうな静寂の中。

 ふと、ホテルでこころと交わした会話がニノの脳裏によぎった。





 ――シャルロットが部屋から出て行ったのを見計らって、ニノは自分に縋りつく少女に問うた。

「ねえ、こころ。どうしてシャルロットのことを嫌うのか教えてくれる?」

 安っぽいビジネスホテルの安っぽい部屋。シングルベッドが二つだけ並んで設置されており、その間には小さな台とランプがある。比較的大きな窓には鍵がかけられており、泊り込んだ人間が無闇に開けられないような仕掛けになっている。

 申し訳程度に付属しているテレビはカードを入れなければ番組が映らない。ニノの腰よりも小さな背の冷蔵庫には何も入っていなかった。

 つまりは、一般的な常識内のビジネスホテルである、ということだ。

「……べつに、嫌っては……ないけど」

 こころは、しゅんと小さなる。

 それはどこか、悪戯を咎められた子供に似ていた。

「ふうん、嫌ってはない・・・――と。つまり何かしら思うところがあるってわけね」

「……あの人、恐い」

 少しずつ核心に迫っていこうと思っていたニノは、その矢先に放たれた答えに困惑した。

「恐いですって? ……シャルロット、なんて哀れなの」

 思わず瞳から涙が出そうになる。

 知らぬが仏という言葉が日本にはあるらしいし、今回の件はシャルロットに報告しないでおこう、とニノは思った。

「参考までに聞くけど、あのへっぽこ吸血鬼の何が恐いの?」

 それは確かな疑問だった。

 シャルロットは一般的に見て、女性としては憎いぐらい整った容姿をしている。それも、美しいというよりは愛らしい方の部類で、子供から大人まで広く親しまれるタイプのルックスだろう。

 性格も飾ったところは見られず、むしろ無邪気で人懐っこい。恐らく頭の中が空っぽだからだろう、とニノは考えているが、それがまたシャルロットの魅力であることには違いなかった。

 つまり――他人から好かれることはあっても、決して嫌われるような子ではないはずなのだが。

「……こころ?」

 待てど返答はなかったので、怪訝に思って再度聞く。

 それから時間にして一分は沈黙があっただろう。重苦しい空気の中、こころが唇を震わせた。

「とても……強い力……気が遠くなるぐらい、大きな力を……感じた」

 訥々と呟く声は、真実畏怖しているようだった。

「なるほどね。まあ確かに――」

 普段のシャルロットからは想像もつかないが、彼女は通称”悠久の時を生きた吸血鬼”の血を引いている。この世界で現存している吸血鬼の中でも、もっとも特別な存在だろう。

 フランシスカから聞いた話によると、シャルロットは銀貨アルジェントと呼ばれる吸血鬼殺しの兵器を用いてまで、その力を封印しているらしい。まあ恐らく本人はその事実を知らないだろうが。

 ――人知を超越した強大なる力。一介の生命には扱いきれぬ過ぎた力。

 それは例えるなら、個人が太陽を手にしてしまうことに等しい。

「まあ、あんまり深く考えないであげてちょうだい。別に悪いやつじゃないわよ?」

「それは……分かってる、つもり。……だって、あの人……ずっと、あたしの頭……撫でてくれようと、してたから」

 自分の頭を撫でる真似をして、こころは不器用に苦笑した。

 ――きっと本人的にはシャルロットと仲良くしたいに違いない。しかしサトリの妖ゆえに、他人の内面にはひどく聡いこころだ。やや内気で恐がりなところもあるこの少女には、ほんの少しの勇気を出すことさえ難しいのだろう。

「うーん、まあこころの気持ちも分かるけどね。でもシャルロットって泣き虫だから、ビービー泣き出すまえに仲良くなってくれると嬉しいわ」

「……がんばって、みる」

 両手に小さな拳を作って、こころは強く頷いてみせた。

 その様子に、期待できそうね、と思ったニノであった。――が、その直後に戻ってきたシャルロットに対し、ハムスターのごとき怯えをみせたこころを見て、あーこれは先行きが長そうだなぁ、と首を傾げるハメになったのだが。





「――ニノ? 聞いてる?」

 ぼんやりと数時間前に意識を馳せていたニノは、そこで思考を止めた。

 立ち止まって、振り返ってみると、不安そうに身を縮こまらせたシャルロットがいた。

「ああ、悪いわね。ちょっと考え事してた。それでどうしたの?」

「いや、誰もいないねって言おうとしてたんだけど……あ、誰もいないねっ?」

 同じ発言をすぐさま繰り返している時点で、どうやら軽い恐慌状態に陥っているようだ、とニノは思った。

 逃走経験はあっても戦闘経験はあまり無いのだろう。それに、最近は人間のなかに混じって平凡な生活を営んでいたシャルロットだ。裏の荒事や血生臭い――いや、そもそも暴力という野蛮な行為自体、彼女には似合わない。

 宗谷士狼の言葉を借りるのなら、シャルロットは人懐っこく笑っているのが一番なのだから。今回の件だって、こころというか弱い存在を護るためでなければ、進んで協力はしなかっただろう。

 ニノは赤い長髪の先端を指先で弄りながら言う。

「まあね。でも好都合じゃない? あたりに人間が大勢いたほうが面倒でしょ」

「そ、そうなんだけど……」

 きょろきょろと周囲を見渡すシャルロットは、どこからどう見ても恐がっていた。

 まあ確かに気持ちは分かる。どこに敵が潜んでいるか分からない、という状況はニノにしてみても面倒だ。一言で言えば、小賢しいのである。

 この街のどこかに潜んでいるという数匹の餓鬼。面倒な探りあいなどせず、目の前に出現してくれれば話は早いのだが。

「――でもさ、あまりに誰もいないと不安になってこない? ここって私たちの知ってる街なのかなって」

 それは言いえて妙である。

 まるで本来いた世界から一つ次元がズレてしまったかのように無人。他人の気配などこれっぽっちも感じられないのだから。

 歩けど歩けど闇ばかり。

 進めど進めど影ばかり。

 辿り着くべき目的地を設定していないことも相まって、少しずつ無意識下で恐怖が進行していく。

 ――もっとも、それはシャルロットの場合だ。

 ニノのなかに恐怖などという気弱な感情はまったく浮かんでいない。どちらかと言えば、焦燥とか苛々だろう。とっとと出てきやがれ餓鬼のやつめー、といった感じである。

「……確かに人がいなさすぎる気もするわね。まあ、どっちでもいいけど」

「軽いね、ニノって。――そういえばさ、あの小型の機械みたいなやつは使わないの? 餓鬼さんを探すために貸してもらったアレ」

「ああ、これのことね」

 上着のポケットからPDAを取り出す。

 ――と、思ったらすぐさま懐に戻した。

「あれ? せっかく出したのに、なんで戻しちゃうの?」

 きょとん、と首をかしげるシャルロットに対し、ニノは細長い眉を歪めて大層不服そうだった。

「もしもこれが本当に役に立つなら積極的に使うんだけどね。ウチも歩き出して一時間程度の間はずっと手に持ってたわよ、ええ。……でも、こんな一ミリも反応を示さないガラクタに用なんて無いのよ」

 ふん、と鼻を鳴らして腕を組む。

 ――確かに作戦開始からしばらくの間は、ニノも青天宮から支給された機械に頼っていた。持ち主を中心とし、半径五十メートル程度の範囲の磁場を測定するPDA。忌野曰く、餓鬼探しにはもってこいとのことだったのだが……。

 しかし残念なことにその機械は、頑固なオヤジのようにうんともすんとも反応しないのである。もしかしたらコレ壊れてるんじゃないか、と勘ぐるほどに。

「あはは、ニノってば機械オンチなんだね」

「――はあ? 寝言は寝てからいいなさいよ。そもそもこのPDAに操作する必要性なんて皆無なの。近場に餓鬼が現れたら勝手にピコーンって反応するんだから」

「そうなんだ。なんだかハイテクだね」

 無邪気に微笑むシャルロットからは一片の不安も見られない。

 きっと馬鹿話が過ぎたせいだろう。普段の日常と同じような、実のない話を繰り返すことにより、緊張や恐怖が紛れたのだ。

 ……そのとき。 


 ピコーン。


 無機質なくせにやや間抜けな音が響いたのだった。

「聞いた? 餓鬼が現れたら今みたいな音がするんだからね、覚えておきなさいよ」

「なるほど、確かに今のはピコーンって感じだったね。こう……ピコーンって」

 二人して顔を見合わせ笑ってみる。

 百聞は一見にしかず、と言うが、やはりそのことわざは強く的を射た言葉で、だらだらと説明を繰り返すよりも一度本体の音を聞いたほうが早かった。

 夜の街に響き渡るのは嬌声に似た笑い声。女性特有の高い声音は、決まった形を持たないがゆえにビルとビルの合間を駆け抜けて、山彦のように反射していく。

 ――やがて、ひとしきり笑ったあと。

「……こほん、ねえシャルロット」

 神妙な顔で咳払いをしたニノは、金髪赤眼の吸血鬼に向き直った。

「うん。なにかな、ニノ」

 人懐っこい笑顔を浮かべるシャルロットは、赤い長髪の人狼に向き直った。

 ――次の瞬間、笑顔が消えた。

 二人して瞳を細めて、周辺に対して注意深く意識を張り巡らせる。

「……いるわね」

「……うん」

 人間とは違う何者かの気配を感じる。

 それは濃密なのに曖昧で、ともすれば掌から零れ落ちる砂のように無くなってしまいそうな存在感。

 そもそも『質量を持った悪霊』とは何て矛盾した輩なのか。カタチがないからこそ幽霊と呼ばれるのに、明確なカタチを持ってしまっては、それはもう違う存在になってしまう。

 やがて二人は、微かな感覚を頼りに歩き出す。

 辿り着いたのは近場の商店街だった。アーケードさえ無く、店数もそう多くは無いが、昼間には比較的賑わいを見せる場所だ。ただし最近、商店街のすぐ傍に大きなスーパーマーケットが出来てしまい、互いにライバル関係にあるとかないとか。

 深夜の商店街はどこまでも昏い。

 左右を見渡せば、鈍い銀色のシャッターが下ろされた商店がある。それらの間を割るようにして、ニノとシャルロットは慎重に歩いていった。

「……なにか聞こえるわね」

 獣耳をピク、と反応させる。

 それは何か――がさごそ、と漁るような音。

「本当だ。……あっちの方じゃないかな」

 シャルロットが指差した先は、店と店の間にある小さな脇道だった。横幅にして二メートルもないだろう。月明かりさえ届かない極細の通路は、思わず入ることさえ躊躇ってしまう。

 しかし立ち止まっていても仕方がない、とニノは足に力を入れた。

 薄暗い細道は、まるで地獄に続いているのではないかと錯覚させる。最奥には何があるのかさえ視認できない。それは夜目が利くシャルロットをもってしても同じだろう。


 ――だが。

 ――この仄昏い闇の中にも関わらず、ソレ・・はハッキリと目視できた。


 がつがつと。

 むしゃむしゃと。

 ばくばくと。

 ――ぴちゃり、と。

 その光景を一言で表すならば、『何かが何かを食べている』と定義できる。

 しかし、それは食事というには行儀が悪く、栄養の摂取というには乱暴すぎた。

 広がる異様な光景は視界を独占し、立ち込める異臭は鼻腔を突き刺し、聞こえる音は鼓膜にこびり付いて離れない。

 二、三日は夢見が悪くなりそうだった。

「――っ、なに、あれ……」

 シャルロットが口元を押さえる。きっと吸血鬼であるがゆえに、闇の中に存在するものをハッキリと捉えることが出来たのだろう。

 反対に、ニノはそれ・・を上手く視認することができない。例えるなら、黒い画用紙に黒い筆で描かれた絵のようだった。

「……チ」

 あまりにも胸糞が悪かった。そして同時に困惑もあった。

 ニノたちの眼前に広がっていたのは――――餓鬼らしき異形と、動物の死骸らしきものだった。餓鬼に『らしき』と足してつけたのは、その姿形がニノの知っているそれとは違っていたから。動物の死骸に『らしき』と足してつけたのは、その姿形が原型を留めないほどに食い散らかされていたから。


 つまり。

 ――たくさん、食っていた。

 つまり。

 ――餓鬼が、一匹や二匹では足りない量の犬や猫を、まるで菓子のように、食っていた。

 

 咄嗟に言葉を紡ぐことも、何かしらの行動を起こすことも出来ない。

 ただ呆然と、その見たくもない光景を見せられるだけ。永遠と、延々と――ずっとソイツの食事を見せつけられるだけだった。

「……こいつ」

 ニノの獣耳がピンと尖る。

 自然公園の広場で襲ってきた餓鬼と、眼前で食事をしている餓鬼は、細部がことごとく違っていた。前者は、赤黒い体躯、肥大化した筋肉、二本の角、といった伝承の”鬼”を思わせる姿だった。それは現実離れはしていても、あくまで人形ひとがたの延長線上だったのに。

 しかし後者の餓鬼――つまりニノの目の前にいる餓鬼は違う。全身が赤黒いのは共通しているが、体躯は細長く、四肢は常に地面についており、瞳は闇のなかであっても爛々と輝いている。それはどこからどう見ても、二足歩行をするようなフォルムではなかった。

 要するに――肉食獣を思わせるような獣のカタチをしていた。

 餓鬼は殺した人間の魂を食らう、と忌野が言っていたのを思い出す。……すると、この餓鬼は犬や猫といった手頃な動物(行方が消えても騒ぎにならないような)を殺して食らったために、このように獣のような姿になったのだろうか。

 どちらにしろ、退魔の道に関しては素人なニノには分からない。

 ただ一つだけ言えることは、これで探す手間が省けたということ。

「……優しく還してあげようと思っていたけど、それは止めたわ」

 拳を握り締めて、小さな声で宣言する。

 すると、ようやく向こうもニノたちに気付いたらしかった。動物の死骸から顔を離して、べっとりと血液の付着した口元を歪ませる。まるで、次の獲物を見つけたと言わんばかりに。

 餓鬼は薄汚れた地面に四肢をつきながら、冷たい形相を浮かべるニノと対峙した。

 人間とは思えない唸り声。獣が敵を威嚇するさいに放つような剣呑とした発声。

 どうやら餓鬼は、小動物とは比べ物にならない栄養価を持つ獲物――つまり人間を見つけて喜んでいるらしい。ここ最近は深夜に出歩く人間がいなかったものだから、ようやく発見した巨大な肉に興奮しているのだろう。

 ニタリと醜悪に歪む口元――尖った牙が見えた。

 そしてその姿が、ニノにはただ不愉快だった。


「――うざいわね、殺すわよ」


 腰に手を当て、深くため息をつき、獣耳を尖らせ――ほんの、一言。

 それだけのことで――今にも飛び掛ろうとしていた餓鬼は、まるで周辺の重力が強められたかのように身を竦ませた。獣のごとき体にかかる重圧の重さは、鉛など比ではない。

 ――それは勘違い。捕食者と獲物の立場を間違えてしまった――勘違い。

 つまりは簡単な話。

 餓鬼にとっての獲物はニノではなく。

 ニノにとっての獲物が餓鬼だっただけのこと。

 人間の能力を少しだけ上回った程度の低級な悪霊が、異端の最上位に位置する吸血鬼と人狼に勝てるわけがない。

「……そう、いい子ね。そのままじっとしててね。痛む間もなく祓ってあげるから」

 儚げな笑みを浮かべて、ニノが姿勢を低くする。

 ――と、同時。

 餓鬼が夜空に吼えたあと、目にも止まらぬ速度で跳躍した。そのまま壁を交互に蹴りつけ、この場からの離脱を図る。

「あっ、ニノ! 逃げたよ!」

 本当ならば逡巡する間もなく餓鬼を追えばよかった。いや、それが現状における賢い選択だろう。

 ……しかし、ニノには思うところがあったのだ。

「ねえシャルロット。確かアンタって炎を生み出せたわよね」

 食い散らかされた十にも届く数の死骸。元は愛らしい姿であっただろう犬や猫は、見るも無残な姿で――放置されていた。

「――? うん、まあ。あとで血が吸いたくなっちゃうけど。――あっ、もしかして」

「ええ、多分シャルロットが思いついたとおりよ。……この子たちを放ってはおけないでしょ?」

 獣耳をペタンと倒しながら、寂しそうに呟く。

 本当ならば、どこかに埋めて墓でも作ってやりたかった。しかし今は時間がない。あの餓鬼を放っておくと今度は人間の被害者が出るかもしれないのだ。

 だから――せめてもの弔いとして、炎の中に還してあげようと思った。

 死を象徴すると同時に、生をも司る――炎。急場な葬儀で申し訳ないが、自分たちにしてやれるのはこれぐらいしかないから。

「……うん。そうだね」

 シャルロットは服の袖で瞼を拭って、笑った。どうも微妙に泣いてしまったらしい。

 しかし――今このときばかりは、彼女を泣き虫だと罵る気はなかった。

 やがて、動物の残滓が灼熱の火炎に包まれていく。

 パチパチと音を立てて、少しずつ骨になっていく。

 ごうごうと燃え盛って、少しずつ灰になっていく。


「……じゃあね。

 来世に幸福があることを祈るわ」


 ニノが胸に手を当て、瞼を閉じて、そう祈った頃。

 ――薄暗い通路に残されたのは、燃え尽きた灰だけだった。




****




 今は泣いている場合じゃない。

 どんなに悲しくたって、悔しくたって、私たちに出来ることは多くないんだから。次の犠牲者を出さないようにと、いま自分たちに為しえる精一杯のことをするだけだ。

 私たちは短く黙祷を捧げたあと、夜の帳に飲み込まれた商店街の中を走っていた。

 あのヘンテコな機械に頼らずとも、感覚を研ぎ澄まして気配を探らずとも、餓鬼さん――いや、餓鬼の行く先は分かっていた。なぜなら、道路には点々と赤い雫が垂れ落ちて、道標となっていたからである。

 獣のごとき外見から察するに、保身を考えるだけの知能がないのかもしれない。自分が食い散らかした動物の血液が仇となるなど、想像もしていないのだろう。


 ――亡くなった猫や犬は、それはもう無念だったに違いない。

 でも、その死は決して無駄じゃない。無駄になんかしない。

 私が炎で包んであげた彼ら――その生前の体に流れていた命の証が、今こうして餓鬼の足取りを追う手がかりとなっている。


 人間では視認さえ難しいだろうスピードで駆けていく。

 銀色のシャッターが下ろされた店、大きな看板が取り付けられた店、やや廃れた老舗の雰囲気を醸し出す店――そんな風景が視界の隅を流れていく。

 それは追走というよりも疾走に近かったと思う。走っている、というよりは、跳んでいるような感覚。

 短い距離間の跳躍を繰り返す私とニノは、はたから見れば赤と金の風に見えただろう。事実、それに近い速度で餓鬼を追っていた。

 しかし動物の弔いに時間をかけたためか、眼の届く位置に敵の姿はない。それなりに遠くまで逃がしてしまったようだった。

 ――意外なこと、と言うと失礼かもしれないが、あれからニノは不思議なほど明るかった。

 私が落ち込んでいると「悲しむのはあとよ。今はアイツを何とかしましょ」と、獣耳をピコピコさせて笑ったのだ。初めは空元気なのかな、とも思ったが、ニノの心の化身とも言える獣耳さんが元気だったので、嘘ではないとの判断になった。

 やっぱり、ニノはとっても強くて頼りになる女の子だ。悲しい現実から眼を背けることなく、きちんと受け止めることによって、次へと進んだのだから。

 それに比べて――私はとても弱いと思う。

 さっきの残酷な光景を見て、ずっと昔に飼っていた一匹の子犬を思い出したから。初めてのお友達で、二番目の家族で、そして――今はもうこの世にいないあの子のことを。

「――っ」

 唇を強く噛む。

 ニノの背を追うようにして走り続けながら、右手で、胸元に踊る子犬のペンダントを握り締めた。

 私はこう見えても犬や猫といった動物が大好きなんだ。だから――意味もなく彼らを殺した餓鬼を放っておくことはできない。

 こころちゃんの件とは別に、私にも明確な戦う理由が出来てしまった。


「――面倒ね、これは」

「えっ? わわっ!?」


 思考をぐるぐると回していた私は、その他のことに注意が疎かになってしまい、突如立ち止まったニノの背中にぶつかりそうになった。

 ……というか、ぶつかっちゃったのだが。

「っ――いたた……」

 鼻を強打してしまったので、自然と涙が出てくる。

 背後から不意の衝撃を加えられたニノは、すこし前のめりにはなったが、すぐさま体勢を立て直し、ギロリと剣呑な目つきで睨んできた。

「……何してんのよ、このドジ」

「あぅ……すいません」

 体を小さくして謝罪する。

 さすがに今のは、ぼんやりとしていた私が悪いと理解していたからだ。

「それにしても――これは」

 ニノは腰に手を当てて、獣耳をピンと尖らせた。どうも考え込んでいるように見える。

「どうしたの? 一体なにが――あっ」

 鼻を擦りながら、ニノの背後からひょっこりと顔を覗かせてみる。この狼少女の背中が邪魔をして、目の前になにがあるのか見えていなかったのだ。

 果たして――そこには、わりと最近に開店した大型のスーパーマーケットがあった。

 店自体は二階建ての構成で、広大な駐車場も完備しているという大規模なものである。食料品や日用品といった消耗品はもちろんのこと、衣料品に医薬品、さらには家電すらも取り扱っていたりする。まさに主婦さんたちの聖地と言えよう。

 余談だが、スーパーマーケットとは、”市場”を意味するマーケットに、”越える”を意味するスーパーを付け足すことにより、”市場を越えるほどの商店”という意で作られた造語である。

 なぜ知っているかって? ……ふふん、聞いて驚くなかれ。一週間ぐらい前にテレビで見て聞いたのである。えっへん。

 私とニノは、スーパーマーケットに併設されている駐車場に佇んでいた。圧し掛かるような闇に飲み込まれたアスファルトの広場は、まったく車が駐車していないことも相まって、なんとも薄気味悪かった。

「シャルロット、あれを見てみなさい」

 同性の私から見ても羨んでしまうような細長い指で、ニノはすこし離れた地面を指した。

 そこには当然、綺麗に均されたアスファルトがある。しかしニノが真に気付いて欲しかったのは、その上に広がる血の痕だろう。商店街からここまで延々と続いていた血痕が途切れてしまっている。

「……もしかして、見失っちゃってこと?」

「違うわよ。――今度はアレを見て」

 形のいい顎をくいっと上げて、面倒臭そうに示した先――スーパーマーケットの二階の窓が、これでもかと破壊されていたのだった。

「うわぁ、修理代が高くつきそうだねー」

「……なにバカなこと言ってんのよ。それよりもっと違うことを心配しなさいな。あれだけ窓が破壊されているってことは、十中八九、あの餓鬼が店の中に侵入したってことなんだから」

「――? それなら好都合なんじゃないかな? だって追い詰めたってことなんじゃないの?」

「追い詰めた――いや、一概にはそうとも言い切れないわ。こういう系統の店内には、鬱陶しいぐらい雑多にモノが置いてある。それはつまり障害物のオンパレードってことよ。餓鬼がウチたちから姿を隠しながら闘うには最適でしょうね」

 ニノは瞳を細めて、聳え立つスーパーマーケットを見据えた。つられて私も視線をよこした。

 明るいうちは近所の方々で賑わうこの店も、今となってはとんでもない幽霊屋敷に見える。物音一つせず、人っ子一人見当たらないのだから。

「さて、と。行くわよシャルロット」

 流麗な動作で前髪をかきあげたあと、ニノが跳躍する。

 トランポリンを用いても到達できないであろう高度と俊敏さ――私が瞬きをした間に、二階にある破壊された窓のところにまでニノは到着していた。

「――ま、待ってったらー!」

 置いていかれる、イコール、独り――つまり泣く。

 その図式が即座に浮かんだ私は、慌てて脚に力を込める。最近は人並みの生活を送っていたせいで力加減が心配だったが、上手く跳ぶことが出来た。

 冷たい空気を切り裂く感覚。視界の隅には風に踊る金色の髪が見える。周囲に広がっていた駐車場は、今や手を伸ばしても届かない眼下に広がっていた。高さにして十メートルちょっとは跳躍しただろうか。

 そして格好よく、ニノのとなりに着地――


「――どいてどいてどいてー!」


 しようとは思ったのだが、どうも身のこなしが上手くなかったらしい。

 私の身体は失速することを知らず、呆れたようにかぶりを振るニノに激突しようとして――

「まったく――しっかりしなさいよ、へっぽこ吸血鬼」

 なんと、お姫様抱っこの要領で抱き留められたのだった。

 店内に届く青白い月光。散らばるガラスの破片と、歪んだ窓の格子。

 目の前には、鮮烈な赤い髪と、ふんわりとした動きをとる獣耳。そしてニノの優しげな笑みが見えた。

「……えと、ごめんね?」

 ゆっくりとリノリウムの床に下ろされた私は、自分の失態が恥ずかしくなったのと、ニノの手を煩わせてしまったことから、とりあえず謝っておくことにした。

「別にいいわよ。まあ、ちょうどいいハンデってところかな。この場にあとシャルロットが三人いても何とかして見せるわよ」

「……あのー、それって私が増えるたびに戦力増強じゃなくて、お荷物が増えてるっていう計算になると思うんだけど」

「珍しく察しがいいじゃない。成長したわね、シャルロット」

 よしよし、と。

 なぜか頭を撫でられてしまう私だった。

「――ちょっとちょっとー! 子供扱いしないでよー! 私は立派な大人のお姉さんだもんっ!」

「大人の女、ですって? ――はっ、胸を見て言いなさい。……ふう、相変わらずちっちゃいわね」

 私の胸元をチラリと一瞥して、大げさにため息をつく。

「ち、ちっちゃくはないと思うよ? だってアルファベッドで言ったら、上から三番目だもん」

「あっそう。ウチは六番目だけど」

「――に、ニノが私を苛めるー!」

 とりあえず夜空に向けて叫んだ。それは慟哭とか言い換えちゃっても間違いではない。

 ――まあでも、女の子の魅力は乳房だけじゃないから大丈夫である。それに私は、べつに男の人から好かれなくてもいいのだ。全然へっちゃらなのだ。あの髪が白くて口が悪い、そんな一人の男性からさえ愛されれば何でもいい……とか、言っちゃったりして。

「――黙りなさい」

「えっ? むぐ――!」

 背後から手が伸びて、私の口元を塞いできた。

 初めはストーカーかと思ったのだが、そういえばここは閉店したスーパーマーケットなのだから、犯人はニノしかいないなーとすぐに冷静になった。

「あまり大声を出さないで、餓鬼にバレるから。……まあウチたちがアイツの後を追って、店内に侵入したことは向こうも気付いているだろうけど、居場所が勘付かれるのはまずいわ。だからあまり大声を出さないで、いい?」

 口を塞がれた私は発声による応答ができなかったので、うんうんと首を上下に振ることによって了解を示した。

「オッケー。じゃあ行きましょか」

 私たちは今、破壊された窓付近にいる。この場所には月光が届くので明るいのだが、店の奥は本当に暗闇だ。夜目が利く私であっても油断はできない。

 ――しかし、ニノという少女からはこれっぽっちの躊躇いも感じない。これほど頼りになる女の子なんて、そうはいないだろう。

「……えへへ」

 なんとなく誇らしくなって笑みがこぼれた。

「なに笑ってるのよ、気持ち悪いわね。……ていうか距離が近い、もうちょっと離れなさい。じゃないと歩きにくいでしょうが」

 ……ぴったりと寄り添っていると怒られてしまった。

 やがて、暗闇に包まれた店内を闊歩する。どうやら二階には衣服や家電の類が置いてあるらしかった。


 ――こうして、深夜のスーパーマーケット内での悪霊退治が幕を開けた。




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