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けれど、狼と吸血鬼  作者: ハイたん
第二月 【星見の夜】
23/87

其の十一 『本心』


 本当に私は怒ってなんかいないのだ。

 神社の石段に腰掛けて、人の流れを見ながら食べるタコ焼きは何故か美味しく感じた。きっと外で食べているからだろう。

 美味しいものを食べると自然と顔が笑顔になって、イヤなことが全部消えていくような気がする。けれどそれは所詮、気がするだけであって、実際にイヤな思いが無くなるわけじゃない。

 さっきから士狼の視線を感じる。私はそれに気付いていないフリをしながら、黙々とタコ焼きを食べていた。

 彼が気にかける理由も分かる。

 私が突然、士狼にこんなに拗ねた態度を取り始めたものだから、彼本人としては気になって仕方ないのだろう。もちろん原因は士狼にはない。

 ――むしろ私が、私自身に失望していた。

 その理由は本当につまらなくて、多分誰が聞いてもそんなことかと苦笑してしまいそうな、ちっぽけなものだ。でも悩みというのはいつだってそういうもので、他人には小さく見えて本人には大きく見えるという、天邪鬼なやつだ。だから誰に笑われたとしても、私が笑えないんじゃそれは立派な悩みになると思う。

 今日の夜――いや、感覚的にはそうでも日付の上では昨日の夜。とにかく大晦日の夜に私たちは小さなパーティをした。みんないつもよりもハメを外して、お酒を飲んだりなんかして。もちろん私も例に漏れずその一人である。

 あのとき私は自分がとんでもない天才なんじゃないかと思っていたが、今考えるとただのとんでもないバカだった。酒を飲んで泣くわ人に絡むわと、やりたい放題だった。私はこう見えても一応女の子なのに、あんな醜態を晒してしまった。

 ……恥ずかしながら、理由はソレだった。

 私は士狼にあんな姿を見られたのが、イヤでイヤで仕方なかった。初めて出会ったときも似たような状態になってしまったが、あの時を最低とすると、最近は凄くイメージアップ――多分だけど――して、割と高評価だったはずなのに。

 暦荘を箒で掃除したりしていると、たまに士狼がぶっきらぼうにやってきて、ジュースをくれたりした。頭を撫でて「頑張ってるじゃねえか」と、口悪く褒めてくれるのが嬉しかった。

 私の頑張りは自己満足なんかじゃなくて、こうやって誰かに見られて、そして喜ばれている。お世辞にもスムーズに事が進んだことはなかったが、それでも丁寧に一生懸命やってきた。それだけは自信がある。

 ここ最近は士狼も私を見直してくれていたはずなのに。

 どうして私は必ずどこかで失敗してしまうんだろう。さらにそれが個人的には、女の子として一番見せたくなかった姿だった。

 さっきから士狼の態度が普通なのもイヤだった。せめていつもみたいに悪口を言ってくれたのなら良かった。何も言わずに気にかけてくれるだけでは、まるで私がいつもああだと言われているみたいで。言い知れぬ不安が募る。

 胸が痛い。こんな痛みなんて知らない。もし士狼に嫌われたりしたら――そう考えると、居ても立ってもいられなくなって、でもどうすることもできない自分に気付いてまた失望して。

 結局は相手を跳ね除けることによって、偽りのバリアを張って自分だけを護っている。それは現状を維持する代わりに、未来を台無しにする最低の行動だ。

 今の私をどう思っているのか聞いてみたい。きっと士狼なら私のことをいつもみたいに呼んでくれる。シャルロットって、自分の命の次に大事なこの名を、しっかりと呼んでくれる。

 けれど万が一、お前に失望したと言われたら私はどうなるだろう。そのときの私は笑っているだろうか、それとも泣いているだろうか。

 分かることは、士狼にはそんなことを言われたくないという一点だけだった。

 延々と終わらない思考の渦。やがてタコ焼きの最後の一つを食べ終えてしまい、手持ち無沙汰となった私は立ち上がった。

「……ごちそうさま、士狼」

 お尻の部分の汚れを払う。

「美味かっただろ。いやー手伝ってくれてありがとうな、シャルロット。おかげでちょうどいい分量だったわ」

「でしょ、仕方ないから食べてあげたんだから。私は別に食べたくなんてなかったんだから」

 一つウソをついた。本当は仕方なくなんかじゃない。きっと士狼は、私がこの神社に来るときに、色々な屋台を興味深そうに覗いてたことに気付いていた。そうして、きっかけを作ってくれていた。


 ――ねえ士狼、それは優しさ? それとも……哀れみなのかな。私には、分かんないよ。


 自分が本当にイヤになる。ここまで不器用だとは思わなかった。

 今までドラマや映画の中の鈍感な人間を見て、私ならああやるのにとか、もっと上手くできるでしょとか考えていたのに。

 もし今の自分をテレビで見たら、私はきっとチャンネルを変えてる。こんなの面白くもなんとも無くて、ただの道化みたいだ。

 なんとなく気まずくなって、私は歩き出した。別に怒ってはいないけれど、正直に言えば拗ねてる。本当、可愛くない女だ。

 こんな私なんて放っておいてくれたらいいのに、士狼は少し距離を離してついてきた。今度はあまり喋らず、ただ付いてくるのみである。その代わり、時々気遣うように出店を紹介してくれたり、大丈夫かと声をかけてくれたりした。

 それに失礼にならない程度に声を返し、歩き続ける。

 そして、それを見つけた。

「あ…………」

 思わず声を上げてしまう。

 神社の端の方、目立たないようで、それなりに存在感を醸し出すようなその位置。初老の優しそうなおじさんがいて、アクセサリーを沢山売っていた。

 私にモノの価値を見分けるような眼はないけど、これらは多分そんなに高価なものじゃない。けれどとても綺麗で、そして温かくて。もしモノに心が込められるというのなら、私の目の前の装飾品達には、その心が入っていたと思う。

 色とりどりに広がるアクセサリーは、まるで夜空に瞬く星をイメージさせた。何かの物理的な役に立つわけじゃないけど、そこにあるだけで意味を持つもの。一つの役割しか果たせない代わりに、その役目は他のどんなモノにだって任せることはできない。

 その中で、小さな犬を形取ったネックレスがあった。値段は中でも安いほうだったが、その可愛らしさに眼を惹かれた。

 ……昔飼っていた小さな犬を思い出す。私によく懐いてくれて、同時に初めての友達であり、もう一人の家族だった。あの子はもう私の元にはいなくて、それ以来生き物と触れ合うのが怖くなってしまったけど――だけど、このネックレスは素直に欲しいと思った。

「どうしたんだよ。……へえ、露天商か。綺麗じゃねえか、なんか欲しいもんでもあったのか?」

 士狼が追いついて、私のとなりに並ぶ。彼に言葉を返すのを忘れてしまうぐらいに、私はその子犬のネックレスに目を奪われていた。

「おい、聞いてんのか?」

「――あ。う、うん。聞いてるよ。別になんでもない、行こう」

 なんとなく照れくさくなって足早に歩く。あのネックレスが欲しいだなんて大それたことを言うつもりはなかったけど、ただもう少しだけ見ていたかった。でもさっきまであんなに捻くれた態度を取っていたのに、急にアクセサリにうつつを抜かすだなんて現金過ぎて恥ずかしかった。

 やがてしばらく歩いても、士狼が追いついてこないことに気付く。

 私は歩くスピードを落としたが、それでもついてこない。

 今度は時折出店を覗くふりをしながら立ち止まってみたが、やはり追いついてこない。

 やがて時々チラチラと後ろを振り返ってみたが、士狼は私を追いかけてくることはなかった。

 今度は失望じゃなくて、絶望した。世界に取り残されたような感覚。もうひとりぼっちじゃなくなったのに、周りには大勢の人がいるのに。

 けれどどこまでも、私はひとりぼっちのようだった。

「こんなところにいたのか、悪い悪い。ちょっと人ごみでお前を見失ってたわ」

 やがて白い髪の男性――士狼が笑顔を浮かべながら近づいてきた。それに激しい安堵を感じるとともに、姿を見るとまた機嫌が悪くなってしまって、踵を返した。

 そんなことを繰り返して、どれほど時間が経ったのか。

 約束していた集合時間となって、私たちは暦荘のみんなと合流した。

 温かい飲み物や、焚き火の用意をして河川敷に向かう。今から夜明けまで、みんなで夜空に瞬く星を見に行く。

 私は今までの人生で、流れ星なんて見つけても何とも思わなかったけれど。けれど今日それを見つけることができたのなら、一つの願いを托そう。

 

 ――そうして星見の夜は始まった。




****




 河川敷についたのは午前二時半を回ったところだった。

 俺たちは温かい飲み物やカイロなどを持って、各々寒さ対策は万全だった。他に大きな荷物として寝転んでもいいようなシート、そして焚き火の用意なんかもあった。

 基本的に河川敷では焚き火を禁止するというのが多い。けれどここの河川敷では消火の準備さえきちんとしていれば大丈夫なので、俺たちは遠慮なく火を囲むことにした。

 周防の野郎が予め見つけておいたという、彼曰くベストポジションに陣取った。確かにそこは夜空がよく見える割には、風があまり来なくてそれほど寒くなかった。

 やがて経験のあった俺が適当に火をつけると、途端に明るくなると共に温かくなって、居心地がよくなった。

 案外こういうのも悪くないかもしれないと思ったのは、少し周防に負けた気がした。

 そんな当の本人は、これ幸いと女性陣に必死に星を解説していた。この日のためだけに覚えてきたと言わんばかりの、本にそのまま書いてありそうな台詞だったが、天然の大家さんと一本気な姫神は素直に感心していた。ちなみに捻くれた雪菜は、寒いですとか言って焚き火の側を離れることはなかった。

 やがて必要な準備が終わって、することの無くなった俺はシャルロットがいないことに気がついた。

 周囲を見渡して、少し離れたところにその金色の姿を見かける。

 俺はやや膨らんだポケットに手を突っ込みながら、なんでもないような態度を装って、シャルロットに近づく。

 

 ――そうして星見の夜は始まった。


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