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けれど、狼と吸血鬼  作者: ハイたん
第一月 【ただいま】
12/87

其の十二 『唯今』


 最後に一つだけ断らせていただくと、私は吸血鬼だ。

 帰るべき家を見つけ、もう多分あまり夜を徘徊することもなく、のほほんと笑って家事とかアルバイトに精を出すけれど、私は吸血鬼だ。

 ちょっと寒いからと日向で日光浴をして、

 ニンニク入りのラーメンを食べて、

 先行き不安な未来を教会の十字架に祈って、

 人気のない綺麗な小川で水浴びをして、

 鏡を見て髪の毛を結ったりもする。

 だけど私は、れっきとした吸血鬼なのだ。

 え、なに、吸血鬼らしくない? いや、大丈夫である。吸血鬼はきっと血を吸うから吸血鬼なのであって、太陽その他諸々が弱点だから吸血鬼なのではない。その点は間違えないでもらいたい。

 証拠に私はいつかの夜と同じように、月を見ながら今もほんのちょっとだけ思っている。

 ――血、飲みたいなぁと。

 そんな吸血鬼の私にも、恥ずかしながら帰る家が出来たらしい。まだ馴染みも思い出もない小さな家だが、それでもとうとう例の言葉を言う機会が来てしまったようだ。

 私は私の家となる暦荘という場所と、そこに集う住人たちに向け、言う。


 ――ただいま。


 言葉にしてから思った。今どこかから帰ってきたわけでもない私が、いきなりこんなことを言い出したらおかしいんじゃないかと。

 少し恥ずかしくなってきてしまって、思わず頭を下げる。それは人によっては礼儀正しいお辞儀に見えるだろうけど、私にとっては単なる照れ隠しだった。

 でも仕方ないじゃないか。だって本当に、ずっと言ってみたいのをガマンしていた言葉だったんだから。

 自分の家というやつを、もしもいつか私が持つことになるのなら。

 その"家”と"住む人”に対して、初めに言う言葉はずっとそれだって決めていたんだ。

 ……やがて、頭を深く下げた私に帰ってくる声があった。それは一つではなく、何人もの人たちの声だ。

 突然『ただいま』なんて、おかしなことを言い出した私を笑う声色じゃない。むしろ当たり前だといわんばかりの優しい声だ。同時に今の私がもっとも言いたかった『ただいま』という言葉とは逆に、もっとも聞きたかったその言葉。

 恐る恐る、チラリと顔を上げた。みんな私を見ている。穴があったら、迷わず入ってしまいたいような気持ちだ。

 全員と眼が合う。

 すると彼らは再び、その言葉を口にした。


 ――おかえり。


 月に照らされる暦荘に、その光に負けないぐらいの、沢山の笑顔が咲いた。



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