食欲
大統領は、
人格、責任感、統率力、未来への明確なビジョン
全てにおいて完璧だった。
国民に隠している悪癖、
『食欲』を除けば。
彼の食欲は、
美味いものを食べたいとか、
多くのものを食べたいとか、
グロテスクなものを食べたいとかではなく、
『食べたことがないものを食べてみたい』という
好奇心と深く結びついた食欲だった。
深海の誰も見たことがない魚、
奥地の誰も食べてことがない動物、
彼は、ありとあらゆる手段を使うと共に、
出来るだけ自分で現地へ行って、味わった。
彼はその探検の途中、昆虫、動物、植物、魚、
様々な新種を発見した。
しかし、世界に知られるのは、
その新種が2体以上の場合だけである。
1体だけの場合、
彼が直ぐに食べてしまうから。
彼の食欲は、毒があっても関係がなかった。
フグもベニテングダケもスイセンもトリカブトも、
もちろん少量だが、彼は味わった。
舌や手足がしびれ、全身が麻痺し、幻覚が現れ、
呼吸困難になっても、彼が懲りることはなかった。
世界中で合法的に食べられるものはもちろん、
違法なものも、様々な手を使って入手し、味わった。
一度食べると好奇心と共に食欲は去った。
そして、別の新しいものへと食欲は向かった。
彼の異常な食欲の、最初のきっかけは何だったのか。
彼の実家は葬儀屋だった。
つまり、そういうことだ。
殺人は行っていない。
ただ、火葬の前の肉への好奇心を、
彼が抑えられる訳がなかった。
美味くはなく、一度で十分だったが、
好奇心が満たされたことに、彼は深い満足を覚えた。
夢中になり、中毒になった。
彼の食欲は世界のあらゆるものへと広がった。
天然記念物、絶滅危惧種、自然保護、
それらは、彼の食欲と相性が良かった。
彼は数を増やして自分が食べるという裏目的のために
世界中のあらゆる国へ行き、あらゆる手段を使った。
その数を増やすためならば、どんな努力も惜しまなかった。
世界中の人々は、その姿に感動した。
彼が大統領に推されたのは当然だった。
大統領になっても彼は変わらず、世界中を走り回った。
彼の悪癖、本性を知るのは、側近のほんの一部にすぎなかった。
妻にも隠していた。妻にとって彼は最高の夫だった。
ある日、彼は恐竜の映画を見て、よだれが出た。
食欲が止まらなくなった。
2ヶ月後、彼は恐竜を復活させる計画を世界に発表した。
元々、遺伝子操作技術には深く関わっていた。
人工異種交配により過去に作られたレオポンやライガーを、
密かに再度作らせ、食べた。
絶滅しかけている種はもちろん、
絶滅した種も、欠けた遺伝子をAIで再現して、
復活させていた。
計画発表後、彼は
世界中の化石・遺物からなる資料を集め、
世界中の天才的頭脳を集め、
AIと共に、古代までの生物の遺伝情報の
精緻な再現をするよう、指示した。
初年、予算50億ドルから始まった計画は、
数年後、300億ドルへ達した。
しかし、結果、大成功を収めた。
地上に恐竜が復活した。
民間も含め、恐竜ビジネス市場の規模は
1兆ドルを超えた。
彼は当然、歴史上初めて恐竜の味見をした人間になった。
そして、
彼の食欲は消滅した。
彼自身驚いたが、満足だった。
食べたいものは食べ尽くし、
もう彼には食べたいものがなかった。
国民も
彼が以前と変わったことに気付いた。
事実を知っている者以外は、
少し元気がなくなった大統領を見て、
様々な噂をした。
「激務のせいだ」「病気を抱えているんだ」
「世界の現状への悩みが絶えないからだ」
「年齢のせいだ」「もう情熱を失ったんだ」
妻も心配した。
だが、本当の原因には気付かなかった。
しかし、それも昨日までのこと。
今日、彼は今までにない程、元気になった。
妻も国民も、それを当然と感じたし、
彼ら自身、心が弾んでいた。
今日、突然、
地球に宇宙船がやって来た。
地球の自然保護活動を評価し、
宇宙の仲間として迎え入れるために、
友好的な宇宙人が、代表として訪れたのだ。
彼は、宇宙人を歓迎するために、
大統領専用機で現地へ向かっている。
機内で側近は、
青ざめ、恐怖し、心配していた。
宇宙人の映像を見てから、
大統領の、よだれが止まらない。
その後、
大統領が
宇宙人を頭から丸齧りしている姿は、
宇宙中に拡散された。




