第8話 ふたつの私
放課後。
河川敷の風は、いつもと同じだった。
さとるがカメラを構える。
「いくよ」
マリンは深呼吸をする。
笑う。
手を振る。
少し回る。
光が髪を抜ける。
画面の中の自分は、
ちゃんと“マリン”だ。
明るくて、
軽くて、
少しだけきらきらしている。
「いい」
さとるが短く言う。
「そのまま」
もう一度、笑う。
今度は少しだけ大きく。
動画はうまく撮れた。
きっと伸びる。
そんな予感がする。
撮影が終わると、
風はただの風になる。
笑顔を解いた瞬間、
頬が少しだけ重い。
「疲れた?」
さとるが聞く。
「ううん」
首を振る。
でも、
ほんの少しだけ、足がだるい。
帰り道、
夕焼けが川面に映る。
マリンは自分の影を見る。
長く伸びている。
さっきまで笑っていた自分とは、
少し違う気がする。
教室。
机に突っ伏す。
静かな空間。
誰も見ていない。
スマホも開かない。
そのときの自分は、
ただの高校生。
少し疲れていて、
少し考えごとをしている。
「マリン?」
美月がのぞき込む。
「大丈夫?」
「うん」
自然に笑える。
でも、
さっきの笑顔とは、
少し違う。
夜。
部屋の鏡の前に立つ。
スマホを持っていない自分。
ただの顔。
光っていない。
でも、
消えてもいない。
「どっちが本当?」
つぶやく。
動画の中のわたし。
教室の中のわたし。
減ったときにざわつくわたし。
笑っているわたし。
全部、わたし。
でも、
同じじゃない。
ふたつに分かれたみたい。
ひとつは、
光の中。
ひとつは、
影の中。
鏡の中の自分が、
まっすぐ見返してくる。
「どっちも……わたし?」
問いは、
まだ答えにならない。
でも、
目を逸らさずにいられた。
風は止まっていない。
光も消えていない。
ただ、
わたしが、
ふたつになっただけだ。
――第一幕、終。
私は
ひとつで
ふたつ
光のほうを
向いている
顔と
影のほうを
向いている
心
どちらも
わたしの
かたち




