第4話 つばさという風
放課後の教室は、いつもより少しだけざわついていた。
マリンは机に肘をついて、スマホの通知を眺めていた。
「また増えてる」
うれしいはずなのに、
胸の奥が、落ち着かない。
そのとき。
DM通知がひとつ、光った。
相手の名前を見て、
一瞬、息が止まる。
──つばさ。
フォロワー数、桁が違う。
いま一番勢いのある男性ティックトッカー。
《動画、見ました。コラボしませんか?》
マリンは固まった。
「……さとる」
後ろの席にいる彼を振り返る。
さとるは、いつもの無表情で
「なに」と言った。
「これ……本物かな」
スマホを差し出す。
さとるは数秒見て、
「公式マークついてる。本人だろ」
と淡々と返す。
「どうするの」
その問いに、
マリンはすぐ答えられなかった。
怖い。
でも、うれしい。
自分が、ちゃんと見られている証みたいで。
「やってみたい」
小さく、でも確かに言った。
さとるは、少しだけ目を細めた。
「そ」
それ以上、何も言わない。
数日後。
待ち合わせ場所は、都心のスタジオ。
ガラス張りのビル。
自分とは少し違う空気。
マリンは深呼吸をして、扉を押した。
「お、マリン?」
軽い声。
振り向くと、
長身の男の子が手を振っていた。
明るい髪。
余裕のある笑い方。
「はじめまして。つばさ」
握手を求められる。
マリンは少し戸惑いながら手を出す。
「動画、いいよな」
いきなり核心。
「え?」
「間」
つばさは笑う。
「ちゃんと止まる。あれ、計算?」
マリンは首を振る。
「……ただ、ちょっと考えてるだけで」
「そこ」
つばさが指を鳴らす。
「そこが刺さってる」
数字の話じゃない。
フォロワー数でも、再生回数でもない。
雰囲気。
空気。
それを言葉にされたのは初めてだった。
マリンの胸が、少し熱くなる。
撮影が始まる。
つばさはテンポが速い。
カメラ前での動きも大胆。
距離も近い。
マリンは一瞬たじろぐ。
「もっと来ていいよ」
つばさが笑う。
「バズりたいなら、遠慮すんな」
その言葉に、
心臓がドクンと鳴った。
バズりたい。
それを、初めて他人に言われた。
そして、
否定できなかった。
撮影は成功した。
スタジオを出ると、
夜風が冷たい。
「楽しかった?」
つばさが隣を歩く。
「……はい」
「伸びるよ、これ」
軽い断言。
「お前、光持ってる」
その言葉は、
まっすぐだった。
マリンは、何も言えなかった。
嬉しい。
誇らしい。
でもどこかで、
自分が少し浮いている気もした。
帰り道。
さとるからメッセージが届く。
《どうだった》
短い。
マリンは少し考えてから、
《楽しかった》
と送った。
既読はすぐについた。
でも返信はない。
その夜。
動画は、投稿から一時間で急上昇に乗った。
通知が鳴り止まない。
つばさからもメッセージ。
《ほらな》
自信に満ちた3文字。
マリンは、
胸の鼓動を抑えられなかった。
風が吹いている。
自分を押し上げる風。
でも、
足元が、少し軽い。
立っているはずなのに、
浮いているみたいだった。
かぜは
やさしく
背中を
押す
まだ
歩けるのに
どうして
走りたく
なるの




