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第9話 お見舞い

手紙が来てから約二週間。腹の傷はもう完全に塞がり、俺は少しなら出歩けるほどまでに回復していた。


とは言っても、まだ部屋から出ることは禁じられている。そのため俺は、ベッドに横たわりながら流行りの冒険小説を嗜んでいた。


しかし……この男の登場で、その優雅なひと時は終わることとなった。


「バーンデッド!大丈夫か!?」

「……なんです、ダントス様」


バンッとドアが開き、狼狽える家の使用人の前に、1人の少年が立つ。

バァンとでも効果音がつきそうな登場に、俺は目を丸くしながらも、冷静に対応した。


ロイド・ダントス。攻略対象の一人であり、俺とは以前馬車に乗せてもらったことのある間柄だ。


ロイドは相変わらず、声を張り上げながら話していた。元気で活発な騎士という性格は、ゲーム通りなのだなと安心する。


「む、俺のことはロイドと呼べ。その代わり、君のこともエミリオと呼んでいいか?」


ロイドがにっと歯を見せて笑う。


負けた、前世も今世もヲタクな俺は、このThe陽オーラには敵わない。

俺は「もちろんさ」と返し、なるべく笑顔を張り付けながらお茶菓子を用意した。


「む、ありがとな!」


ロイドはバリバリとクッキーを平らげていく。ゲームでは礼儀正しいクールキャラだったはずなのに――なんだかロイドに対する印象が変わった気がした。



正直、ロイドルートは1回しか通っていない。


だからなぜこんなにも元気な彼が、あのようなクールキャラになるのか分からないのだ。

でももしかしたら……何か悲しい過去を持っているキャラなのかもしれない。


俺は、元気にクッキーを食べるロイドを眺めながら、そんなことを考えていた。


「そういえば!レオナルドと知り合いだったのだな」


ロイドが突然こちらを向く。おぉ、王太子を敬称を付けずに呼ぶなんて、さすが幼馴染だ。


「うん。少し共通の話題があってね」


当たり障りのない返事をすると、ロイドはそうか、とだけ言い、またクッキーを食べ進めていた。



ぼーっと外を眺める。こんなにずっと部屋に籠っていたら、折角鍛えた身体が鈍ってしまう。


「筋トレしたい……」


ぽそっとそう言ったあと、ハッと慌てて口を噤む。ロイドはクールな癖して筋肉バカという属性持ちだ。

こんな独り言を聞かれれば――……


「む、筋トレか!そうだ、その話をしに来たのだった」


ロイドは最後の一枚を口に頬張ると、目を輝かせてこちらを向いた。あぁ、やってしまった、額に冷や汗を浮かべる。


ロイドは何かペンチのような形をしたものを護衛に持ってこさせると、それをドスッと俺の胸の上に置いた。


「これ、異国の筋トレ道具らしい!やる!」

「そんなもの、病人の胸の上に置くなよ……」

「む、すまない!」


ロイドは、少し重みのあるそれを机の上に置き直すと、筋トレの素晴らしさについて語り出した。

長々と語られるそれに、筋トレなんて言う話題を出してしまった過去の自分を責める。


そういえば、こんなイベントもあったなと考える。


確かこのイベントは、主人公ヒロインが攻略対象達に、我が妹サラリスに倒されてしまった貧弱な身体を強くしたいと相談するところから始まる。


そこで、今まで主人公ヒロインに興味のなかったロイドが初めて協力をして仲を深める、という大切なイベントなのだ。


――もしかしたら、今回筋トレ道具を持ってきた理由にも、そんな彼なりの不器用な優しさがあったのかもしれない。


「やはり筋肉はスバラシイ!」

「あ、ロイド様!お止め下さい!」


ロイドはいつの間にか、ブンブンと木剣を振り回してアンに怒られていた。

その様子を見ながら、無意識に笑みが零れる。


「ふっ……ありがとな、ロイド。丁度身体が衰えていたんだ。大切に使うよ」


「……おう!」


ロイドはにっと歯を見せて笑うと、また木剣を振り回し始めた。

全く、とんだお転婆騎士だな、なんて考える。でも、どこかこの空気感は好きだ――――。



◇◇◇



しばらくすると、ロイドは護衛を引き連れ馬車で帰っていった。


アンにクッキーを下げさせ、冒険小説の続きを読み進める。妖精の国に魔王城――どの舞台もこの世界にある場所だから面白い。


今度父上に頼み、聖地巡礼もしてみたいなぁなんて考える。そしていつかこの作者に出会えたら……ふふ、この世界も案外悪くない。


そんなことを考えながら、次のページに手をかけた――その時だった。



――――「失礼する。……エミー!大丈夫かい?」


ばたんとドアが開き、甘い爽やかな声色が聞こえてくる。


俺は内心吐血しながら、首をゆっくりそちらに向けた。嫌すぎて、首がギギギと軋む音を立てているようにすら感じる。反対に、胃はきりきりと悲鳴をあげていた。


「……どうされました、殿下」


なぜ今日はこんなにも訪問者が多いのだ。

目の前には金髪碧眼の美しい少年がいた。紛れもない、レオナルド王太子殿下である。


殿下はさらっと前髪を靡かせると、ベッドの方へ向かってくる。そしてすっと俺の手を取り、甘い吐息を交えて話し始めた。


「あぁエミー、無事でよかったよ。どうやらその怪我は、少し僕のせいもあるようだからね」


はい。もちろん俺の自業自得ですが、9割方あなたのせいでございます。


「怪我でお茶会にも来れないと言うのだから、心配で様子を見に来てしまったよ」


来なくて結構です殿下。


「しかし驚いたことに、もう傷は治っているというじゃないか!それなのにお茶会に来れないなんて、何か深い理由があるのかい?」


治っているのは当たり前なのです殿下。なぜならそれは、お茶会に行きたくなさすぎてついた、しょうもない嘘なのですから。


殿下はきらきらとした瞳をこちらへ向け、俺の手を更に強く握りしめた。俺はこの時初めて、美しすぎる顔に見つめられると、こんなに怖いのかと思い知った。


そう、あのフランス人形に見られている感覚がするのと同じだ。握られる手は痛いし、怖い。


「何か失礼なことを考えているね。まぁいいや、その調子ならお茶会には来れるよね?」


そう言う殿下の声の背後には、大きな圧が籠っているように感じた。さすがネチネルド。俺の思ってることなどお見通しらしい。


ちらりと殿下の横で待機する侍女長マリサを見ると、凄い勢いで首を横に振っていた。

絶対に断るな、の合図である。


仕方ない……ここまで直々にアプローチされれば行かないなんていう選択肢は無かった。


「……えぇ。もちろん行かせていただきます。愛する妹も一緒に……ね」


俺は覚悟を決め、了承の返事をしたのだった。

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