第7話 随分面白い
早馬で飛ばす馬車の中、後ろを見るとバーンデッド公爵家の馬車が追いかけてきていた。
俺は内心焦りながらも、ロイドの相手をしながら考えていた。
――この件でわかったことは、おおまかに二つある。
まず一つは、ゲームの強制力だ。
あのイベント――主人公とロイドの出会いでは、魔獣は一体だったはず。つまり、ゲームに俺というイレギュラーな存在が加入したことで、展開が少し変わったのだ。
しかし魔獣は二体出た。これは、ゲームの強制力の恐ろしさを示している。
ゲームの展開を戻すには、天は世界に少し干渉することなど、造作もないことなのだ。
もう一つは、それでも展開を直し切ることはできない、ということだ。
俺、エミリオ・バーンデッドは、ゲーム内で一度もロイドと会ったことがない。騎士団長の息子と公爵家の嫡男なのだから、会えないのは当たり前だ。
しかしどうだろう。今、俺はそのロイドに出会い、しかも馬車にまで乗せてもらっている。
これは、天の力でも直せなかったほんの僅かな“歪み”だ。
つまり、この世界は完全にゲームという訳ではない。登場人物たちは皆、ちゃんと“生きている”のだ。
ゲームの強制力でも直せないことがある――それは即ち人間関係だ。
もしかしたら、この歪みを大きくしていけば、俺たちの破滅は免れるかもしれない。
しかしイベントに介入なんてすれば、ゲームの強制力でまた怪我なんかをしてしまうだろう。だから、ゲームに干渉するような無茶はだめだ。
目指すは、破滅を免れられるくらいの沢山の人脈、そして人望。公爵家にとって、コネを作るのは赤子の手をひねるくらい簡単だ。
そうとなれば、とことん人脈を広げていくぞ――――!
◇◇◇
「着いたぞ――」
「ありがとう!」
王立魔法図書館前に、ロイド家の馬車が着く。俺はお礼を言い、真っ先に馬車から飛び降りた。
体はまだ軋むが、一刻も早くレオの元へ行かなければ、何言われるか分かったもんじゃない。
道すがら、レオの幼馴染という設定があるロイドに、彼は今どうしているか聞いてみた。
すると、「レオナルドなら今日一日図書館に籠るってよ」と返ってきたのだ。
あくまで――百万分の1の確率だが、レオは図書館にいる可能性がある。
いや、“居る”だろう。今この瞬間も。
「失礼します!」
ピロンッと会員証をかざし、全速力でC地区まで行く。後ろからは職員の注意の声が飛んできた。
走って走って走る。そして、C地区304付近、約束の場所が見えてきた。
――――結論から言うと、レオは、“居た”。
にこりと爽やかな笑顔を張り付け、こちらを見ている。
背筋にぞくりと冷や汗が走る感覚がした。
やはり居た。居たのだ。そうだ、このお方はそういう人だった。
とにかく謝らなくては――仮にも“殿下”を何時間も待たせただなんて、俺の首が飛ぶ。
俺は前世で言う“土下座”の準備体制に入った。ザワザワと周りがこちらを見ている。
当たり前だ。寝巻きで、しかも腹に包帯を巻いている人間が、いきなり座り出したら何事かと思うだろう。しかし今、土下座以上にやることが見つからない。
俺は頭を床に貼り付け、声を張り上げて言った。
「約束破って、ごめんなさい!!」
しん、と図書館が静かになる。
「エミー……」
レオナルドは少し困惑しているような、でもどこか安堵しているような表情で、俺の方を見ていた。そして甘い声で言う。
「エミー、顔を上げて。君は悪くないよ。むしろ、怪我をしたと聞いたから、今来たことにびっくりだ」
……なぜ殿下が、俺が怪我をしたことを知っているのだろう。
――そこでハッと気付く。実はここ最近、不思議な感覚があったのだ。まるで、何者かに見られているような、そんな感覚だ。
あれは殿下の暗部だったのか……。俺に護衛をつけ、尾行させていたのだ。やはりこの人は侮れない。
ということはつまり、会った時から俺の身元はバレていたという訳だ。さすが攻略対象とでも言おうか。執心が凄い。
「……そうだったんですね。でも、貴方との約束を破れば、俺がどうなるか分かりませんから」
「……へぇ」
にこっとこちらも笑顔を貼り付ける。これは、「私も貴方の身分を知っていますよ」という合図だ。レオ――もといレオナルド殿下はそれに気づいたように、また唇に弧を描く。
その顔はどこか楽しんでいるような悪い顔で、また背筋がぴんと張るような思いをした。
――――「ぼっちゃま!!」
しばらくすると、我が家の使用人たちがバタバタと走ってきた。図書館の職員の、嘆きの声が聞こえてくる。
殿下はそれに気が付き、にこっと笑った。
「バレてしまったのなら仕方ないね」
殿下はそう言うと、似合わない帽子と眼鏡を外し始めた。そして完璧な、攻略対象・レオナルドの姿になり、図書館は騒然とすることとなった。
その後、追いついた侍女長が殿下の姿を見て、今までの話が全て繋がり、倒れたこと。そして傷が開いている俺の腹を見て、執事長が倒れたことが同時だったのは、言うまでもない――――。
◇◇◇
――――時は少し遡り、エミリオが馬車に乗り込んだ頃。
レオナルド殿下は魔獣図鑑を手に取り、優雅に図書館に居座っていた。エミリオの予想通り、レオナルドは図書館で、彼をずっと待っていたのだ。
しかも約束の時間の1時間前から居たので、実質6時間は待っていた。
もちろん、自身の護衛からエミリオが怪我したことは聞いていた。エミリオが“あの”サラリス公爵令嬢の兄だということも、出会った初日に護衛から聞かされていた。
だからこそ待っていたのだ。
あのわがままで、だらしのなかったエミリオが、今日の約束に対しどのような対応をするのか。
レオナルドは楽しみで楽しみで仕方なかった。
きっとあのわがまま嫡男ならば、今回の約束だって手紙一つ寄越さず簡単に反故にするだろう、と。そう考えていたのだ。
しかし結果は、まったく予想していなかったものだった。
まず、彼・エミリオは図書館へ来た。それも怪我が治っていない中、護衛もつけず一人で来たのだ。
これにはレオナルドも久しぶりに驚いていた。なんとか笑顔を取り繕っていたが、内心エミリオに引いていた。
こんな平民 ――という設定――の人間の約束を守るため、ここまでボロボロになってくるなんて。人を駒としか見ていないレオナルドにとっては、今生一驚きの事だった。
しかしその驚きは、やがて納得に変わった。
変なポーズで謝罪をするエミリオを起き上がらせ、いつもの優しい甘い声で落ち着かせる。こうすれば普通の人間なら、すぐに手中に入るのだ。
しかしエミリオは違った。
「……そうだったんですね。でも、貴方との約束を破れば、俺がどうなるか分かりませんから」
エミリオは気づいていたのだ。最初から、レオという少年があのレオナルド殿下なのだと。
「……へぇ」
レオナルドは内心ワクワクが止まらなかった。こんなの人生初めてだった。
このエミリオという男は、ただの駒ではない。それも、今まで周りにいなかったような人種だ。
レオが魔獣嫌いの殿下だと知って尚、あんなに楽しそうに魔獣について語ったのだから。
――――「随分面白いな……」
エミリオが使用人たちに連れ去られたあと、レオナルドはぼそっとそう言った。その顔は笑顔で取り繕われていない、面白い玩具を見つけた無邪気な子供のような笑顔だった。
「……決めた。来月、お茶会を開こう。そこにバーンデッド公爵家も呼ぶんだ」
「エミー……会うのが楽しみだ……」
護衛たちはぞくりと背筋を凍らせていた。こんなに悪い意味で、楽しそうな殿下を見たのは初めてだったからだ。
彼らは、目をつけられて可哀想に、とエミリオに同情していたのだった――――。
ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。
小説を7話付近まで、ここまで満足いく形で書けたのは初めてです。今後も楽しんでいただけたら嬉しいです。
もしポイント等を頂けたら泣いて喜びます。




