第6話 ドタキャン
「きゃぁぁぁ!誰かぁー!!」
魔獣に襲われそうになり、ルルは悲痛な叫び声をあげた――その時だった。
ザッ
「もう大丈夫だ。頑張ったな」
「だ……れ……?」
「俺か?俺は……ロイ。ただのロイさ」
ロイと名乗るその少年は、声を張り上げながら魔獣へと刃向かっていく。そして――――
ザシュッ
魔獣はモヤを吹き出しながら倒れていった。
ルルの目の前には、太陽に照らされる王立騎士団の制服をまとった少年が立っていた――――。
――――(そうか……これは、前世の記憶か)
俺は真っ暗闇の中、何かの映像を見ていた。
それは、前世の自分が乙女ゲーム・TRUELOVEをプレイしている姿だった。
これは、可愛らしい平民の主人公、ルル・ミラージュの、幼少期の思い出。
攻略対象の一人である騎士団長の息子、ロイド・ダントスのルートに入ると見れる、みんな大好き「昔実は会ってたんだよ」系シナリオである。
目の前に見えるこれは、そのスチルと大まかなシナリオだった。
そして俺は、この魔獣と彼女に見覚えがある。
そして、ロイドのボイスにも――聞き覚えがあった。
◇◇◇
「――〜で、――ですから」
何やら騒がしい声が聞こえる。侍女長だろうか……誰かに何かを説明し、止めようとしているようだった。
「うー……ん」
その騒々しさに目が覚める。ゆっくりと目を開けると、目の前には泣き腫らしたサリーの顔があった。
「サリー……?」
「お兄様!? アン!お兄様が目を覚ましたわ!」
サリーは顔をぱっと輝かせ、アンを呼ぶと、また涙をボロボロと流し始めた。
そのサリーの言葉に、アン以外にも沢山の使用人が集まってくる。
「坊っちゃんが目を覚まされたぞ!」
「医者を呼べ!奥方様も!」
静かなはずの寝室が、バタバタとまた騒がしくなる。父上達は数分もしないうちに駆けつけ、俺の周りはまた一層うるさくなっていた。
「あぁ愛しいエミリオ、おかしな所はない?」
涙をしとしとと流しながら俺の手を握る母様。父上は目が充血していて、遅くまで起きていたことが伺えた。
医者によると、どうやら俺は、普段慣れない瘴気に当たり、なかなか目を覚まさず眠り続けていたらしい。
最近図書館に籠るばかりで、鍛錬を怠っていたことが祟ったようだった。
そこでハッとする。俺は一体、どのくらい眠っていたのだろう。体感的にはそんなに経っていないが、万が一ということがあるかもしれない。
ばっとアンの方を向き、声を荒らげて聞く。
「アン!俺は何日眠っていた!?」
アンは少し驚いたような表情をしていたが、すぐに「6日間程ですかね」と辛そうな顔で答えた。
「6日間!?」
まずいまずいまずい。
ということは、今日がレオとの約束の日なのだ。
今は何時だろうかと時計を見る。鳩時計の短針は5、長針は6を指していた。
午後5時半。約束の時間はとっくに過ぎていた。
顔からサァッと血の気が引く。相手はあの殿下だ。人をネチネチ責めるのが大好きな、あのお方なのである。
それにあの人は、平気でこの時間まで待っているだろう。そういう人なのである。
前世、TRUE LOVEにはこんな話があった。
ある日、我が妹サリーによるイジメで、主人公が殿下の約束に遅れてしまう。約束は昼だったのに、もう夕方――殿下はいないだろうと思いながらも、急いで約束の場所まで行くのだ。
――そこに、殿下は“居た”。
しかもにこやかな笑顔で、主人公のルルを迎え入れたのだ。
ひとつ言おう。
怖い。とても怖いのである。
最早ストーカー――前世でなら訴えられてもおかしくない。レオナルドがネチネルドと言われるようになった、要因の一つである。
そう、あの方は重度の粘着気質なのだ。メンヘラと言ってもおかしくはない。一度手に入れたものは絶対に離さない。そういう人だ。
俺がその“一度手に入れたもの”に入っているかどうかは分からないが、万が一ということがある。
そう、あくまで万が一だ。百万分の1くらいの確率だ。
あの人は、待っている可能性がある。
今、この瞬間も。
「ヤバい……事情が事情でも、約束をドタキャンとか――やばい」
「どうされました?ぼっちゃま」
一人でぶつぶつ喋っていると、侍女長が不思議そうに見てくる。
俺はそんな侍女長を安心させるように、笑顔を張り付けながら言った。
「ありがとうマリサ。少し、湯浴みがしたいな。それに人が多くて、また疲れが溜まってきた。少し一人にしてくれないか?」
儚げボイスでそう言うと、侍女長はすぐに頷き、部屋にいる人々を外へと追いやってくれた。もちろん、サリーと両親と、俺付きの侍女のアンもだ。
ついでに湯浴みの準備もお願いしたから、侍女たちは当分この部屋へ来ないだろう。
「失礼します」、と侍女たちが部屋を出て、あんなに騒々しかった自室はすぐに静かになった。
ふと隣に目をやると、街で買ったクッキーが置いてる。クッキーは全て袋の中で綺麗に保管されていた。どれも傷一つない。アンに感謝だ。
俺はその袋を手に、ベッドからのそりと起き上がった。
「ぐっ……」
身体中が痛い……。バキバキと骨が鳴る感覚がする。しかし、こんなのより“あのお方”を怒らせる方が何倍も怖いのだ。
それは前世で何度も、彼のサリー含む悪役に対する報復を見ているから知っている。
彼の断罪方法はとにかく惨いのだ。
彼はここでも、最悪の粘着質を発揮する。首を切るだけでは飽き足らず――想像もしたくない嫌な方法で――とにかく、王太子らしからぬ方法で断罪をするのだ。
そんな殿下を怒らせたらどうなるか――想像にかたくない。
叫ぶ体を抑え、こっそりと廊下に出る。そして人がいないことを確認すると、一目散に玄関へ駆けていった。
「ぼ、ぼっちゃま!?」
ちっ……一人の侍女に見つかったか。さて、ここからどう図書館へ向かおう。
ばたんと重い扉を開け、外へ出る。外は夕焼けが辺りを赤く照らしていた。
「あ、お前!生きてたか!」
……?右側から大変元気そうな声が聞こえる。ふと横を見ると、そこには見覚えのある顔があった。
「ロ、ロイド!?」
思わず声を出す。彼はロイド・ダントス。攻略対象の一人であり、あのイベントをするはずだった少年である。声の大きさは相変わらずだ。
ロイドは、なぜ名前を?という顔をしながらも、俺の手を強く握る。
そしてブンブンと振り、イベントの際、どのくらい俺がかっこよかったかを語り始めた。
「君、強いんだなぁ!当たり前か、ナイトのバッジをつけていたもんな!それにしてもバーンデッド公爵家の嫡男だったなんて!見違えたぞ!」
とにかく大きな声で喋るロイドに、なんだなんだと使用人が集まってくる。
まずい、このままだと連れ戻されてしまう。
俺はロイドに軽く感謝を述べてから、馬車に乗せてくれと頼んだ。
ロイドは不思議そうにしていたが、何か事情があると知りすぐに了承する。
二人で馬車に乗り込むと、侍女長はもうすぐそこまで来ていた。
「どこまでだ?」
「王立魔法図書館まで!」
こうして、俺の短い逃避行が始まった――――。
マリサが止めていた人というのはロイドです。




