第5話 城下町での買い物
「アン!こっちこっち!」
「お待ちください、ぼっちゃ――エミー!」
心地よい風が、俺の首元を通り抜ける。俺とアンは、お忍びで城下町に来ていた。
子供たちの遊ぶ声が聞こえてくる。平和で、実にのどかな街並みだった。
「何にします?」
からんと音を立て、菓子を扱う小さな店に入る。アンは慣れているようで、様々なお菓子について詳しく説明してくれた。
なぜお菓子を買いに城下町へ来たのか、それには理由がある――――。
◇◇◇
「ぼっちゃま、また図書館に行っていたのですか」
昨日の夜。
図書館から帰ると、屋敷の前には怒り心頭の侍女長が待ち構えていた。
無断で図書館に行ったことに怒ったらしい。
俺は極々丁寧に謝罪をし、屋敷の中へ入れてもらった。その時、図書館で友達が出来た、ということを言ってしまったのだ。
「ぼぼぼ、ぼっちゃんにご友人が――!?」
「これは一大事ですわ!早く奥方様にお知らせしなければ!!」
案の定、屋敷は大パニックに陥った。
無理もない。なぜなら俺は、つい1年前までわがままでだらしない――まぁ最悪なお子様だった。
友達にしたくないランキング、なんてのがあったら、確実にナンバーワンを獲っていただろう。
しかし今は違う。俺は心を入れ替え――正確には前世を思い出し――全てが変わったのだ。それは屋敷の者も分かっている。
しかし、今までの愚行が祟り、友達は中々出来なかった。これに嘆いた母上が、何度もお茶会を企画したのだが――俺はその全てから逃げ出した。
そんなことをやるより、図書館で勉強した方がよっぽど役に立つからだ。
だからこそ、屋敷の者たちは俺に友達が出来たことに大層驚いた。それも、共通の趣味 (魔獣)があるだなんて、屋敷中が大震撼を起こしていた。
「ぼっちゃま!そのご友人はどのような方で?女性?男性?次会う日はいつなのですか?」
侍女長から質問攻めにあい、俺は正直に全てを話した。
レオという名前だということ、魔獣に興味があり話が合うこと、平民 (偽装だが)なこと。
自分も名を偽装し平民のふりをしたこと、来週また会おうと約束をしたこと――
――全てを話終えると、侍女長は顔を真っ青にして、アンを呼びつけた。
そして、「明日二人で城下町へ行き、いい感じのお菓子を買ってきなさい」と命じたのだ――――。
◇◇◇
そういう訳で、俺は絶賛、友達に対し平民のお菓子を選んでいた。
ネチネルドと言っても、人生で初めてできた友達。何か怪しい気もするが、蔑ろにはしたくない。
しかし毒味とか、平気なのだろうか?まぁそこは上手くやるのだろう。なんたって、あのネチネルドだからな。
「これなんてどうです?」
アンが窓際に置いてあるクッキーを指す。
真ん中にジャムが入った、美味しそうなクッキーだ。
「いいね。一つはこれにしよう」
俺はそう言って、クッキーを一つ袋に入れた。
その後もアンと試行錯誤しながら、なんとか美味しそうなクッキーたちを選び抜き、全部で15枚のクッキーを買い付けることができた。
アンが会計し、外に出る。
いつのまにかお昼の時間になっていて、町は人々で賑わっていた。
この時俺は、少し――いや、かなり浮かれていた。
友達のためにクッキーを買ったこと、そしてなによりも、普段なかなか来れない城下町へ来れたことが、嬉しかったのだ。
だから、俺は油断していた。
いつもなら気づける気配に、気づくことができなかったのだ。
――――「キャァァァー!」
「――!?」
突然、中心街の方から女性の叫び声が聞こえる。
狼狽えるアンを引っ張って見に行くと、そこには黒い影のような、何かが居た。
――目が赤く、鋭い牙が出ている。そして、魔獣の勉強をしている俺だからすぐに分かった。
これは魔獣だ。それも、瘴気に侵され凶暴化している魔獣だ。
辺りには黒いモヤが漂い、1人の少女が魔獣の目の前で座り込んでいた。
どうやら怖さで腰が抜けてしまったらしい。
なんてこった。魔獣はヨダレを垂らしながら、少女の元へじりじりと近づいている。
「きゃぁぁ!誰かぁ!」
少女の悲痛な叫び声が響き渡る。しかし誰も動こうとしなかった。いや、“動けなかった”。
あの魔獣に気圧され、動きたくても身体が動かなかったのだ。
もちろん俺も、体がビリビリと痺れる感覚がしていた。今にでも逃げ出したいほどに、その魔獣の威圧は凄まじかった。
しかしここはなりふり構っていられない。
このままでは、8歳にして目の前で人が死ぬというトラウマを背負うことになる――――
そんなの、許されるわけがない!!
「――っ!」
なんとか腕を動かし、腰から護身用の小型ナイフを取り出す。そして震える手を抑え、腕を思いっきり切りつけた。
「ぐっ……」
血がだらだらと垂れる。しかしこれで、魔獣に気圧されていた身体が動くようになった――!
相変わらずアンは顔を真っ青にしていたが、動きたくても動けないこの状態では、俺を止めることなどできない。
好都合だ。
俺は近くにあった武器屋の剣を手に取り、そのまま魔獣へと突進していった。ナイトの称号は伊達じゃないぞ。
そして――――
「うぉぉぉぉ!」
――ザシュッ
魔獣の“核”を見事に壊す。この魔獣は耳の後ろに丸い剥き出しの核があるのだと、魔獣図鑑で見たことがあったのだ。
魔獣は耳を劈くような呻き声と、シューシューという蒸発音を立てながら、小さくなっていった。
そして――、目の前には、小さな子豚型の魔獣が倒れていた。瘴気で苦しかったろうな、とその子を抱き上げる。
……息はある。公爵家で治療をしよう。
――アンの方を振り向く。しかしそこには、異様な光景が広がっていた。
「皆……なぜ動いていないんだ?」
もう魔獣の威圧は解けたはずなのに、誰一人として動いていない。それどころか、先程よりも顔を青くしているような気がした。
「ぼ、っ、ちゃま……!後ろ!」
振り絞られたアンの声に、すぐさま後ろを振り向く。
――――しかし後ろを見た瞬間、俺の胸に大きな衝撃が走った。
「ぐはっ……」
口から赤黒い血が出る。
痛い……何が起こったんだ――?胸が潰れたように痛い。てかこれ、肋骨何本か折れたな……。
一瞬思考が停止したが、すぐに前を向く。
――――そこには、先程の魔獣とは比べものにならない程の大きさの、瘴気魔獣が立ちはだかっていた。
「……綺麗」
そんなありえない独り言が口から飛び出る。
その魔獣は悠然と佇んでいて、恐ろしさよりも美しさが勝っていた。
しかしそんな悠長なことを考えている場合ではない。すぐに剣を持ち直し、勢いよく挑んでいく。
しかし胸がグッと痛み、少し力を抜いてしまった――その瞬間に、俺はまたもや吹き飛ばされ、起き上がれない状態にまでなってしまった。
しかし……なんだかこの光景、見たことがある。
――そうだ、TRUE LOVEの、スチルで見たんだ。
ということは、これはイベント――?なんてこった、もう首を突っ込んでしまったぞ。
そんなことを考えながら、段々と意識が朦朧としていく。
魔獣はなぜか、大きな音を立てて目の前に倒れこんでいた。騎士団が来てくれたのだろうか、これで安心、だ――…
「――――おい!大丈夫か!?お前、しっかりしろよ!かっこよかったんだぞ!」
前世で、どこか聞き覚えのある声を聞きながら、俺は瞼を閉じた――――……。




