第4話 ネチネルド
「……え?」
思わず耳を疑い、聞き返す。“あの”魔獣嫌いで有名な殿下が、魔獣について知りたいだと?
いやいや……そんな訳ないだろう。
「だから、僕に魔獣の素晴らしさを教えて欲しいんだ」
「……え?」
やはり耳を疑ったが、どうやら今、目の前で起きていることは現実らしい。
ネチ……レオナルド殿下は困惑している俺を不思議そうに見ていた。まるで、何故早く魔獣について教えてくれないんだ、と急かしているように。
しかし今、彼は“殿下”ではない。普通の平民だ。
だから俺が取るべき態度は――――
「いいよ。教えてあげる。君の名前は?」
殿下は目をぱちくりさせ、あぁそうだった、と瞬きした。
「僕はレオ。レオって呼んでよ」
甘い声でそう自己紹介するレオの周りには、花が飛んでいた。さすがは攻略対象。平民なら背負ってはいけないオーラを持っている。
この人には逆らわないようにしよう、そう決めた瞬間だった。
「……レオ、ね。俺のことはエミーって呼んで」
母様から呼ばれている愛称を教える。普通、平民の子供は相手をフルネームで呼び合ったりしない。
殿下も偽名を紹介したのだから、俺だって少し捻ってもいいだろう。
「エミーか。可愛い名前だな」
(ぐはぁっ……心臓に悪い)
思わず心の中で吐血する。こんな平凡な男相手でもそんなキザったらしいセリフが言えるなんて……攻略対象、怖い。
今から、こんないたいけな少年――しかも王太子殿下――のトラウマをほじくり返すなんて、どうなるか分かったものじゃない。
しかし、やるからには徹底的に。
殿下の魔獣嫌いが無くなるまで付き合おうではないか――――!
◇◇◇
「――これはレッドドラゴン。魔王の直属の配下なんだよ」
「へぇ。魔王か。ということは先程のセイレーンと同じ類なのだな」
「いや、セイレーンは魔王の配下だけど、個別で獲物を捕えているんだ。だから俺の見解は――」
意外なことに、レオは様々な魔獣に興味を示していた。特に、魔王関連の魔獣について知りたがり、このようによく俺に質問する。
説明と少しの論争を交え、俺たちは久しぶりの楽しいひと時を過ごしていた。
「そういえば、最近瘴気を纏った魔獣が居るそうだな」
ふとレオが言う。その言葉に、俺は即座に反応し、一息ついてから一斉に話し出した。
「そうなんだよ!俺が魔獣を知るようになったきっかけって、それなんだ。どうやら瘴気が魔獣の何らかの器官に作用して、凶暴化を起こしているらしい。街の人に聞いたら必ず赤い目をしていたとか、牙が無数に生えていたとか――――」
「……少し落ち着きなよ」
レオに若干引かれたので、喋るのを止める。
レオは、今度は朗らかな笑顔をしていた。
「エミー、君の話は大変興味深い。落ち着いて、ゆっくり君の見解を聞かせておくれよ」
その顔は貼り付けたような笑顔ではなく、心からの笑顔だった。その表情に、なんだか嬉しくなる。
そして同時に、レオに対する苦手意識が薄れていく感覚がした。レオも、ただ一人の少年なのだと、そう思ったのだ。
そうして俺たちは、日が沈むまで瘴気と魔獣について語り合った。
彼の護衛たちは、いつ出ようかとオロオロしていたが、楽しそうな俺たちを見て、待ってくれていたようだった。
「――――今日は楽しかった。また来週、ここで会おうじゃないか」
「あぁ。俺も楽しかったよ。また来週な」
こうして次会う約束も取り付け、俺は屋敷に帰ることにした。
俺自身もお忍びで来ていたため、帰りは徒歩だ。
ふぅ、と肩を鳴らし、借りた本を眺める。
魔獣、瘴気――まだこの世界について分からないことはたくさんある。
だが、今はそれでいい。
いつかは光の乙女が解決してくれる問題だから――俺たちバーンデッド公爵家さえ無事ならば、それでいいのだ。
そして何よりも、今は魔獣について調べるのが楽しい。将来的に、魔獣学者になるのもいいかもしれないな――なんてね。
◇◇◇
――――「殿下、あの者と何を話していたのですか?」
レオナルド直属の騎士が質問する。レオナルドはそれに対し、僅かに口角を上げていた。
「あぁ、魔獣について話していたんだよ。エミーの考えは大変面白い」
「魔獣……ですか」
レオナルドが魔獣嫌いなことを、騎士はもちろん知っている。だからこそ首を傾げ、あの子供を警戒していたのだ。
「そう。魔獣の凶暴化は、瘴気のせいだ、とかね。街中では“黒いモヤ”としか言われていないのに、少しカマをかけたらすぐに教えてくれたよ」
くくっと笑みをこぼす。騎士は神妙な面持ちで話を聞いていた。
「彼はこれからも使える。身元を調査しておいてくれ」
「はっ」
レオナルドはにやり、と悪い顔で笑い、エミリオの後ろ姿を眺めていた。そして、まとわりつくような艶やかな声色で言った。
「来週、会うのが楽しみだ」




