第3話 最悪の出会い
パタパタと、魔術師や騎士達が行き交う。
エミリオ・バーンデッド、8歳。俺は今、王立魔法図書館へと来ていた。ここは王都一の規模で、本が無数にあるため勉強には持ってこいの場所なのだ。
「えーと、“魔獣図鑑Part39”はっと……」
水晶に手を当てれば、お目当ての本がどこにあるかがすぐに分かる。
俺は水晶に表示された“C地区304”という棚の場所へと向かった――。
「いやぁ……いつ見てもすごいなぁ」
周りを見渡せば、当たり前のように本が飛んでいる。まるでハリーポッターの世界に入ったようだった。まぁ、俺は微弱な魔力しかないのだが。
それにしても、ここは確かレオナルド殿下と主人公が出会う場所だったはずだ。
「そうそう、あの棚から落ちそうになった主人公を、華麗に魔法で助けるんだよなぁ〜」
C地区にある棚を見ながら一人でにやける。
気分はまるで聖地巡礼だった。
「さて、C地区304は……ここか」
大きな魔導書の棚から、お目当ての魔獣図鑑を探す。幸い魔獣図鑑はシリーズで揃っていて、とても分かりやすいところにあった。
「……く…」
しかし、届かない。当たり前だった。俺はまだ8歳。大人用の棚は、背伸びしても届かないのだ。
なんとか指先で掴むが、抜き出すところまでは出来ない。仕方ない、職員さんを呼ぼう。そう思った時だった。
「――これ?」
「え」
掴もうとしていた本が突然ふわっと浮かび、俺の手元へ納まる。それはまさに、お目当ての魔獣図鑑Part39で、俺は無意識に顔を綻ばせた。
「あ、ありがとうございます!」
なんて優しい大人なのだろう、お礼をしなくては。そう思い、後ろを振り向く。
――――しかしそこに居たのは、予想外の人物だった。
「どういたしまして」
にこり、と爽やかスマイルを貼り付けるこの男の顔は、見覚えがあった。
金髪碧眼の美少年――――間違えるはずもない。前世で何度も見たのだから。
彼は俺と同い年で、TRUELOVEの攻略対象である――レオナルド殿下 、その幼少期の姿だった。
(ひぇっで、殿下!?)
という情けない声を必死に押し殺す。
見たところ今日はお忍びで来ているのだろう。似合わない帽子と眼鏡を身につけている。
だったらここは穏便に、波風立てず動くことが得策だ。
「あ、ありがとうございました!では、これで――」
「ちょっと待って」
「……はい?」
なぜだぁ……なぜ呼び止められた……?
「君……どこかで見たような……」
「い、いえ……人違いだと思います」
そう、俺はこの痩せた姿でレオナルド殿下に会ったことは無い。
太っていた以前の俺の姿でなら何度かお会いしているが、それも一言二言挨拶を交わす程度だ。
殿下がこの顔を見たことあるというのなら、それは――――
「あぁ、君。サラリス公爵令嬢に似てるんだ!僕の誘いを断った、面白い令嬢にね」
(ひ、ひえぇぇぇぇ……!)
またもや声を押し殺す。
にこっと笑うその顔は、目の奥が真っ黒だった。
本来の“ゲームの中のサラリス”は、レオナルド殿下の婚約者だ。そしてそれは、彼が7歳の時に決まるはずだった。
しかし、サリーがどうしてもお嫁に行きたくない、俺と結婚したいというので、仕方なくお茶会には行かないことになったのである。
つまり、殿下に現在婚約者はいないのだ。
「君、サラリス公爵令嬢の親戚か何かかな?兄……ではないだろうし……」
いえ、その兄なんです殿下。きっと今あなたは、あの太っちょな俺を思い浮かべたでしょうね。
「まぁいいや。それより君、魔獣好きなの?」
サラッと流されたことに驚きつつも、殿下が魔獣について聞いてくるということに更に驚く。
だって、ゲームの中のレオナルド殿下は、トラウマで魔獣が大の苦手だからだ。
ここは穏便に。そう、平和に済ますんだ。
「い、いえ?少し気になってると言うか……まぁ、はは……」
当たり障りのない返事をする。どうだ、これでいいだろう。もう解放してくれ――!
しかし期待とは裏腹に、殿下はまた怖い笑顔で詰め寄ってきた。
「君、嘘ついてるでしょ。その魔獣図鑑Part39って、かなり図鑑を読み進めてないと分からないはずだよ?そもそもさっき、必死になって取ろうとしてたし」
くくっと笑いをこぼす殿下にイラッとくる。
そうだ……この方はこういう人だった。
前世、レオナルド殿下は人気ナンバーワンのキャラだった。しかし同時に、こんなあだ名があった。
それは「ネチネチ大魔神」。少なくとも王太子につけるようなあだ名ではなかった。
このようなあだ名が付けられたのは、その性格にある。
殿下は、今のように人をネチネチ責めるのが大好きな人だ。論理と正論を持って、必ず相手を論破する。そのせいで一部の貴族には逆恨みされているのだとか……。
まぁそんなこんなで、俺はこいつが大っ嫌いだった。その人を責め立てるような言動が、いちいち癪に触っていたのだ。
「で、好きなの?魔獣」
……正直、早くここから逃げ出したい。
仕方ない。正直に言って場を逃れるか。魔獣について語れば、殿下も気分を悪くするだろうし。
「……はい。好きです。大好きですよ。あれ以上に面白い生物は、この世に存在しない」
これは本音である。
8歳になり、度々この図書館へ入り浸るようになったが、未だ魔獣以上に面白いものには出会えていない。
なんたって、前世で夢にまで見た“ドラゴン”や“ハーピィ”が存在するのだから――――。
殿下は少し俯き、俺の持つ魔獣図鑑を眺めていた。そしてふと口を開けば、とんでもないことを言い出した。
「……そうなんだ。ねぇ、君さ。僕に魔獣の面白さを教えてよ」
「え」
な、なぜこうなったんだ――――?




