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第24話 謎の演奏者

パタパタと足音が行き交う図書室。

俺は隅の席に座り、山のように重なった書類と睨み合いをしていた。


思えば、学園に入学してから早一ヶ月が経とうとしていた。生徒会では新たなノルマが課され、俺は日々奔走しながら何とか学園生活を送っている。


今日は生徒会が臨時会議で使えないために、こうして図書室でノルマを片付けているのだ。


黄昏時、日差しが窓から差し込み、辺りが橙に染まる。そんな柔らかな光に心地良さを感じながら、俺は一枚の紙にサラサラと筆跡を加えていった――――。




「バーンデッドさん、鍵、ここに置いておきますね」


名を呼ばれ、顔を上げる。時計を見ると、いつの間にか午後5時を過ぎていた。本を抱えた図書室司書が、真鍮の鍵を俺の目の前に置く。

お礼を言い、大きく伸びをする。


「半分は終わったか」


ふぅと一つ息を吐く。

あんなにあった書類の山は、半分に減っていた。殿下には程遠いが、俺もそこそこ仕事が出来る、なんて自画自賛をする。


さて、そろそろ帰ろうと立ち上がり、荷物をまとめる。


しかし聞こえてきた音に、俺はその手を止めた。


『――♪――♫.•♬』


ピアノ、の音だろうか。

そういえば、隣は音楽室だったと思い出す。


優しく美しい音色が耳をくすぐる。なんとも心地の良いその演奏に、俺は自然と席に座り直していた。



『――•*¨*•.¸¸♬•*¨*•.¸¸♪』


曲はサビに入り、音は段々加速し大きくなっていく。気がつけば俺は身を音色に委ね、すっかり帰る準備をやめていた。


――なんて心地良い響きなのだろう――


心が休まり、段々視界が狭まっていく。

あぁ……ずっとこのままがいいな。


疲れていた俺は、その心地良さに対抗するすべを持ち合わせていなかった。そうして、俺の意識は途切れていった――……。



◇◇◇



――――「エミリオ、大丈夫か」


目が覚めると、目の前には寝癖を付けたエドの顔があった。見覚えのあるオリエンタルな天井。どうやら、ここは寮の部屋らしい。


「あ、あぁ。大丈夫。それより昨日、俺はどうやってここまで来た?」


まるで酒に酔ったかのように、昨日あの後の事を全く覚えていない。

そう聞けば、エドは不思議そうな顔で「普通に帰ってきたぞ」と言った。


「そう……」


となると、昨日の出来事は夢現に見たものだったのだろうか。

いやしかし、鞄の中の書類は半分がしっかりと片付け終わっている。


あれは幻聴なんかじゃないだろう。


「……またあの時間まで図書室にいたら聴けるかな」


ボソリとそう呟く。


「?どうした」

「なんでもないよ。それより朝食食べに行こうか」


またあの曲を聴くことが出来るのなら、是非とも拝聴したい。

制服に着替え終わり、エドと食堂へ向かいながら、俺は今日も図書室に行くことを決意した。




◇◇◇



「――〜.•♬」


(今日は流行りの音楽か)


放課後、図書室で書類を整理しながら、聞こえてくる音色に耳を傾ける。ダンスパーティーで流れているような音楽は、俺の心をいとも容易く鷲掴んでいった。


おかげさまで書類はどんどん減っていく。心地良い作業用BGMを独り占めしているようで、どこか背徳感があった。



時刻は現在午後5時半。30分だけの甘やかな時間はそろそろ終わりに近づく。鞄に書類を詰め、扉の鍵を閉めた。


(明日も来よう)


俺はそう決意し、寮へと踵を向けた――――。




「――♪――♪」


その後も俺は図書室に行き、このピアノの音を聞き続けた。時にはメタルチックな音楽、そして時には川のせせらぎのような静かな音楽を――。


しかし、俺はある異変に気づいてしまった。


「――♪――……」


(今日もか)


段々と、曲が暗くなっている。

その事に気づいたのは、割と早い段階だった。


聴き始めて3日が経った頃、跳ねるように弾かれていた音が急に静かになったと思いきや、ダンッと叩きつけるような音がした。


その後も4日目、5日目と、曲は暗くなっていく。



――そして今日、遂に隣の音楽室から、何かを嘆く声が聞こえた。


「……♪――ぅ……ぅぅ……」


その悲痛な呻き声は、まるで泣いているように感じ取れる。その言葉の中には低い声で、「これじゃダメだ」、「もっと綺麗な音楽を――」などなど、自分のピアノの曲を卑下するものまであった。


(俺はこのピアノの音、好きなのになぁ)


一体何が、どうして彼を追い詰めているのだろうか。あんなに素敵な音色を奏でられるのは、彼しかいないだろうに。


「…♪――……」

(っ……)


俺はいてもたってもいられなくなり、がたりと椅子から立ち上がった。

鞄から青薔薇が描かれたメモ帳を取り出し、スラスラと文字を紡いでいく。


鞄に荷物を押し込み、図書室の外に出る。重厚な扉に、図書室司書から預かった鍵をかけた。


そして帰る間際、俺は初めて隣の音楽室の前に立った。


「……うぅ…ダメだ、こんなんじゃ――……」


扉の奥から、微かに低い声が聞こえる。

まだ彼は自分を責めているようで、その声は苦痛に満ちていた。絞り出されたそれを聞くだけで、こちらも胸が苦しくなる。


(俺は貴方の音楽、好きですよ)


俺はそう思いを込めて、日頃の感謝と感想を述べた賛辞の言付けを、扉に貼り付けた。


(気づいてくれればいいのだけれど)


少しでも、彼の心が軽くなるように、と――。


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