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第23話 生徒会のお仕事

「よ、よろしく」


困惑を取り繕いながら返事をする。アーベントはふいとルイン先輩の方に向けば、一礼して席へと戻ってしまった。



――何故、彼がここにいる?

俺の頭の中を、そんな疑問が掠めた。


ゲーム内で彼、アーベント・ヴァイゼは生徒会メンバーではない。

更には孤独を生きる者として、倶楽部や同好会にも入っていない、唯一無二の一匹狼だ。


何故彼が生徒会メンバーにいるのか、原因は何となく分かっている。


ちらり、と殿下の方に視線を送る。殿下は満足げな眼差しでアーベントの事を見ていた。


(やっぱりか)

その眼差しに、俺はそう落胆した。



恐らく、アーベントの生徒会入りは、俺と殿下の関係の影響を受けている。


ゲーム上、俺と殿下は何の接点もない他人だった。当たり前だ、公爵家の嫡男と、国を担う王太子なのだから。その間にある溝は、中々埋められるものでは無い。


しかし、だ。俺は何故か今、殿下と友達になっている。更には生徒会副会長という重役まで背負ってしまっている。


これはほぼ、殿下の影響だと言っていいだろう。

殿下が俺に執着(なのかは未だ疑問だが)しなければ、友になることだって生徒会に入ることだって無かった。


やはり、ゲームの理を壊せるのは、今ここで“生きている”登場人物だけらしい。


つまりは、アーベントも殿下の影響でここに居るのだろう、という訳だ。




……――「エミー?大丈夫?」


殿下が心配そうに俺の顔を覗き込む。そこでやっと、俺は数分ぼーっとしていたことに気がついた。


「あ、す、すみません。昨日夜遅くまで起きていたもので」

「流石エミー!夜遅くまで勉強なんて感心だ」


多少違うところがあるが、まぁそういうことにしておこう。俺はふぅと息を一つ吐き、ルイン先輩の方に向き直った。


「御紹介ありがとうございました。それで俺は、今回どのような件で呼ばれたのでしょうか」


そう聞くと、ルイン先輩は首を横にふるふると振った。夕焼けの赤に照らされた薄墨色の眼が、俺の顔を見据える。


「今日は顔合わせの為に呼んだの。あとは仕事内容の確認ね。一学年と言っても、やることは多いから」


そう言って、頬に手を当てる。その憂うような表情に何となく見蕩れていると、横から殿下がずいと何かを差し出した。

ずしりと重いものが腕に乗る。


「はいエミー。これ、今月中のノルマだよ」


サァッと顔から血の気が引く感覚がした。

手の上にあるのは、山のように積み重なった書類のオンパレード。

これが今月中の分?今月はあと数日で終わりますが?


ぎりっと歯を食いしばり、殿下の方を見る。殿下は何食わぬ顔で執務机へと戻って行った。その白い机を見て、ギョッとする。


(俺よりも書類多いじゃないか!)


殿下の机の上もまた、書類のパーティーだった。書類の山が計4つ。書類に囲まれて座る殿下に、心の底から同情が湧き上がる。


しかし腐っても王太子。柔らかく息を吐くと、ものすごい速さで書類を片付けていった。

その気迫に圧倒されながら、俺はルイン先輩に案内された机に書類を置く。


隣の席は幸か不幸か、アーベントだった。

軽く会釈し、本日二度目の挨拶をする。


「よ、よろしく」

「……」


(無視かぁ……)

早々に軋轢を感じながら、柔らかい椅子へと腰をかける。書類に手を出せば、難しい言葉がずらずらと並んでいた。


“生徒会議の進行及び調整について”

“お悩み相談室に寄せられたご意見”

“魔法トラブルの調査、解決の依頼”


いかにもな仕事に小さなため息が出る。

魔法学園の生徒会だからか、内容はかなり特殊なものまであり、俺は密かにカルチャーショックを受けていた。


その中に、目を引くタイトルが一つあった。


“セレスティア王立魔法学園の第160回 魔法大祭レルネンについて”


「レルネン……?魔法…大祭……?」


上質な紙に青く刻印された文字を読み上げる。

いかにも面白そうなそれに、心が踊る。


魔法の祭りなんて、そうそうお目にかかれない。一体何をするんだろう、そんなことを考えながら、その書類に手を伸ばした。


しかし、ぺらりと1枚めくると、そこにあるのはただの白紙。何も書いていない、真っさらな紙だった。


はて、と首を傾げる。

重要そうな書類なのに、何故何も書いていないのだろう?

不思議に思い、思わず隣のアーベントを見る。


「……」


アーベントは俺の一挙手一投足を見ていたのか、はぁと一つため息を吐くと俺の手から書類を奪取した。遅れて反応し、思わず手が前に出る。


「なっ――」

「……レルネンは、生徒皆で決めるもの。白紙なのは……当たり前です」


凛とした声が静かな生徒会室に響く。その言葉に、俺は行き場を失った手を静かに膝に戻した。


成程、魔法大祭、通称“レルネン”は生徒主催のものなのか。見れば、これが始まるまであと半年もある。まだ計画が練られていないのだろう。


「そうなんだ、教えてくれてありがとう」


無知な俺に教えてくれたアーベントに、精一杯の笑顔で感謝を述べる。

アーベントはすぐに顔を背けてしまったが、ほんのりと耳が赤くなっていることに気がついた。


褒められ慣れていないのだろうか?

しかし彼は音楽関係で褒められ慣れているはずなのだが……。


うーん、と首を傾げながらそんなことを考える。



ふと時計を見ると、時刻は午後5時を回っていた。


凄い速度で書類を片付けていく殿下を見る。

まずい、俺も何かしなければ。

そんな重圧から、俺は書類の山に向かい直ったのだった――……。




……――「皆さん、お疲れ様でした」


午後6時。やっと解散令が出て、大きく伸びをする。今日は人が少ないのもあり、生徒会は普段よりもかなりの多忙を極めていたようだった。


ルイン先輩の後片付けを手伝いながら、軽く室内を清掃する。

驚きなことに、あんなにあった殿下の書類は綺麗さっぱりと無くなっていた。


一体何処に消えちゃったのだろう?なんて疲れた頭で考えながら、ロッカーに箒を片付ける。

机の上の鞄を持ち、“約束もしていないのに何故か”扉の前で待っている殿下の元へと急いだ。


その途中、同じく寮に戻る準備をするアーベントに声をかける。


「また明日な。今日は色々教えてくれてありがとう」


「……」


またもや無視されたが、こくりと頷いてくれた。そこまで嫌われている訳ではなさそうだ。よかった、と胸を撫で下ろす。



「エミー!お疲れ様」

「殿下こそ、凄い速度で書類の山を無くしていくの、かっこよかったですよ」

「ほ、本当!?」


軽く労うと、殿下はにへら、と珍しく腑抜けた笑顔をした。

一瞬立った鳥肌を抑えながら、寮への帰路につく。



――アーベントのあの距離感はゲーム通りだった。東の国にいた彼は、俺によって出来た“世界の歪み”の影響を受けていないのだろう。


つまり、彼ルートは今後ゲーム通りに事が進む可能性が高い。


――果たして俺は、アーベントの“断罪フラグ”を折れるのだろうか――。



「エミー、また明日」

「あ、はい。おやすみなさい」

「っうん、おやすみ!」


ニコニコと機嫌の良さそうな殿下を見送りながら、門をくぐる。


あぁ、胃が痛い。

俺は腹の当たりを抑えながら、自室へと踵を向けたのだった――――。

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