第22話 やってやる
カチッカチッと、時計の音が鳴り響く。
時刻は夜9時を回っていた。
相部屋のエドは、お笑い倶楽部の会合だとかなんとかで、今日は12時まで戻らない。
これは好都合だと、俺はこの世界についての整理と目標を、ノートに書き出していた。
まず、俺はこの世界をあまりにも変えすぎてしまった。
殿下の執着が向く相手は俺になってしまったし、エドワルドは早々に跡取りになった。
更にはルディとの関係も良好。ルディの闇堕ちは今後ないだろう。
――普通のモブがやっていい範疇を、大きく超えすぎてしまった。
「……はぁ」
やってしまった、と額に手を当てる。これで、この世界は今後ゲーム通りに進むのか、分からなくなってしまった。
しかし、だ。
これは好都合ではないか?と自分に問いかける。
ルディの闇堕ちが無くなった、ということは即ち、ルディルートでの俺の断罪も無くなった、ということだ。
つまり、断罪フラグが一つ消えたのである。
「……!断罪フラグ……」
フラグ。そう、断罪フラグだ。
頭の中で反芻する。
殿下ルートは、ヒロインいじめから。
エドルートは、ヒロインが孤立させられてから。
ルディルートは、ヒロインの暗殺未遂から。
ロイドルートは――……
「そうか。全員に“断罪フラグ”なるものがある」
はっ、と口に手を当てる。
何故今まで気が付かなかったのだろう。それは、あまりにも分かりやすいほどに存在していた。
“断罪フラグ”。
これが、俺が生きるか死ぬかにおいて、手綱を握る鍵となるだろう。
となればやることは――――
「断罪フラグをへし折る。それだけだ」
ぐっと掌に力を込める。
やってやろうじゃないか。
俺は、脚本家に喧嘩を売ってやる。
……売り先が分からないのが難点だけど。
そうと決まれば、と俺はノートに対策を書き出していった。前世の拙い記憶を頼りに、スラスラと書いていく。
サリーはもう、悪役令嬢になんかならない。
となれば、殿下ルートとロイドルート、両方の断罪フラグは消えることになる。
さらに、一年早く学園に入学したことでエドルートが消え、ルディの闇堕ちが無い以上、ルディルートも消えたのなら……。
――残るは音楽ヒーロー、アーベント・ヴァイゼ。
そして俺様系ヒーロー、カイザー・グランツのみである。
「この2人のフラグをへし折れば、俺の平穏は約束される……」
ふぅっと大きく息を吐く。
ここまでやってきたんだ。昔、平穏に過ごすという夢は遥か遠かったが、今はこんなに近くにある。
目指すは一年後のヒロイン入学までに、攻略対象達の俺の断罪フラグをへし折ること。
そして、平穏な学園生活を送ることだ。
「ふふ……やってやろうじゃないか」
俺とサリーの平穏は邪魔させない。
俺はそうニヒルに笑い、ノートをパタンと閉じた。
◇◇◇
「おはようエド」
「おはようエミリオ。今日は珍しく遅いな」
朝、食堂にてエドに挨拶をする。エドの目元は若干赤くなっていて、昨日笑いすぎて泣いたのだろうと推測できた。
俺は魔獣の肉が食べられるEランチを頼み、エドの隣の席に座った。
「考え事してたら、朝になってたんだ」
「そうか。寝不足には気をつけろ」
そんな会話をしながら朝ごはんを食べ進める。
流石王立魔法学園だ。朝からドラゴンの肉が食べられるなんて、なんて贅沢なのだろう。
じゅわりと溢れる肉汁を味わいながら、俺はあっという間に食べ終わってしまった。
食の遅いエドが食べ終わるのを待ちながら、頬杖をつきぼーっと食堂を眺める。
奥には、一人席でパンを口に運ぶアーベントの姿があった。
彼は至極つまらなそうに朝食を摂っていた。周りに友達らしき人は見当たらない。
そこで、そういえば彼はエドと同じく孤独キャラだったなと思い出す。
――――アーベントは音楽界で、千年に一度の天才と称される、紛うことなきプロピアニストだ。
その音色を聞いたものは卒倒するだとか、幸福になるのだとか、噂は鳴り止まない。
しかしその分、彼の耳は特別だった。
繊細な音色を聞き分けられる代わりに、拾いたくない音まで拾ってしまう。さらには、会話までも音色に聞こえてしまう。
そんな変えようのない悩みを彼は抱えていた。
TRUE LOVEでは、アーベントのこんなセリフがある。
『私のこの耳は、祝福であり、呪いです』
そういう彼は、どこか諦めたような表情をしていた気がする。
――「……ミリオ。エミリオ」
ぼんやりとしていると、ひらひらと振られる手が視界に入った。どうやらエドが食べ終わったらしい。周りを見渡すと、いつの間にかアーベントは居なくなっていて、食堂には俺たちを含め数人の生徒しか残っていなかった。
「ぼーっとしていたが、大丈夫か?やはり1度睡眠を取った方が……」
「あぁごめん。大丈夫だよ」
心配してくれるエドに首を振り、バッグを背負って廊下に出る。
次は確か苦手な魔術学だったはずだ。エドに教わるか、とため息を吐く。
エドはそんな俺を見て、思い出したようにぽんと手を叩いた。
「あぁそういえば。エミリオ、先程殿下が来て、放課後生徒会室へ来てくれと仰っていたぞ」
「え」
その言葉に、眉を顰め大きな大きなため息を吐く。俺はエドに小さく愚痴を漏らしながら、重い足取りで教室へと歩いていったのだった――――。
◇◇◇
放課後。
お笑い倶楽部に行くエドに別れを告げ、生徒会室へと急ぐ。
廊下の窓からは薄暗い茜色が差し込んでいた。
カツ、カツと廊下を進んでいく。
そして、生徒会室の黒い扉に手をかけ――――
「エミー!待っていたよ」
る前に扉が開いた。
「げ」
思わず声を漏らす。キラキラとした瞳のその方は扉をギッと開くと、俺を室内へとエスコートした。
なぜ足音だけで俺だと分かったのか。甚だ疑問で仕方がない。
「し、失礼します」
恐る恐る中へと入る。ふわりと紅茶の匂いが鼻に入り、やはり高貴な方々が多いのかなと考える。まぁ一応、俺も高位貴族ではあるのだが。
「いらっしゃい。貴方が一学年の副会長さんかしら?」
「は、はい」
「よく来てくれたわね。歓迎するわ」
横から声をかけられ、びくりと肩を震わす。
見ると、黒髪長髪の美しい女性が、三学年と書かれた生徒会長席に座っていた。
口元に黒子があり、どことなく色気がある。
彼女は紅茶を机に置くと、パンと手を叩いて言った。
「さぁさ、自己紹介致しましょう。今日は人が少なくて3人程しかいないのだけれど、許してちょうだいね」
女性はそう言うと立ち上がり、俺の前に立って話し始めた。
「私はキャロル・ルイン。Cクラス所属で、三学年の生徒会長よ。一応学園代表もしているわ。気軽にルイン先輩と呼んでちょうだい」
ルイン先輩はそう言うと、スカートの端を持ち、静かに頭を下げた。
それにこそっと殿下が耳打ちする。
「彼女は平民出身でありながら、ここまで登り詰めた凄いお方なんだよ」
その言葉に目を見開いて驚く。
なぜなら、彼女の上品な所作には貴族特有のオーラを感じたからだ。
ただの平民という身分でありながら学園代表を務めるだなんて、ルイン先輩は相当優秀で努力家なのだろう。
ヒロインとはまた違った天才だ、と思わず口に出そうになる。
ルイン先輩が頭をあげたところで、俺も胸に手を当て自己紹介をした。
「エミリオ・バーンデッドです。自立するためにCクラスを志願しました。どうぞよろしくお願い致します」
そう言って、頭を下げる。
ルイン先輩は俺がAクラスだと思っていたようで、非常に驚いたような顔をしていた。
「まぁ、それは素敵な事ね!次は……そうね。同じ学年の子にお願いしようかしら」
ヴァイゼさん、とルイン先輩が声をかける。
その苗字と出てきた顔に、俺は石のように固まった。
奥から綺麗な白銀の頭が見える。その目は驚くほど澄んだ青だった。
「……アーベント・ヴァイゼ。書記に任命されました。……よろしく」
なぜ、彼がここに居るんだ――――!?




