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第21話 倶楽部

「ねぇ見て」

「きゃ〜〜!!」


朝、俺は机に突っ伏し項垂れていた。隣で読書をするエドがじとりと教室の扉を睨む。

皆の羨望と恋慕が入り交じった視線の先にいるのは、かのお方だった。


金髪碧眼の美青年。しばらく見ないうちに一層美しくなったその方は、俺に目を向けると口元を綻ばせて声を出す。


「エミー」


その声に、俺の全身が粟立った――――。



教室前、かの方――レオナルド殿下は、恐ろしく美しい笑顔で言い放った。


「エミー。僕が言いたいこと、分かるよね?」


妙に圧が籠もったそれに、俺ははいと返事をする他ない。その言葉に、殿下はニコニコと微笑みながら俺の手を握った。


あぁ、逃げられない。


「じゃあ聞くね。“何故Cクラスにいるのかな?”」


殿下はそう言うと、その白い指をさすりと手元から沿わせ、俺の頬へと向かわせた。

冷たく放たれたその声に、教室がぴしりと凍る。今一番聞かれたくない事を聞かれ、俺の額にはだらだらと汗が流れていた。


「えー、とぉ……」


俺の本来の所属は、高位貴族のみで構成される通称“Aクラス”だ。

しかし、「殿下とその他の悪役と同じクラスは嫌だ」という理由で、俺はそれを拒否した。


だからこそ言える訳がない。

貴方と同じクラスが嫌だからです、だなんて。口が裂けても言えない。


「いやぁ……なんていうか……」


言い訳を頭に浮かべながらしどろもどろする俺を、殿下が怪訝そうに見つめる。その瞳は恐ろしく美しい青で、ぞくりと背中に冷たいものが走った。


「……あ。きょ、共通の趣味がある友が居た方が、楽しいと思いまして……」


そんな言い訳を思いつき、巻き込むのを覚悟して、ちらりとエドを見る。その言葉に、殿下は凄い形相で俺とエドを交互に見やった。


当のエドは何故か目を輝かせている。まるで、「共通の趣味がある友」という言葉を噛み締めているようだった。


「……へぇ。彼は確かグレイソン家の跡取りだったかな?彼とは良く“せいちめぐり”?というものをしているそうだね」


何故それを、と言う前に、そういえば殿下には手紙で脅されていたなと思い出す。


殿下は珍しく不機嫌そうに口を尖らせた。その表情に、周りの令嬢たちが黄色い声を上げる。


これ以上面倒なことにはなりたくない。それにもうすぐ授業が始まる。

俺は意を決して、笑顔を貼り付け言い放った。


「殿下、説明は後ほど致しますね。もうすぐで魔獣学の授業が始まるんです。では放課後にまた」


そう言い、教室の扉をバンと閉める。

呼び止める殿下の小さな声が聞こえたが、俺はそれを無視して席へ座った。


「いいのかエミリオ」

「いいんだよ。それに、他クラスに来るのは校則違反だ」


ふんと息を吐き、魔導書を開く。もうこれで無茶なちょっかいはかけてこないだろう。


俺が、そう高を括っていたのが間違いだったと知るのは、数時間も経たない頃だった――――。




◇◇◇



「あ、あの。……殿下?」


ギギギと錆びた首を後ろに向ける。そこには俺の背中に顔を埋める殿下の姿があった。手が回された腹には、絶対に逃がさまいという意思が感じられる。

相変わらず令嬢たちはきゃあきゃあと黄色い歓声を上げていた。



――十数分前のことだった。

放課後、俺は倶楽部見学の為に大広間へと向かった。テーブルの上に置いてあるチラシをいくつか手に取り、さぁ何にしようかと模索する。


そして、うーんと身を捩り考えている時。突然目が何かに覆われた。


「だーれだ」

(……)


その聞きなれた美しく爽やかな声に、俺は大きな大きなため息を吐いた。

女子小学生か、あんたは。そう言ってやりたい程にウザい。


俺は目を覆うそれをぐいと上にあげ振り向いた。


「やぁエミー。話の続きをしようか」


案の定、そこには金髪の美青年が立っていた。

ひらひらと手を振りながら、にこにこと笑顔を振り撒いている。


うげぇと心の中で唱えると、殿下はそれを見越したようににっこりと作り笑顔を貼り付けた。


「さぁ、教えて?」


何故Cクラスにいるの?と詰め寄られる。俺はじりじりと後ずさりながら殿下から離れた。しかしその瞬間、ぐいっと手を掴まれ、殿下の胸元に頭がつく。


「ひっ」

「何故怯えているのかな?」


小さく悲鳴を漏らすと、殿下は実に不本意そうに冷たい声で囁いた。耳元に暖かい空気が当たり、更にぞぞっと神経が逆立つ。


「ねぇ……あの男とどんな関係?」


あ、これ逃げられない。というかこの人、逃がす気ない。


俺ははぁとため息を吐き、なるべく笑顔を貼り付けて答えた。


「殿下……エドはただの趣味友です。それに聖地巡りは二人だけじゃないですし」


これは半分事実だ。聖地巡り……もとい小説関係の遠出は、大体マーティス子息も共にいる。


「Cクラスに入ったのは謝ります。しかし俺は、自分の力を試したかったんです。公爵家の力に頼るのは、昔の自分と同じ。それは嫌だったんです」


これも事実だ。

公爵家の権力に頼るのはもうやめた。これからは自分の力で生きていきたい。


そう言うと、殿下は困ったように目尻を下げた。どこか悲しそうな、でも嬉しそうな、そんな複雑な表情。

珍しい殿下のその顔に、周りの野次馬達はキャーと黄色い声をあげていた。


「そっか」


殿下は小さな声でそう呟いた。


よかった、俺がそうほっと胸を撫で下ろした瞬間。視界が暗転した。


「じゃあ、代わりに一つ僕のお願いを叶えて?」




――そして今に至る。

やはり殿下はネチネルドだったな、と心の中で叫んだ。


「……」

「ひっ……吸わないでください!!」


スゥゥゥと背中で息を吸う殿下に声を荒らげる。

殿下は珍しく心の底から笑っているように見えた。こちらとしてはいい迷惑だ。


笑い終え、しばらく沈黙が続く。

先に言葉を放ったのは殿下だった。


「エミー、倶楽部は決めてるの?」


「えぇ……?」


まさかこの方倶楽部まで押しかける気か?と危惧したが、それは違うようだった。

殿下はふぅ、と息を吐き、俺をギュッと抱きしめる。俺はざわつく肌を抑えながら、「何ですか?」と聞いた。


「エミー……僕と共に生徒会に入ってくれない?」


あー……聞かなければよかった。

心底後悔しながら殿下の方を見る。その目は期待で満ちていて、いつもの真っ暗な目からは想像が出来なかった。


「生徒会って……入ったら他の倶楽部入れませんよね」

「同好会なら入れるよ」


いまいち的を射ていない返答に、どうしたものかと頭を傾げる。


正直、入りたい倶楽部はあまりなかった。

むしろ魔獣同好会や小説愛好会など……そういう小さなコミュニティの方が俺には合っている気がしていた。


しかしエドの誘いを断った手前、どこかしらの倶楽部に入らなければ気まずい。


(……あれ、生徒会、結構いいんじゃないか?)


ぴこんと頭の上に電球が浮かんだ気がした。

この方と一緒なのは嫌だが、正直前世は事務仕事ばかりしていた記憶があるし、雑務くらいなら出来るだろう。


俺はぎっと錆び付く首を後ろに向けた。


「生徒会……ありですね。殿下さえ良ければ、入りたいです」


「えっ」


その瞬間、殿下がぱっと顔を輝かせた。まるで俺が誘いを断ると思っていたような反応に、……まぁしょうがないかと納得する。


殿下は俺の手を取りブンブンと振ると、興奮した様子で捲し立てた。


「エミー!君ならそう言ってくれると信じてた!さぁ、今から生徒会に入る手続きをしに行こうか!あ、やっぱりエミーは副会長だよね」


「は」


今聞き捨てない言葉が聞こえたが、それを問い詰める前に手を引っ張られる。そうして為す術なく、俺は生徒会室へと連れられた。


殿下によりあっという間に手続きが終わり、どうにかする暇もなく、「一学年副会長・エミリオ」が誕生してしまった。


このことに後日、エドから問い詰められたのは言うまでもない。

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