第14話 羞恥心と罪悪感
「皆さん、今回は愚息の為にはるばる足を運んで頂き、誠にありがとうございます。本日はお茶会という形なので、どうぞ自由にお過ごしください」
グレイソン家当主たる、聡明な宰相、ハルド・グレイソンがステージ上で開会の挨拶をする。
こうして、グレイソン家のお茶会は幕を開けた。
どうやら今日はただのお茶会ではなく、マルコ・グレイソンの誕生日パーティーも兼ねていたらしい。
大切な息子の誕生日パーティーを、お茶会という体で進めるなんて、きっとハルド宰相も噂のことを危惧しているのだろう。
――――彼ら、グレイソン家の長男マルコ・グレイソンと次男ラリー・グレイソンには、数々の黒い噂がある。
それは違法賭博をしているだとか、学園でいじめ行為をしているだとか……とにかく数々のモブ悪役ムーブをかましているのだ。
――そしてこれは、TRUE LOVEの公式な情報である。
つまりこいつらは、運命に抗おうと努力している俺と違い、その運命に流されている可哀想な人間なのだ。
しかしやることやってるので、俺からの「そのままだと断罪だよ」なんて教える慈悲は無い。
精々今後努力しなかった自分に後悔すればいい、俺はそう心の中でニヒルに笑った。
◇◇◇
「バーンデッド、もういいか?」
お茶会も中盤。サリーとお菓子の食べ比べをしていると、エドワルドが不機嫌そうにそう言う。
あぁ、早く部屋に戻り勉強したいのだろう。TRUE LOVEでも、そんなイベントがあったなと思い出す。
真面目な彼は、このようなお茶会には興味が無い。暇さえあれば勉学にその時間を費やすという、なんとも以前の俺に似た行動を取っているのだ。
しかしそれでは、今回このお茶会に来た理由が無くなる。なんとか彼を引き留めねばと、俺は思考をフル回転させた。
―――よし。何も思いつかない。
という訳でここは、公爵家という立場に甘んじて利用させてもらおう。
俺は部屋へ戻ろうと、扉に手をかけるエドワルドの肩を掴み、儚げな表情を顔に貼り付け言った。
「……エドワルド殿、前回のお茶会のこと、覚えているかい?」
「……は?」
「前回、君は私に対して暴言を吐いたんだ。“公爵家の”この私にね」
「……」
エドワルドには悪いが、彼が前回のお茶会でついた悪態を利用し、二人きりになる時間を作ることにする。このネチネチ具合は殿下の受け売りだ。
案の定、エドワルドは眉間に皺を寄せ、心底嫌そうな顔をしていた。しかし公爵家の嫡男に「くだらない」と悪態をついたのは事実なので、何も言えずにいるようだった。
その隙を突き、俺は更に畳み掛けていく。
「この事を君の父上に話したら、どうなるか分かるね?」
「なっ……」
「私はただ君と話をしたいんだ。そう、二人きりでね……」
(くはーーっ!)
とてつもないモブ悪役ムーブをかまし、後から段々恥ずかしくなってくる。なんだよ、「どうなるか分かるね?」とか。これじゃあやってる事はあの兄たちと同じだ。
しかし二人きりになり、懇親のギャグで彼のことを笑わせるためには致し方ないこと。俺は罪悪感を押し殺し、なんとか悪役の表情を貼り付けた。
エドワルドは舌打ちをしながら、扉の方向を頭でクイッと指す。着いてこい、という事だろう。
どうやら脅しは成功したようだ。さて、どんなギャグをかまそうか。
俺は内心不安とドキドキが入り交じりながら、彼に着いて行ったのだった――――。
◇◇◇
「……それで、何が目的なんだ。俺の失脚か?生憎、俺は宰相家の跡は継がないぞ」
瑞々しい緑に染まる庭園。グレーのヒヤシンスが周りを彩る中、俺たちは話していた。
エドワルドは嘲笑を交え、不愉快そうにそう言い放つ。そのどこか慣れたような物言いから、今までも何度かこういう事があったのだろうと分かった。
きっと、優秀な彼を疎んでのことだ。確かに俺もグレイソン家の敵だったら、頭脳明晰で一番の跡取り候補であるエドワルドを、真っ先に始末しようとしただろう。
しかしもちろん、俺は彼の失脚なんか望んでいない。そうだ、望むは彼と知人関係になること。
それ以上は高望みしない。
そのためには彼に一目置かれることが大切だ。つまり、彼を笑わせられるようなギャグが言えれば、俺の作戦勝ちである。
「ふぅ……」
俺は大きく息を吸い、深呼吸した。
目の前には、何も言わない俺に疑問符を浮かべてるであろうエドワルドが立っている。
小鳥のさえずりが鳴り止み、辺りは静寂に包まれていた。
――――ここは俺のステージだ。ここで外せば、俺はただの変人になり、彼に距離を置かれることだろう。
どれだけ素晴らしいギャグを言えるかが、まるで審判されているような気分になる。
羞恥心を押し殺し、俺は思いっきり息を吸って覚悟を決めた。そして――――
「ふとんが、ふっとんだ」
言った。言ってやった。
顔がカァッと熱くなる。しかしこれでいいのだ。これが、彼的には大成功なはずなのである。
“びーまお”を読んでいて完璧に理解した時、俺は驚愕した。なぜならこの本の最大のギャグは、前世で言うところの「ダジャレ」だったからだ。
しかもそれは、前世の世界でも通用するような、レベルの高いものばかり。重度の漫才ヲタクなら、吹き出すのにも頷けた。
――――だから俺はこのダジャレを言ったのだ。前世では王道のダジャレ。しかしこの世界にはまだ産み出されてすらいなかった。
幸い、この世界にも布団という概念はある。初めて聞くダジャレに彼はどんな表情をするのか。
俺はスベったことも考え、意を決してエドワルドの方を見た――――。
「……」
「……」
――――すっごい眉間に皺寄せてる。これは……笑っていると捉えていいのか?それともただ単に不快だと思われているのか?
スベったのかと不安になりながらも、俺は勇気を出してもう一度ダジャレを言った。
「池に落ちたらイケないよ」
「ん゛っ」
……これは、笑っているな。よかった、安心だ。
どうやら、彼を笑わせることには成功したらしい。しかし彼はまだ、その笑いを堪えている。
眉間に寄せられた皺が凄いことになっていた。
俺としては、エドワルドにもっと豪快に吹き出して欲しい。あのゲームのスチルで見たような、朗らかな笑顔を生で見てみたいのだ。
ということで、俺は更に畳み掛けてダジャレを言い放った。
「塔がとうとう倒れちゃった」
「ぐっ……」
「スープが冷めて、スープーン……」
「んん゛」
「肉を焼きすぎて、にくい結果に」
「ぶはっ!」
羞恥心に苛まれながらも、なんとかとっておきの数々を言い終える。その甲斐あってか、エドワルドは信じられない程吹き出し、豪快に笑い転げてくれていた。
「あっはっはっは!肉がにくい!あっはっはっは!!」
「……剣を磨かないと、けんこうに悪いぞ」
「ひーーーっ!!」
「ふ、ふふっ」
ぽそりと追加ダジャレを言い放つ。彼はそれにも笑い転げてくれた。それに感化され、何となく俺も笑みが零れる。
「ひーっはっは!あっはっは!」
「ふふふっ……ふふっ……」
静かな庭園には、俺たちの笑い声だけが響き渡っていた――――。




