第13話 お茶会地獄
あの殿下主催のお茶会から、早半年が経とうとしていた。白銀の世界から打って変わって、国はすっかり緑と黄色に染まり、夏の訪れを告げていた。
そして俺は春、誕生日を迎え無事9歳になった。
8歳の頃は、城下町で魔物に襲われ、王太子に目をつけられお茶会出席―――と、中々波乱万丈な1年を送ってきたが、今年は沢山のお茶会があること以外、あまり大きな出来事は無かった。
―――しかし変わったことが一つある。それは、俺が騎士団の訓練場に通うようになったことだ。
基本、訓練場は10歳からしか通えないのだが、俺は7歳にしてナイトの称号を取ったため、特例で通うことを許してもらった。
これには母様と父上も大歓喜。俺は将来安泰の公爵嫡男と噂されるようになっていた。
訓練場にはロイドの姿もあり、仲を深める絶好の機会となった。
訓練場に通うことができたのは、俺の人生の中でも大きな進歩と言えるだろう。
しかし、そんな平和な中でも俺はかなり疲弊していた。
理由は明快。殿下のお茶会の件である。
この半年で、俺は約束の32のお茶会を終えることができた―――のだが、そこでも貴族たちにとって“楽しい話”をしたことで、俺は貴族社会で一目置かれることとなってしまったのだ。
そのせいで、我が公爵家には茶会のお誘いが殺到。その中には無下に出来ないような方からのお誘いもあり、俺は度々出席せざるを得ない状況となっていた。
そのせいで俺の精神はゴリゴリ削られ、今や楽しみは訓練場に通うことのみとなっている。実に悲しい事実だ――――。
「ふっ。はっ。」
公爵家の庭園で木剣を振り下ろす。その度にヒュッヒュッと風の切れる音が呼応していた。
やはり素振りは気持ちいい。俺はまだ、ナイトの称号を持つだけのただの訓練生だ。早く10歳になり、師範代の試験を受けてみたい。
そう意気込んで、大きく木剣を振りかぶった時だった。
「―――ぼっちゃま!お茶会のお誘いのお手紙が来ております!」
聞き慣れた声が庭園に響き渡る。見ると、俺付きの侍女・アンが慌てた様子でこちらへ駆けてきていた。
「お茶会?いつものように断っておいてくれ」
どうせいつもの令嬢達からのお誘いだろう。どうやら俺は、“話の面白い公爵子息”としてほんの少しだけモテているらしいからな。
しかしアンは、息を切らしながら「それがそうもいかないのです」と俺に手紙を差し出した。
グレーのヒヤシンスの紋章。それに俺は見覚えがあった。
「……これは―――」
「……はい。聡明と名高い、グレイソン宰相からのお誘いなのです」
ゴクリと生唾を飲む。その手紙は、かの聡明な宰相、グレイソン家からのお茶会の誘いだった。
アンが焦る訳も良くわかる。宰相と言えば、国を回す政治のトップだ。それをたかが公爵家が断るなんて、そう簡単に出来ることではない。
しかも相手はグレイソン家ときた。あのエドワルドがいるグレイソン家だ。
これは彼と関わるまたとないチャンス。父上には悪いが、ここは公爵家という立場を利用させてもらうとしよう。
「行くと伝えてくれ」
「え?」
「ただしエスコートは三男にしてくれと、それとなく伝えて欲しいな」
「は、はい。分かりました!」
アンはビシッと敬礼し、また屋敷の方へ庭を駆けていった。そういえば、彼女は元暗部だったな、なんて考える。
それにしても、これは嬉しい誤算だ。今後関わることは無いと思っていたエドワルドとのお茶会なんて、今まで無理してお茶会に出席していた甲斐があるというものだ。
「よし、そうと決まれば“びーまお”について詳しく調べなければな」
俺は木剣を腰に差し、執事長の元へと向かったのだった。
◇◇◇
夏。セミが鳴き、辺りを見れば子供たちが走り回っている。
俺は今、公爵家の馬車でグレイソン家へ移動していた。
意外とあっという間に時間は過ぎ、今日はそのお茶会の当日だった。
俺はこの日までに、カールソンの力も借り見事“びーまお”を読破。ギャグの構造も完璧に履修した。
まさか、“びーまお”のギャグが“アレ”だったとは、思いもよらなかったが―――。
そういう訳で、俺は今ならエドワルドを完璧に笑わせられる自信があるのだ。
「お兄様、着いたわ!」
可愛い声が外を指す。今回、俺は1人が不安だったので、サリーに一緒に来てくれるように頼んだのだ。サリーは満更でも無い様子で「もう、お兄様たら」と言いながら着いてきてくれた。
やはりこの天使が悪役令嬢になるだなんて信じられない。まぁ、ならせないけど。
「バーンデッド公爵家長男、エミリオ・バーンデッドです」
2人の門番に、ボタンの青薔薇の紋章を見せる。確認が取れると、直ぐに敷地内へと入れてくれた。
馬車で、庭園内をゆったり移動する。
流石は宰相家。公爵家と比べれば劣るが、それでもとてつもなく広大な敷地だ。
俺は植えられた色とりどりの木々や花々に感心しながら、感嘆のため息を吐いた。
「あ!あのお花、ヒヤシンスですわ!」
「本当だね、紋章の花が植えられているのか。それにしてもサリー、随分博識になったねぇ」
「当然ですわ!お兄様という優秀な先生が居るのですから!」
くぅっ……妹が可愛すぎて困る。
サリーの言う通り、グレイソン家の庭には沢山のグレーのヒヤシンスが植えられていた。魔法で作ったのだろうか。是非とも近くで観察してみたい、なんてことを考える。
そんなことを話しているうちに、馬車は広大な庭園を抜け、屋敷前へと着いていた。
サリーの手を取り、馬車を降りる。
――その瞬間、後ろから冷たい声が放たれた。
「ふん……バーンデッド公爵家、か。何故僕がエスコートなんか……」
声のする方に振り向くと、そこには絹のような黒髪と美しい翠眼を持つ美少年、エドワルド・グレイソンの姿があった。
エスコートを頼まれたのが不満なようで、何やらぶつくさと文句を言っている。
もしかしたらエスコートしてくれないのでは、と心配したが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
「ちっ……レディ、お手をどうぞ」
さすが攻略対象。エドワルドは淑女であるサリーの手を取り、紳士的にエスコートを始めた。
その変わりように、サリーは驚きつつも頬をほんのりと赤く染めている。
俺は手を取り合う2人の後を着いていき、微笑ましい気持ちでそれを見ていた。
「……着いたぞ」
しばらく歩くと、楽しそうな話し声の聞こえる部屋の前へと辿り着いた。
エドワルドはサリーの手を離すと、すぐにぷいとそっぽを向いてしまった。
扉を開き中に入る。中は可愛いというよりも、無駄のない美しい装飾で彩られており、なんとも聡明なグレイソン家らしいお茶会となっていた。
子息たちの中には何人か見知った顔もいて、俺は順々に挨拶をしながら回っていた。
エドワルドはその間も、化粧室の案内やお菓子の説明など、意外にもしっかりとしたエスコートを施してくれた。
菓子について説明するエドワルドはどこか楽しそうで、また微笑ましい気持ちになる。こう見ていると、彼が重度の漫才ヲタクということが信じられなかった。
しかし、その平和な時間は“彼ら”の登場によりあっという間に崩れ去っていった。
「あれぇ?バーンデッド公爵家じゃないですか!今日ははるばる来てくれてサンキュー!」
「チョリーッス」
「……」
なんだ、この軽薄な男共は。いや、俺は彼らを知っている。何故なら彼らは、俺と同じTRUELOVEの悪役令息 (モブ)だからだ。
右のナルシストが長男、マルコ・グレイソン。
そして左のモヒカンが次男のラリー・グレイソン。
エドワルドを虐め、引っ込み思案に陥れた張本人たちである。
エドワルドはそんな2人の兄を見て、額に手を当てため息を吐いていた。確かにこんなのが兄――しかも宰相家の跡継ぎだなんて、信じたくないことだろう。
俺はなるべく笑顔を張り付けながら、皮肉たっぷりの挨拶を交わしてやった。
「宰相家の御子息方にお会いできて光栄です。なるほど……噂というものは、誇張される場合もあれば、実に正確な場合もあるのですね……。いえ、こちらの話です。私の名はエミリオ・バーンデッド。どうぞよろしくお願いしますね」
俺の挨拶を聞き、マルコ達の眉がピクリと上下する。
ふふ、効いてる効いてる。
この挨拶は、「お前らが弟虐めてんの知ってるぞ」という牽制だ。
さっきからエドワルドに向けられる“殺気”に、俺が気づいていないとでも思ったのだろうか。
「では、私達はここらで。さぁ行こうサリー、エドワルド殿」
2人の手を引きながら部屋の隅の方へ向かう。
一刻も早く、この険悪な空気から彼を救い出したかったのだ。無事に離脱できてよかった。
あの二人はまだこちらに殺気を送っている。もう少し釘を刺しておこうか、なんて考える。
こうして、激動のお茶会は幕を開けたのだった――。




