9. 聖域の曙光:英雄の帰還
こんにちは、作家です! セドリックとの死闘の末、ついにハルトが失われた名誉を取り戻し、『聖域の守護伯爵』という地位に登り詰める感激の瞬間です。
エリシアの圧倒的な威厳と、ハルトを気遣う温かい姿が胸を高鳴らせる第9話! ハルトの完璧な勝利を共に見守ってください。
セドリックが消滅した跡、静寂だけが漂う聖堂の中で、僕はよろめきながらエリシアのもとへ駆け寄った。
ガリオンの腕の中でぐったりとしている彼女の姿が、雨の降るアスファルトの上で見たあの日の幻影と重なり、心臓が締め付けられた。
僕はガリオンから彼女を奪い取るように受け抱いた。冷たく冷えていく彼女の手を握り、僕は狂ったようにその名を呼んだ。
「殿下! お願いです……お願いだ、目を覚ましてくれ! エリシア!」
最初は騎士として叫んでいた。
だが、返事のない彼女の蒼白な顔を目の当たりにした瞬間、僕の中のすべての忍耐が断ち切られた。
僕はもう、騎士ハルトではなかった。ただ大切な人を失いたくない、絶望に暮れる一人の男に過ぎなかった。
「エリシア! 嫌だ、お願いだ……頼むから目を開けてくれ! こんなところで逝かないでくれ……!」
僕の声はすでに悲鳴に近かった。
「死神」と呼ばれ、数多の死を目撃してきた僕だったが、今、腕の中で感じるこの細い息遣いが途絶えてしまうのではないかと、全身の血が凍りつく思いだった。
僕は彼女の肩を、慎重に、しかし切実に揺らしながら再び叫んだ。
「お願いだ……頼む。目を開けてくれ、エリシア!」
僕の熱い涙が一滴、彼女の頬にこぼれ落ちた時だっただろうか。
固く閉じられていた彼女の長い睫毛が、微かに震え始めた。
僕は息を止め、彼女の顔を穴が開くほど見つめた。
ついに、淡い褐色の瞳が霧の中を彷徨うようにゆっくりと焦点を結び、僕へと向けられた。
「……ハルト? あなたが……私を、助けてくれたのですね?」
その声が耳を打った瞬間、僕は溜めていた息を一気に吐き出した。生きている。
今度は、失わずに済んだ。
僕は騎士の作法など忘れ、彼女を壊れんばかりに強く抱きしめた。
「よかった……。本当によかった……っ」
声が見苦しく震え、肩が上下した。
常に強くあろうとしてきた日々が嘘のように、僕は子供のように安堵し、彼女の温もりにすがった。
エリシアは少し驚いたようだったが、やがてか細い手で僕の背を優しく叩いてくれた。
「お疲れ様。ありがとう、ハルト」
エリシアもまた、込み上げる感情に押され、その目元を赤く染めていた。
だが、この感動的な再会は長くは続かなかった。
静かな時間を壊したのは、聖堂の門を荒々しく壊して踏み込んできた近衛兵と貴族の群れだった。
その先頭に立っていたのは、常日頃から僕を「卑しい異邦人」と蔑んでいたバルトール伯爵だった。
「異邦人の分際で! 恐れ多くも王女殿下の御体に気安く触れるとは! 直ちにその殺人鬼を殿下から引き離せ!」
バルトールの怒号に、近衛兵たちがたじろぎながらも剣を抜いた。
僕は冷ややかな怒りとともに立ち上がろうとしたが、僕の腕の中にいたエリシアが先に身を起こした。
彼女はバルトール伯爵と兵士たちの視線の先へと、ふらつきながら歩み寄った。
その瞬間、聖堂内部の空気が物理的な圧力へと変貌し、吹き荒れた。
「……すべて、止まりなさい」
低く沈んだエリシアの声とともに、彼女の全身から眩い白金色の魔力が爆発するように溢れ出した。
それは通常の魔法とは次元の異なる、王族の血統のみが扱える固有権能――【至高の王権(ロイヤル-オーラ)】だった。
聖堂の床が白金のオーラに圧せられ、めりめりと亀裂を刻む。
バルトール伯爵はもちろん、剣を手にしていた近衛兵までもが、その圧倒的な存在感を前に心臓を締め付けられるような恐怖を感じ、床に這いつくばった。
王族のオーラは「階級の差」を魂に直接刻み込む、暴力的なまでの威厳だった。
戦闘で力を使い果たしていたのか、僕ですら彼女のオーラに圧され、地に膝をついてしまった。
「バルトール伯爵。今、何と言いましたか? 私を窮地から救い出した恩人に武器を向けろと?」
エリシアが一歩踏み出すたび、王族のオーラが波のようにうねり、貴族たちを叩き伏せる。
「セドリックが私を生贄に捧げようとしていた時、あなた方は城壁の後ろで私の死を待っていた。それなのに今さら、私を救った英雄を冒涜するのですか? あなたのその傲慢な舌が、今日、家門を滅ぼしかねないということを分かっていないようですね」
「ひ、ひいぃっ……! 殿下、お許しください! 何卒……!」
バルトールは目の前の圧倒的な恐怖に呑まれ、涙を流しながら床に頭を打ち付けた。
傲慢な伯爵の自尊心など、王族の固有オーラの前では塵よりも軽く霧散した。
他の貴族たちも息を殺し、床を這いながら屈辱的に許しを乞うた。
僕はその悲惨な光景を冷ややかに見下ろしながらも、一方で、隣に立つエリシアの顔色をこっそりと伺っていた。
(……うわ、マジで怖いな)
さっきまで僕の胸で泣いていたあの優しい王女様と同一人物かと思うほどの気迫だ。
あの眼光に正面から睨まれたら、セドリックどころか魂まで削り取られるだろうと思い、背中に冷や汗が流れた。
僕は心の中で固く誓った。
この世界で、エリシア殿下にだけは絶対に逆らうまい。いや、逆らえない。
命は一つしかないのだから。
だが、恐ろしいのは恐ろしいとして、この状況がもたらすカタルシスは堪え難いものがあった。
僕は床を這いつくばっているバルトール伯爵たちに向け、これ見よがしに「エッヘン」と咳払いをし、肩をすくめてみせた。
わざとエリシアの手をより強く握り、「見たか? この方が僕の味方だぞ」という表情で貴族たちを一人ひとり見据えてやった。
いつもの「死神」のような冷徹さはどこへやら、「ふん!」と鼻を鳴らしてやると、バルトールの顔色はさらに土気色になった。
数日後、王宮内に設けられた国王謁見の準備室。
鏡の中に映る僕の姿は、いつもの返り血に染まった鎧姿とは似ても似つかなかった。
王国騎士団の白い礼服は過分に華やかで、肩にのしかかる肩章は居心地が悪くて仕方がなかった。
「じっとしていてください、ハルト君。ネクタイが曲がっていますよ」
目の前には、普段よりもずっと早くから身支度を始めていたであろうエリシアが立っていた。
彼女はまだ自身の正式なドレスを纏う前の、軽い室内着姿で僕の礼服を整えてくれていた。
王女が直接騎士の服に触れるなど前代未聞だったが、彼女は気にする様子もなかった。
「殿下、このようなことは侍従たちに任せれば……」
「嫌です。私の騎士様が伯爵になる日なんですよ? 私の手で直接やってあげたいんです」
彼女の手が触れるたび、微かなラベンダーの香りが鼻先をくすぐった。
集中して少し突き出された赤い唇と、真剣な瞳を見つめていると、心臓がいつもより少し早く跳ねる気がした。
身支度を終えた彼女が、僕の胸元を軽く叩いて満足げに微笑んだ。
「完璧です! やっぱり私のハルト君は何を着ても格好いいわね」
褒め言葉に照れて咳払いをしていると、外から侍従が慌ただしく時間を告げた。
そこでようやくエリシアがハッとして後ずさった。
「あっ、もうそんな時間! 私も急いで準備しなきゃ」
エリシアは言葉を切り、少し躊躇いを見せた後、朝日のように恥ずかしそうに笑って言った。
「ハルト、先に謁見の間で待っているわ。後でね!」
彼女はまるで蝶のように軽やかな足取りで準備室を後にした。
扉の向こうに揺れる彼女の髪を見送りながら、僕は思わず笑みをこぼした。
数日前まで戦場に立っていた「死神」とは思えないほど、穏やかな朝だった。
「さて、僕も行くとするか」
しばらくして。 荘厳な喇叭の音とともに、謁見の間の巨大な門が開かれた。
――重厚な音を立て、扉が開く。
数百人の貴族が両脇に並ぶその長く華やかな回廊の先には、国王が玉座に座していた。
そしてその隣には、眩いほどに美しい一輪の花のように、エリシアが立っていた。
彼女は真珠と宝石で刺繍された白金色のドレスを纏っていた。
豊かに流れる髪は華やかな装飾で気高くまとめられ、ラベンダーの花びらを含んだかのような紫の瞳が陽光を受けて煌めいていた。
数日前に聖堂で見せた王族の威厳は穏やかな微笑みの後ろに隠され、ただ眩いばかりの美しさが彼女の周囲を包み込んでいた。
僕は呆然と彼女の姿に目を奪われた。ユユと同じ顔。
だが、ドレス姿で完璧な王族の佇まいを見せる彼女は、明らかに僕の知るユユとは異なる、新しい「エリシア」という個人だった。
胸の奥で、奇妙な高鳴りが生まれた。(ああ、本当に……綺麗だ)
だが、見惚れている余裕はなかった。
僕は感情を律し、前を向いた。 僕は一歩一歩踏みしめるたび、わざと靴音を大きく響かせた。
僕を反逆者に仕立て上げ、唾を吐きかけた貴族たちが、今は僕と目が合うのを恐れるように肩をすくめ、震えながら道を開けていく。
彼らの卑怯な視線を正面から受け流し、僕は国王の前まで堂々と歩みを進めた。一点の迷いもない足取りだった。
国王は満足げに頷き、すべての貴族に聞こえるよう厳かに宣言した。
「ハルト。そなたは濡れ衣を着せられながらも王国の至宝を守り抜いた。その功績を称え、そなたに【聖域の守護伯爵】の爵位を授与する」
国王の宣言が終わるやいなや、謁見の間を埋め尽くした貴族たちが一斉に床に伏した。
「守護伯爵ハルト卿を称えん!」
「王国の英雄よ!」
わずか数日前まで僕を「異邦人の怪物」と呼んでいた者たちが、今は恐怖と阿諛の入り混じった声で僕の名を連呼している。
その厚顔無恥な光景に、僕は口元に冷ややかな失笑を浮かべた。
顔を上げ、段上を見上げた。そこには国王の隣で、誰よりも幸せそうな表情で僕を見つめ、微笑んでいるエリシアがいた。
彼女の笑顔を見た瞬間、僕を縛り付けていたすべての屈辱と怒りが勝利の勲章へと変わり、全身を包み込むような気がした。
もう、隠れる必要はない。僕は彼女を守る名分を得た。そして僕の名は、王国全土に最も眩い光として刻まれたのだ。
床を這いつくばる貴族たちの間を堂々と横切り、伯爵の爵位を授かるハルトの姿、本当にスカッとしましたね!
ドレス姿のエリシアの笑顔に見惚れるハルトの姿に、思わず口角が上がってしまいました。
いよいよ『守護伯爵』として新たな一歩を踏み出したハルトの前には、どんな事件が待ち受けているのでしょうか。
今回の第9話、痛快な逆転劇と甘いロマンスを楽しんでいただけましたでしょうか? もし気に入っていただけたなら、ぜひブックマークと評価をお願いします!
皆様の応援は、死神が伯爵へと生まれ変わる旅路において、何よりの力となります。次のお話でお会いしましょう!




