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6. 仕組まれた反逆、影に潜む魔手

地下牢の冷たい闇の中で、ハルトは過去の悪夢に似た不吉な魔力を感知します。


一方、エリシアはハルトの濡れ衣を晴らすため、たった一人で巨大な権力に立ち向かい、事件の手がかりを追い始めます。


果たして、彼女が辿り着いた真実は救いとなるのか、それともさらなる罠となるのか――。

地下牢の湿った空気은、むしろ僕を冷静にさせた。


鉄門の向こうへと遠ざかるベルン騎士団長の卑屈な笑い声を聞きながら、僕は壁に身をもたれ、深い思考に沈んだ。


(あの紫の炎……初めてではない)


記憶은数年前、帝国北方の国境、血生臭い戦場へと向かった。


当時、魔族の上位術師たちが操っていた奇怪な呪術。


それは帝国の精製された魔力とは本質的に異なるものだった。


生命力を削り取りながら燃え上がる、不吉な紫の光。


セドリックの手下たちが僕の部屋に宝石を隠す際に見せたあの火花は、確かにあの時目撃した魔族の残滓に似ていた。


(セドリック、貴様……本当に魔族と手を組んだのか。それとも、それ以上に悍ましいものを呼び込んだのか)


僕は静かに目を閉じ、スキル【心眼】を発動させた。


肉体は牢に閉じ込められていたが、鋭く磨き上げられた感覚は、細い魔力の糸を伝って城壁を登っていった。


皇宮内部に広がる微細な魔力振動を探索し、僕は仮説を立てていった。


犯人のマントの切れ端が発見されたという宝物庫付近、そして宝石が見つかった僕の部屋。


二箇所を繋ぐ魔力の軌跡を追った。


一般的な騎士の目には映らないだろうが、魔族と幾度も死線を越えてきた僕には、鮮明な痕跡が見えた。


宝石『アステリアの涙』が通り過ぎた場所ごとに、極めて微細な紫の粒子が塵のように沈殿していた。


その頃、エリシアは片時も休まずに動いていた。


彼女はハルトが連行されるやいなや国王のもとへ駆けつけ、独自の捜査権を請願した。


普段なら断固として拒絶したであろう国王も、娘の目に宿るかつてない決意に押され、一日という期限付きで許可を与えた。


「セドリック卿が宝石を保管すると言ったのだな?」


エリシアは図書室の古書と皇室魔導師団の記録を隅々まで調べ上げた。


彼女はハルトを信じていたが、単なる信頼だけでは彼を救えないという事実を痛いほど感じていた。


「アステリアの涙は単なる宝石ではない。皇宮全体の防御結界を維持する核心的な媒介体よ。もし、セドリックが主張するように宝石を自領へ移したなら……」


エリシアの指先が震えた。それは結界を移すことではなく、皇宮の盾を取り払う行為に他ならない。


彼女はセドリックが宝石を回収したと主張する時間と、宝物庫の警備記録の間にある妙な時間差を発見した。


皇室宝物庫の魔法記録装置『クロノス・ストーン』に残された記録は、当時の状況を正確に示していた。


第一の記録は『盗難発生時刻』。


セドリックは晩餐の最中である昨夜午後九時頃、宝物庫の結界が揺らぐのを感知し、手下を向かわせて現場を確認させたと主張した。


しかし、宝物庫の出入ログには、午後九時十五分、定期巡回組が何の異常もなく通過したという記録が鮮明に残っていた。


「セドリック卿の手下が現場に到着したのが九時だと言ったのに……十五分後に通り過ぎた巡回組は、なぜ侵入の痕跡を発見できなかったの?」


エリシアは震える手で次のページをめくった。


第二の記録は『魔力の残留量』。


アステリアの涙は強力な魔力源であり、それが宝物庫を離れる瞬間、結界の魔力濃度は瞬時に四十%以下へと急落するはずだ。


しかし記録によれば、結界濃度が落ちた時刻は、晩餐がすべて終わった後の午前一時三十分だった。


つまり、セドリックが『犯人を追って宝石を回収した』と主張し、国王に宝石箱を差し出したあの晩餐の時間、本物の宝石は依然として宝物庫の中に眠っていたということになる。


「だとしたら、セドリック卿が昨夜、陛下にお見せしたあの宝石は……最初から偽物だったのよ」


事件のパズルが組み合わさり始めた。


セドリックはあらかじめ用意した偽の宝石で国王を安心させた後、誰もが寝静まった深夜一時三十分に手下を動かし、『本物』の宝石を盗み出したのだ。


そしてその罪をなすりつけるため、事前に確保しておいたハルトの北部戦線用マントの切れ端を、深夜にこっそりと宝物庫の入り口へ落としておいた。


決定的な証拠は『重量の記録』から出た。宝物庫の安置台は宝石の重さを常時測定している。


記録用紙に印字された宝石の重さは、微細な差で減少していた。


これは、アステリアの涙が複製品へとすり替えられる際に発生する、典型的な誤差だった。


フォンテイン家の錬金術師たちが急いで複製品を作ったため、合わせきれなかった極めて微妙な数値。


エリシアはこの記録を胸に抱きしめた。これは単なる推測ではない。


セドリックが国王を欺き、国家の安保を脅かし、自らの騎士を罠に嵌めたという、明白かつ数字で証明された『反逆』の記録だった。


「午前一時三十分……ハルトはその時、王女宮の宿舎で待機していたという騎士団の点呼記録がある。時間的に、決して犯人にはなり得ない」


エリシアの目に宿っていた悲しみは消え、セドリックへの憤怒がその場所を埋めた。


彼女はもはや、ハルトの背後に隠れるだけの儚い王女ではなかった。


「行きましょう、謁見の間へ。この傲慢な嘘の代価を払わせてやるわ」


彼女は捜査記録を握りしめ、断固とした足取りで謁見の間へと走り出した。


自らの背後から、黒い存在が彼女を追跡していることにも気づかずに。


真昼の静寂が流れる地下牢に、再び足音が響いた。セドリックだった。


彼は勝者の余裕を満喫するようにゆっくりと近づき、鉄格子の前に立った。


「異邦人のわりには、随分と平穏に見えるな。死刑宣告を待つ者の表情には相応しくない」


僕は目を開けないまま答えた。


「公爵家のご令息が直々にこのようなむさ苦しい場所までお越しいただけるとは、感激ですな」


「口の減らぬ奴だ。だがハルト卿、貴様は致命的なミスをした。この世界には貴様には理解できぬ巨大な流れというものがある。貴様がエリシアを守ろうとすればするほど、彼女はより危険に晒されるだけだ」


セドリックが嘲笑いながら背を向けた時、僕は彼のマントの裾から揺らめく奇怪な影を見た。それは人間のそれではない。


実体のない黒い形が、セドリックの背後で奇妙にのたうち回っていた。


(あいつは、もう人間ではないな)


確信した。

セドリックは単に権力を貪る貴族ではなかった。


彼は何か巨大な存在の宿主になりつつあり、『アステリアの涙』はその存在を完全に顕現させるための供物だったのだ。


しばらくして、エリシアが地下牢を訪れた。彼女はハルトを見るなり、格子の向こうから手を伸ばし、彼の手を固く握った。


「ハルト、証拠を見つけたわ。宝物庫の衛兵の一人がセドリック家から金貨を受け取ったという自白を確保した。それと、宝石が盗まれる直前、セドリックの魔導師たちが近くで奇妙な儀式を行っていたという目撃談も」


僕は彼女の手を握り返しながら、首を横に振った。


「殿下、それだけでは足りません。セドリックは尻尾を切るでしょう。もっと確実なものが必要です」


僕は自分が推論した紫の炎の正体と、セドリックの真の目的について慎重に口を開いた。


まだすべてを確信できたわけではないが、エリシアには警告すべきだった。


「あの宝石は、単なる財宝ではありません。それがセドリックの手に渡った瞬間、この城の結界は崩壊します。殿下、今すぐ謁見の間へ行き、宝石の『真偽』を問題にしてください。本物の宝石は、決して邪悪な魔力と共存できません」


エリシアはハルトの目に宿る、鋭い死神の直感を見た。彼女は深く息を吸い込み、決意を固めた。


「分かったわ。貴方の言うその『死神』の目を信じる。あとは私に任せて」


エリシアが謁見の間へと走り去る背中を見送りながら、僕は牢の冷たい床に手を置いた。


手のひらを通じて、地表面の下で蠢く不吉な振動が感じられた。セドリックの背後に潜む巨大な存在が、徐々に目を覚まそうとしていた。


一方、国王が許した一日という期限の中で、エリシアは必死に動いた。


彼女は騎士団の点呼記録と宝物庫の魔力数値の記録を対照させ、セドリックの論理を瓦解させる決定的な証拠を集めた。


しかし、物証だけでは足りなかった。セドリックが掲げた『目撃者』と『現場で発見されたマントの切れ端』という目に見える証拠を完全に覆すには、事件の頂点である宝物庫の内部をもう一度確認しなければならなかった。


エリシアは王族だけが持つ固有の魔力刻印を使い、固く閉ざされた宝物庫の重厚な扉を開けた。


冷気と共に静寂だけが漂う金庫内。


彼女はアステリアの涙が置かれていた空の台座へと近づいた。


調査の末、彼女の手が台座の隅の微細な隙間をなぞった時、指先に何かが引っかかった。


それは、セドリックが偽の宝石を配置する過程で片付け損ねた、フォンテイン家特有の魔法印が刻まれた極小の宝石の破片だった。


複製品を製作する際に発生する特有の魔力滓かすが結晶化したものだった。


「見つけた……これを国王陛下にお見せすれば……!」


エリシアの顔に希望の光が差した瞬間、宝物庫の影が不自然に長く伸びた。


背後から感じる冷ややかな気配に、彼女が振り返るよりも早く、低く狡猾な声が鼓膜を突き刺した。


「深入りしすぎましたな、王女殿下」


闇の中から歩み出たのは、セドリックだった。


彼はすでにエリシアがここへ来ることを予見していたかのように、優雅でありながらも冷酷な笑みを浮かべていた。


「セドリック卿……? 貴方がなぜここに……」


「殿下がその異邦人の騎士のために、これほど献身されるとは思いませんでしたよ。しかし、賢すぎる女は早く枯れるものです」


セドリックが軽く指を鳴らすと、彼の指先から濃い紫の霧が吹き出した。


エリシアは悲鳴を上げようとしたが、口と鼻を通じて肺の奥深くへ入り込んだ睡眠魔法が、瞬時に彼女の意識を奪い去った。


力なく床へ倒れ込むエリシアの体を、セドリックが荒々しく抱きかかえた。


「ついに、すべてのピースが揃った」


セドリックは腕の中でぐったりとしたエリシアの顔を見下ろし、陰険な笑い声を上げた。


彼が用意した真の計画は、単にハルトを排除することではなかった。


ハルトを牢に閉じ込めエリシアを孤立させた後、彼女を拉致し、自らの禁断魔法を完成させる最後の『鍵』として利用することだったのだ。


「あの異邦人が牢で腐っている間、貴女は私と共に新しい帝国の主となるのです。いや、生贄になると言うべきでしょうか?」


「共に、帝国を壊しましょう。エリシア王女」


勝利感に酔いしれたセドリックの笑い声が、宝物庫の冷たい壁に跳ね返り、奇怪に響き渡った。


彼はエリシアを抱き上げ、あらかじめ用意しておいた影の通路を通じて、跡形もなくその場を立ち去った。


主を失った宝物庫には、エリシアが先ほどまで手に握りしめていた記録装置だけが、冷たい床を転がっていた。

セドリックの本性がついに暴かれました。


単なる嫉妬に狂った貴族かと思いきや、彼は帝国全体を揺るがす巨大な陰謀を抱いていたのです。


意識を失い連れ去られたエリシアと、牢に繋がれたハルト。絶望的な状況の中で、「死神」と呼ばれた少年の真の怒りが幕を開けます。


次回、ハルトの凄まじい反撃にご期待ください!

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