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2. 残酷な再会、あるいは救い

第2話をご覧いただきありがとうございます。 英雄として凱旋したハルトを待っていたのは、あまりにも残酷で、あまりにも美しい「奇跡」でした。


彼がなぜ、再び剣を握る決意をしたのか。その心の揺れ動きを感じていただければ幸いです。

けい、答えずに何をしているのだ?」


国王の声に混じった鋭い威厳が、僕を現実へと引き戻した。


数千の魔物を斬った時でさえ震えなかった指先が、目の前の彼女を見つめるだけで痙攣けいれんしていた。


「……失礼いたしました、陛下。王女殿下の輝きがあまりに眩しく、つい見惚れてしまいました」


ようやくの思いで唇を動かした。


血生臭い臭いと土埃に塗れていた僕の口から出た言葉は、自分でも嫌気がさすほどに虚飾に満ちていた。


だが、彼女を見つめ続けるためには、この場所に留まらなければならない。


僕に向けられた王女、エリシア殿下の視線は冷ややかだった。


ユウなら浮かべていたであろう悪戯っぽい目元も、僕を「ハルト!」と呼ぶ声もそこにはない。


「お褒めに預かり光栄ですわ、勇者様。ですが、公式の場で礼節を忘れてもらっては困ります」


心臓を滅多刺しにされる気分だった。同じ声、同じ顔で放たれる、他人以下の距離感。


だが、僕は決心した。


神が僕をこの地獄のような世界に再び放り出した理由がこれならば、僕は喜んでその運命に従おうと。


あの日、僕は帝国から提示されたすべての報酬を断り、たった一つの望みを口にした。王女殿下の護衛騎士になることだ。


「王女殿下の護衛騎士を、拝命したく存じます」


僕の爆弾発言に、謁見の間は水を打ったような静寂に包まれた。


最初に沈黙を破ったのは国王ではなく、第一騎士団長カイザー・フォン・フォンテインだった。


「おい、勇者卿。冗談が過ぎるぞ! 貴殿は帝国の『最終兵器』だ。そんな者を王女の庭掃除でもさせるような庭師に使えと言うのか?」


貴族たちの囁きが波のように押し寄せた。


彼らにとって僕は戦場で転がすべき猟犬に過ぎず、王室の花である王女の傍に置くような『品格ある騎士』ではなかった。


しかし、国王は興味深そうに顎を撫でながら僕を見下ろした。


「ハルト卿、騎士団の反発も無理なかろう。どうしても王女の傍を望むのであれば、貴殿が我が帝国の流儀に適う者であることを証明してみせよ」


国王が試すように提示した条件は残酷なものだった。帝国騎士団の上位十名との『連続試合』。


そしてその最後の相手は、騎士団長カイザーだ。僕は躊躇うことなく頷いた。


国王の提案を受け入れ戻った夜、帝国の首都は祭りでも控えているかのように沸き立っていた。


『異邦人の英雄』と『帝国騎士団』の対決は、社交界最高のさかなだった。


だが、渦中の人物である僕は、王女宮が遠くに見える庭の片隅で一人、剣を握っていた。


夜の空気は冷たかった。


息を吸い込むたびに肺が疼いたが、その感覚だけが僕の生存を証明していた。


(シュシュッ――) 虚空を裂く木剣の音が静寂を破る。僕は帝国の華やかな剣術を真似たりはしなかった。


僕が身につけたのは、戦場という悲鳴と血塗れの中で手繰り寄せた、ただ『生き残るため』の足掻きだった。


「……足りない」


汗が顎を伝い落ちるが、止まるわけにはいかなかった。


明日の対決は単なる勝敗の問題ではない。僕にとってそれは、神が与えた最後の機会だ。


ユウに瓜二つの彼女、エリシア王女。彼女の傍へ行くための、唯一の通行証だった。


もし明日敗れれば? 国王は僕を再び辺境の戦場へと送るだろう。


彼女とは二度と会う機会すら得られないまま、僕はまた死ねずに戦う機械へと戻るのだ。その想像だけで胸が焼き付くようだった。


「今度こそ……絶対に失わない」


僕は目を閉じた。瞼の裏に、雨に濡れたアスファルトの上のユウが見えた。冷たく固まっていく指先、最後まで僕を案じていたあの瞳。


僕はその記憶を引っ張り出し、剣に込めた。


悲しみは怒りとなり、怒りはいずれ誰にも折ることので기ない強靭な意志となって全身を巡った。


数千回、いや数万回と剣を振るった。腕の感覚は麻痺し、足の裏からは血が滲んだが、止めなかった。


月が天を過ぎ西へ傾く頃、ようやく僕は剣を置いた。


荒い吐息の間から白い欠片が舞い上がる。


僕は手のひらの肉刺まめをぼんやりと眺めた。日本にいた頃の僕は、勉強とアルバイトに追われる平凡な高校生に過ぎなかった。


ユウとアイス一つで笑い合っていたあの少年は、もういない。


鏡の中の僕は、鋭い目つきをした、殺意に慣れきった騎士に変貌していた。


「待ってて、ユウ」


僕は遠く、灯りの消えた王女の寝所を見つめた。


明日、僕は帝国の自尊心と呼ばれる騎士たちを踏み越え、彼女の影になる。


それがユウへの贖罪であり、この世界で僕が生きる唯一の理由なのだから。


夜が明けていく。演習場へ向かう僕の足取りに迷いはなかった。ただ冷徹な闘志だけが満ちていた。


対決当日、演習場の貴賓席にはエリシア王女も姿を現した。


彼女は無表情だったが、異世界から来た『野蛮な英雄』が帝国の誇り高き騎士を相手にどんな無様な姿を晒すのか、見極めようとする冷たい好奇心が感じられた。


「始めよ」


第一の騎士が気合と共に斬りかかってきた。


彼は帝国伝統の『流水の剣』を駆使し、華麗に剣を振るう。だが、僕の目にはすべてが隙だらけに見えた。


魔王軍の将たちと命を懸けて戦った戦場に比べれば、ここの剣術はただの整った遊戯に過ぎない。


(ギィィン――!)


たった一度の交錯。 僕は彼の剣筋が描く軌道の中心を突いた。


その反動だけで騎士の剣が宙を舞った。


「次だ」


二人目、三人目……騎士たちが次々と土を噛んだ。


僕は魔力を最小限に抑え、ただ『技術』と『効率』だけで彼らを圧倒した。


観客席の嘲笑は徐々に驚愕へ、そして沈黙へと変わっていった。


最後の相手である第一騎士団長カイザー・フォン・フォンテインがゆっくりと前に歩み出た。


彼が剣を抜いた瞬間、演習場の空気が重く沈んだ。


彼の剣身を伝う金色の闘気は、まるで飢えた猛獣のたてがみのように荒々しく揺らめいていた。


「異邦人にしては見事だ。だが勇者卿、騎士とは武力だけで成るものではない。貴殿には、守るべき者のために命を懸ける『矜持きょうじ』があるか?」


カイザーの威圧感が僕の全身を圧した。だが僕は眉一つ動かさなかった。


矜持? 名誉? そんなものは僕にとって贅沢品だ。


僕の剣先に宿っているのは、たった一つだけだった。


「矜持なんてものは知りません」


僕は木剣を低く構え、獲物を狙う獣のように腰を落とした。


「ですが、大切なものを目の前で失った者の切実さなら、貴殿よりも僕の方がよく知っている」


「増長するな!」


カイザーが地面を蹴り、跳躍した。金色の闘気が爆発し、彼の剣が雷鳴のごとく振り下ろされた。


(ドォォォン――!) 単純な斬撃ではなかった。


魔力を帯びた剣圧だけで演習場の大理石が蜘蛛の巣状に割れ、破片が四方に飛び散った。


僕は間一髪で身を翻したが、掠めた剣風だけで頬に赤い線が刻まれた。


カイザーは息つく暇を与えなかった。畳みかける連撃はまるで巨大な波のようだった。


上段、下段、そして中段へと繋がる精巧な帝国剣法に、僕は防戦一方に追い込まれた。


観覧席からは「流石は騎士団長閣下!」という歓声が上がった。


だが、僕の心臓は冷え切っていた。彼の剣は華麗で強大だったが、死の匂いがしなかった。この世界の平和に酔いしれた者の剣だ。


(ガキンッ! ギィィン!) 木剣と真剣がぶつかるたび、焦げた木の匂いが漂った。


カイザーは勝機を確信したのか、全力を込めた最終奥義の構えを取った。


彼の剣先に巨大な黄金の光が集約されていく。


「これで終わりだ! 帝国剣法――『天光てんこう』!」


光の障壁が僕を飲み込もうとした刹那、僕はすべての防御を捨てて前進した。


「……っ!?」


カイザーの瞳が驚愕に見開かれた。


通常の剣士であれば後退して防ごうとしただろうが、僕はあえて彼の懐へと飛び込んだ。


紙一重で彼の剣身を滑るように潜り込む、まさに死を担保にした博打ばくちだった。


光の嵐が僕の肩を掠め、肉を焼いたが、痛みすら感じなかった。


ただ一つ、彼の心臓だけを見据えていた。

(ボッ――!) 鈍い打撃音が静寂を突き破った。


僕の木剣の先が、カイザーの心臓付近、鎧の隙間を正確に貫いていた。カイザーの巨大な魔力が一瞬にして霧散した。


「……ぐ、はっ……!」


カイザーは息を詰まらせ、後ろによろめいた。


彼の真剣が地面に落ちて甲高い音を立て、彼は片膝をついたまま胸を押さえた。


帝国最高の剣が、名もなき異邦人の木剣一本に屈した瞬間だった。


演習場は息の音さえ聞こえないほどの静寂に包まれた。勝敗を分けたのは武力の差ではなかった。


死の恐怖を知る者と、その恐怖すら忘れるほど切実な者の差だった。


その時、貴賓席からエリシア王女がゆっくりと立ち上がった。


彼女の視線は僕の肩から流れる血と、揺るぎない僕の瞳に釘付けになっていた。


彼女は震える声で国王に告げた。 「お父様、ご覧になりましたか? あの者の剣には殺意ではなく『悲願』が込められています。


死すら恐れず誰かを守ろうとする者の剣です。私ならば……あの者に私の命を預けても良いと思えます」


国王はしばし沈黙した後、演習場が揺れるほど豪快に笑い声を上げた。


「よかろう! この実力に異を唱える者はおるまい! 今日よりハルト卿を、王女エリシアの専属護衛騎士に任命する!」


疲弊した僕の体を、観衆の歓声が包み込んだ。


僕は剣を納め頭を垂れたが、心の中で誓った。これからだ。今度こそ、僕の世界が崩れ去ることはない。


護衛騎士となってからの僕の日常は、彼女の完璧な影になることだった。


僕は単に傍を守るだけに留まらなかった。


専属護衛騎士となった最初の一週間、僕に向けられる視線は刃のように鋭かった。


特に王女の身の回りを世話する侍女たちは、異世界から来た殺気立った男を虫けらを見るような目で忌み嫌っていた。


「待て。その茶葉は僕が確認する」


午後のティータイムの準備をしていた侍女ルーシーがびくりとして盆を握りしめた。


「これは殿下が最も愛されている『銀の月光』の茶葉ですわ! 騎士様のような武人に何がわかるというのです……!」


「武人だからこそわかるのだ。毒草は乾燥させると特有の苦い香りが残る」


僕はルーシーの手から茶葉の袋を奪い取り、鼻先に寄せた。三年前、戦場で毒殺の試みを数十回と潜り抜けて養われた感覚だった。


葉の一枚一枚を指先で擦り、状態を確かめると、ルーシーの顔は真っ赤に染まった。


「本当に無礼ですわ! 私たち侍女団は代々皇室の検食を担ってきたのです。これは侮辱です!」


その時、廊下の奥から冷ややかな声が響いた。 「おやめなさい、ルーシー」


エリシア殿下だった。


彼女は僕を興味深そうに、あるいは相変わらず警戒しているような微妙な眼差しで見つめていた。


「ハルト卿、貴殿は私の騎士か、それとも私の侍従か? 騎士が茶葉にまで口を出すのは過保護だとは思わないのか?」


「殿下、私は騎士である前に殿下の『盾』です。盾にわずかな綻びでも生じれば、その後ろにいる方が傷つきます。それが茶葉一枚であってもです」


僕の無味乾燥な答えに、エリシアはしばし言葉を失ったように僕を凝視した。


彼女の瞳が揺れるのを、僕は逃さなかった。彼女はやがて顔を赤らめ、ルーシーに静かに命じた。


「……今後、茶を淹れる際は必ずハルト卿の確認を通すように。彼の言う通り……綻びを生じさせてはならないから」


その夜、僕は自室に下がらず王女宮の屋根の上に登った。月を背に瓦の上に正座し、感覚を四方に張り巡らせた。


「勇者様……いえ、ハルト卿。本当に眠られないのですか?」


見回りをしていた老練な侍従長が、下から湯気の上がるマグカップを持って僕を見上げていた。僕は軽く跳躍し、彼の前に降り立った。


「眠りは死んでからとればいい。今は目を閉じている時ではありません」


「はっはっは、もう三日目ですよ。城の侍女たちも騎士様のその凄まじい集中力に舌を巻いております。最初は皆、騎士様が怖いと泣きついてきましたが、昨日は末端の侍女が『騎士様のおかげで夜も足を伸ばして寝られる』と感謝しておりましたぞ」


侍従長が差し出したのは、帝国特有の香料が混ざった温かいミルクだった。


「守るべきものが目の前にある時は、眠気が来ないのです。一度……失ったことがありますので」


僕の低い声に、侍従長は何かを察したように深い溜息をついて頭を下げた。


「卿の忠義は既に城の誰もが知るところです。殿下も……表向きは冷たく仰いますが、夜遅くまで書庫で本を読まれる際、窓の外の屋根に留まる卿の影を見て安心されているご様子でしたからな」


ミルクを一口啜ると、異世界に来てからずっと凍てついていた芯が、少しだけ温まる気がした。


翌日から、廊下ですれ違うたびに侍女たちは僕を避けなくなった。


むしろ慎ましく頭を下げて挨拶したり、僕の甲冑の袖についた埃を払おうと寄ってきたりもした。


帝国の人々にとって、僕はもはや『恐るべき死神』ではなかった。


彼らは僕を『王女様の最も頼もしい影』と呼び始めていた。 そして、その信頼の変化を最も近くで感じているのは、他ならぬエリシア殿下だった。


その献身は王女本人にも伝わっていた。ある晩、テラスで月光を浴びながら読書をしていた王女が、ふと顔を上げて僕を見た。


「勇者様は……なぜ私をそのように見るのですか?」


相変わらず優雅な佇まいだったが、僕をじっと見つめる彼女の紫の瞳の中には、以前の冷徹さの代わりに妙な震えの混じった疑問が宿っていた。


月光がテラスの欄干を伝い落ち、彼女の白い肩の上に散った。その姿があまりに非現実적で、僕は危うく手を伸ばして彼女が実在するのか確かめたい衝動に駆られた。


「……」


僕は答えの代わりに視線を落とし、彼女の足元に片膝をついた。


騎士としての礼遇だったが、実際は高鳴る心臓の音を悟られたくなかったからだ。


「まるで、すぐに消えてしまう霧を見ているような目です。それとも……私ではない誰かを、私の顔の上に探していらっしゃるのですか?」


図星を突かれた気分だった。彼女の言う通り、僕は彼女の顔にユウを探していた。


だが、今僕の鼻先をかすめるのは、雨の匂い混じりのアスファルトの香りではなく、エリシア殿下からだけ漂うほのかなライラックの香りだった。


「殿下」


僕は顔を上げ、彼女の瞳を真っ直ぐに見据えた。月光を湛えた彼女の瞳が微かに震えた。


「僕は一度、自分の世界を失いました。守ると誓った人を、虚しくも手放さなければなりませんでした。あの日から僕の時間は、あの雨の中に止まったままでした」


初めて吐露する本心だった。エリシアは息を呑んだまま、僕の告白に耳を傾けた。


「ですが、ここで貴女を見かけました。奇跡のように、あるいは残酷な運命のように。貴女を見るたびに、僕の心臓は再び鼓動を始めます。それが過去の亡霊のせいなのか、それとも今目の前に立つ貴女のせいなのか……僕自身にもまだ、わかりません」


僕の無骨で切実な告白に、エリシアの顔がわずかに赤らんだ。


彼女は戸惑ったように視線を逸らそうとしたが、やがて意を決したように手を伸ばし、僕の頬の近くで止めた。触れるか触れないかの距離で、彼女の体温が感じられた。


「貴方は本当に不躾ぶしつけな騎士ですわね。王女である私を差し置いて、他の誰かを思い浮かべるなんて」


言葉は冷たかったが、彼女の声は柔らかく潤んでいた。


「ですが……不思議ですわ。貴方のその憂いを帯びた瞳を見ていると、私まで胸の奥が疼くのです。貴方の探している人が私でなかったとしても、貴方が私の傍にいる間だけは、その悲しみが少しでも癒えることを願ってしまいます」


彼女の指先が、僕の頬をほんのわずかに掠めていった。刹那の接触だったが、まるで火花が散ったかのように全身に戦慄が走った。


「明日は庭園のライラックが満開になるそうですわ。そこを巡回ルートに含めなさい。貴方のその陰気な目も、花でも愛でれば少しはマシになるかもしれませんから」


エリシアは急いで背を向け、寝所へと向かった。立ち去る彼女の後ろ姿に、普段の冷静さは見られなかった。


僕は彼女が去った無人のテラスに一人残り、彼女が残した温もりとライラックの香りを噛み締めた。


「ライラック……好きだったよね、君も」


僕は暗闇の中で呟いた。ユウへの思慕の上に、エリシアという名の新しい感情が塗り重ねられようとしていた。


それは裏切りだろうか、それとも新しい救いだろうか。 確かなことはただ一つ。


月光の下で交わした彼女の震える瞳が、今や僕の心を動かす唯一の軌道になったということだ。

いかがでしたでしょうか。 目の前の皇女がユユではないと分かっていながらも、ハルトはその影を追わずにはいられませんでした。


次回からは、二人の少しずつ距離が縮まっていく(?)王宮生活が始まります。


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『死んだ恋人と瓜二つの王女を、今度こそ逃がさない』
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