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18. 赤い予兆と風の迅雷

いつもご愛読いただきありがとうございます。 第19話は、聖域を離れ、次なる地「エーゼンフェル」でのエピソードをお届けします。


伝説の英雄・アスラの故郷でハルトが手にしたのは、まさかの「Fランク」という不名誉な証!? そして、ハルトの傍らで常にマイペースだった阿舎アシャが、ついにその真価を発揮します。 彼女が隠し持つ「東方家系の秘技」とは一体……。


冷徹なハルトと、自由奔放ながらも底知れぬ強さを持つアシャ。 二人の道中をどうぞお楽しみください!

「しばらく領地を離れるつもりだ」


俺은 領主室に集まったエリシアと四人の仲間、そしてガリオンを前にして告げた。 短すぎる宣言に、部屋の空気は一瞬で凍りついた。真っ先に反応したのはノアだった。


彼は抱えていた帳簿を落としそうになりながら、よろめく足取りで俺の袖を掴んだ。


バルガスはその巨体で門の前に立ちふさがり、ガリオンも当惑した表情でこちらの様子を伺っている。エリシアだけが、悲しげな瞳でじっと俺を見つめていた。


俺は溜息をつき、断固とした口調で言葉を続けた。


「魔王に直接、聞きに行きたいことがある。第二王子が仕組んだこの欺瞞劇の果てに何があるのか。そして、なぜ……『犠牲』が必要なのか。直接、片を付けてくる」


「は、伯爵様! 急に何を仰るのですか! ようやく領地再建が軌道に乗ったというのに、主が不在になるなど……!」


「伯爵様、冗談が過ぎますわ」


ルナが底冷えするような碧眼を光らせ、メスを弄んだ。普段の狂気じみた笑みが消えた、真剣な眼差しだった。


俺の放つ凄まじい闘気に、仲間たちはそれ以上口を開くことができなかった。俺は視線を転じ、壁に寄りかかって酒瓶を弄んでいたアーシャを見つめた。


「アーシャ、お前が同行しろ。お前の変則的な矢が必要だ」


アーシャは待っていたと言わんばかりに、赤いポニーテールを揺らしながら勢いよく立ち上がった。彼女は片目の眼帯を直すと、豪快に笑った。


「ハハッ! さすがは『あんさん』、いや、主様! あたいの矢の味が忘れられなくなったってかい? いいねぇ、その戦い、あたいが付き合ってやるよ!」


ノアが最後まで泣き喚きながら「連れて行ってください」と縋り付くのをルナに無理やり任せ、俺はようやくアーシャと共に聖域の門を出ることができた。


「……ここまで来れば、追っては来ないだろうな」


聖域の境界を完全に脱した後、俺は安堵の溜息をつきながら後ろを振り返った。聖域の門をくぐるまで、俺の裾を掴んで離さなかったノアの顔が浮かび、眉間が微かに震えた。


ルナにノアを押し付けるのに一苦労し、魔王軍と戦う前に精根尽き果てた気分だ。


その時、背後で巨大な長弓を背負い直す音と共に、アーシャが豪快に笑いながら話しかけてきた。


「アハハ! 伯爵様、ひでぇ顔だねぇ。ノアの坊やを引き剥がすのに魂まで持っていかれたのかい? さぁ、それじゃあ本当の目的地、北の国『エイゼンベル』へ出発だね?」


赤いポニーテールをなびかせ、赤い唇を吊り上げて不敵に笑うアーシャ。


片目の眼帯を直すその姿からは、賭場や酒場を渡り歩いていた特有の自由奔放さが滲み出ていた。俺はアーシャの軽い口調に頭を押さえつつ、頷いた。


そして、思い出したように厳格な表情を付け加えた。


「アーシャ、これから外では俺を伯爵と呼ぶな。不要な注目を浴びたくはない」


「えぇー? じゃあなんて呼べばいいんだい? 名前? それとも『ダーリン』?」


「……『勇者様』と呼べ。対外的な身分としては、それが一番都合がいい」


「おぉーっ! 勇者様とはね! 思ったより痒くなるような設定じゃないか。分かったよ、我らが偉大なる勇者様! ハハッ!」


アーシャは弓の弦を弾きながら、おどけて答えた。俺たちは間もなく、北の魔王軍と国境を接している軍事大国『エイゼンベル』へと入国した。


城壁に近づくにつれ、空気は冷たく、重苦しい鉄屑の臭いへと変わっていった。


エイゼンベルの巨大な鋼鉄の門の前、入国審査台は押し寄せた傭兵や商人たちでごった返していた。荒々しく前の人間を押し退け、怒声を上げる群れの中で、俺は無関心な表情で順番を待った。


俺の番になると、傷だらけのエイゼンベルの門番が、面倒そうに俺の書類をひったくった。


「名前、所属、入国目的だ。さっさと吐け。後ろが詰まってるのが見えねえのか?」


隣に立っていたアーシャがムッとして弓の柄を握りしめたが、俺は手を挙げて彼女を制止した。


そして懐から、ルミナス王国の紋章が刻まれた印章を取り出し、静かに差し出した。


「ルミナス王国、ハルト伯爵だ。魔王軍の動向調査のため、ギルド本部へ向かう」


気だるそうに目を剥いていた門番の瞳が、印章を確認した瞬間に痙攣した。ルミナス王国の伯爵。最前線の聖域を統治する「死神伯爵」の印章を見間違えるほど、彼は愚かではなかった。


「……は、伯爵!? ルミナスの、あの死神伯爵様だと!?」


門番の叫びに、周囲で皮肉を言っていた兵士たちが一斉に凍りついた。


彼らは慌てて整列すると、先ほどまでの無礼が嘘のように腰を90度に曲げ、気合の入った声で叫んだ。


「し、失礼いたしました! ルミナスの高貴な守護者様とも知らず、あろうことか……! 直ちに門を開放いたします! 何卒、お怒りをお鎮めください!」


巨大な鋼鉄の門が凄まじい轟音を立てて開き始めた。アーシャが隣で呆れたようにニヤニヤしながら、俺の肩を小突いた。


「へぇー、勇者様。あのおっさんたちの顔、真っ青だよ。伯爵の肩書きも、こういう時は使い勝手がいいねぇ?」


「さあな。たまには、この煩わしい身分も役に立つということだ」


門を通過してエイゼンベルの市街地に入ると、今度は全く別の意味で眉を顰める光景が広がっていた。路地の奥では、まだ十歳にも満たない子供たちが木刀を手に「戦闘ごっこ」に熱中していた。


隊列を組み、一糸乱れぬ動きで仮想の魔物を討伐するその姿。


「平和を維持するために、幼い頃から死を学ぶ国か」


エイゼンベルは、かつて西の魔王軍をたった二人で壊滅させたという伝説の二人組女性パーティー『エクリプス』のリーダーの故郷だ。


エクリプスは、人間の戦士であるリーダー「アスラ」と、彼女の相棒であったエルフの弓使いで構成されたパーティーだった。


西の魔王との壮絶な決戦の末、アスラは命を落とし、生き残ったエルフの仲間が彼女の遺骸を抱いてこのエイゼンベルまで辿り着き、安置したと伝えられている。


今もギルド本部の中心に突き刺さっている測定装置『アスカロン』は、アスラが生前に使用していた剣であり、エルフの仲間が彼女を悼むために自ら捧げたものだという。


人々はエイゼンベルを英雄の墓所、そして武力の聖地として崇めていた。


ギルド前の広場には、アスラと仲間の偉業を称えるために建てられた銅像があった。その前には、アスラを追悼するための花束がいくつも供えられていた。


ギルドに足を踏み入れると、荒くれ者の冒険者たちの視線が突き刺さった。俺はそれらを無視し、受付に座っている巨体の獣人の前へ歩み寄った。


「冒険者登録をしたい。身分証が必要だ」


「ほう、見ない顔だな。……いいだろう。小難しい手続きは抜きだ。そこにある英雄の剣を抜いてみな。その装置がお前の『格』を決める」


中央に置かれた岩。そこには一振りの無骨な大剣が深く突き刺さっていた。


英雄の魔力が宿るその剣は、握る者の魔力の性質と、引き上げられた高さによってランクを決定する装置だった。


(これが、あのアスカロンか)


俺は無造作に剣の柄に手をかけた。その瞬間だった。


(……!?)


ギルド内部の空気が一瞬で凍りついた。 本来ならば俺の魔力に共鳴して輝くはずの剣身が、俺が手を触れた途端、刻まれた魔法紋様を激しく点滅させ始めた。


俺の体内に流れる「死神」の魔力が問題だったのだろう。


アスカロンは屈服することを恐れるように、岩の奥深くへと逃げ始めた。キィィィィ、と不快な金属音を立て、剣は俺が抜こうとする前に、自ら岩の内側へとさらに深く潜り込んだのだ。


「反応がない……。いや、英雄の剣が岩の中に隠れてしまっただと!?」


ギルドがざわつき始めた。誰も見たことのない現象に、人々は口々に俺の陰口を叩き始めた。アーシャは隣で頬杖をつき、その光景を興味津々に眺めていた。


「魔力が全くない『無能』か?」「いや、英雄の剣に拒絶されたんだ。あんな不吉な野郎に、まともな魔力があるはずがねえ」


俺は冷ややかな目で、岩の中へと消えた剣を凝視した。英雄の遺志など、結局はこの程度か。


「……結果はどうなる」


「あ、ああ。……岩が反応しない以上、システム上は最低ランクだ。……ランクは『F』だな。異議はないな?」


受付がカウンターに放り投げたのは、立派な身分証ではなかった。刃が鈍り錆びついて、今にも折れそうな粗末な鉄製の短刀だった。


武力を信奉するこの国において、冒험者の証は武器そのものであり、ランクが低いほどその武器は粗末になる。


俺はその無骨な短刀を拾い上げ、適当に腰に差し込んだ。アーシャが隣でクスクス笑いながら俺の脇腹を突いた。


「勇者様ぁ、英雄の剣に振られた感想はどうだい? 完全な屈辱だねぇ。アハハ!」


「適当でいい。目立つのは趣味じゃないからな」


ギルドを出ようとする俺の背後を、高ランクの冒険者が一人、あざ笑いながら塞いだ。


「おい、Fランクの坊ちゃんよ。英雄の剣に拒絶されるなんて、一体どんな呪われた血を引いてやがるんだ? その女は置いて、さっさと……」


彼の言葉は最後まで続かなかった。


俺は魔力を一切使わなかった。ただ、指先で彼の顎を軽く弾いただけだ。 ボゴォォン! と乾いた音と共に、大男の巨体が宙を舞い、壁に激しく激突した。


ギルド内を満たしていた嘲笑と騒音が、一瞬で霧散した。壁に叩きつけられた男が漏らす、呻き声すら出ない鈍い音だけが、耳鳴りのように冒険者たちの耳を打った。


「今……何を見た?」「魔力の反応がなかったぞ。純粋な身体能力だけで、あの巨漢を?」


俺は彼らの視線がどこに向けられようと構わなかった。壁にめり込み、苦悶の表情を浮かべる男を一瞥もせず、そのままギルドの門へと足を向けた。


「アーシャ、行くぞ」


「わお! さすがは我らが勇者様、慈悲がございませんねぇ。へいへい、ただいま!」


アーシャは背負った弓を軽く叩きながら、俺の後を追った。静寂が支配するギルドを後にし、俺は曇り空を見上げた。


数日が経過した。 エイゼンベルの外れ、切り立った絶壁の先には、西の伝説『エクリプス』のリーダー、アスラが眠る追悼地があった。本格的に北へ向けて旅立つ前、アーシャが俺の袖を引っ張った。


「勇者様! せっかくここまで来たんだ、伝説の顔くらい拝んでいこうじゃないか。あそこは気がいいって評判なんだよ!」


普段なら無視するところだが、ギルドでのアスカロンの奇妙な反応が心の隅に引っかかっていたため、俺は黙って彼女の後に続いた。


追悼地の内部は静寂に包まれていた。


中央に置かれたアスラの石像の足元には、多くの参拝客が供えた白い花束が山のように積まれていた。ところが、その潔白な墓所の中に、異質な血のような赤い花が一輪、目に留まった。


(白い花の中に、一輪だけ赤か……)


一瞬、訝しげに思ったが、風変わりな追悼客でもいたのだろうと気に留めないことにした。だが、石像に近づくにつれ、俺の体内の「死神」の魔力が脈打ち始めた。


(……同調しているのか?)


俺はアーシャと共に、追悼地の中をしばらく見て回った。伝説と呼ばれた女性の生前の記録や痕跡は確かに興味深かったが、死者の栄光に浸っている時間はなかった。


「わぁ、本当に立派なもんだね! 勇者様、見学が終わったなら、そろそろ物資を整えに行こうか?」


アーシャの快活な声に雑念を払い、外へと出た。


だが、追悼地の重厚な門をくぐった瞬間、不快な気配が俺たちを取り囲んだ。ギルドで見かけた連中の一味と思われる、ならず者の群れだった。


「おい、F級の坊ちゃん。ここで会うとは奇遇じゃねえか。ギルドでの借りは返させてもらうぜ」


数十人の男たちが武器を手に取り、包囲網を狭めてきた。


俺は面倒そうに溜息をつき、腰の錆びた短刀に手をかけようとしたが、アーシャが一歩前に出た。


「おっと、勇者様。こんな雑魚どもは、あたいのほうで片付けさせてもらうよ。腕前披露も兼ねてね」


アーシャが背中の強弓を手に取った。矢も番えず空の弦を引くと、彼女の足元から激しい風が渦巻き始めた。


「さぁ、皆の衆、目をかっぽじって見な。東方の家門が秘技をね!」


アーシャが虚空に向かって弦を放った。矢は無かったはずだが、風が凝縮された透明な刃が矢となり、四方八方へと放たれた。


「どこを狙ってやがる!」


ならず者たちがあざ笑いながら飛びかかってきたが、次の瞬間、その笑いは悲鳴へと変わった。


直線に飛んでいたはずの風の矢が虚空で奇妙に曲がり、襲いかかる連中の足首と、武器を握る手首だけを正確に貫いたからだ。


風の魔法で軌道を捻じ曲げる、変則的な弓術。アーシャは表情一つ変えず、弦を放ち続ける。凝縮された風の矢は、悲鳴のような風切り音を立てて一直線に射出された。


男の鼻先に矢尻が届く直前、わずか数ミリの距離を残した絶体絶命の瞬間だった。アーシャの姿が蜃気楼のように揺らぎ、その場から消滅した。


「……!?」


男が瞬きをする間もなく、アーシャはすでに彼の目の前に影のように現れていた。彼女は空を裂いて飛んできた風の矢を、素手で掴み取って止めてみせた。


矢の運動エネルギーが彼女の手の中で抑え込まれ、吹き荒れる風の音を立てる。アーシャは掴んだ矢のまま、男の喉元を強く圧迫し、口元に冷ややかな笑みを浮かべた。


「あら、驚きすぎて瞬きも忘れたのかい?」


アーシャは男の耳元で低く囁いた。先ほどまでのおどけた声はどこへやら、鋭い殺気が混じった声だった。


「次にまた勇者様の行く手を阻んだら、その喉笛をぶち抜いてやるよ。分かったかい?」


アーシャの冷徹かつカリスマ溢れる警告に、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。彼女は何事もなかったかのように弓を肩に担ぎ、俺に向かってニカッと笑ってみせた。


「鮮やかだろ? さあ、今度こそ本当に出発だ!」


普段は天真爛漫だが、その実力だけは本物だった。俺たちはエイゼンベルの市場で必要な物資を急いで整え、北の空へと向かって長い旅路についた。


俺たちが去って間もなく、アスラの墓所の入り口に一人の女が音もなく舞い降りた。


彼女は先ほど墓所に供えられていた奇妙な赤い花と同じ色――、濃い鮮血色の薔薇が描かれた軽甲冑を身に纏っていた。


彼女は地面に乱雑に散らばったならず者たちの痕跡と、アーシャが矢を掴み取った地点の窪んだ土を、注意深く見下ろした。


「……風を操る者か」


女の声は低く、冷ややかだった。


「アスラ、お前が拒絶したのが単なる無能ゆえか……、それともそれ以上の何かゆえか。この目で確かめさせてもらうよ」


彼女は一瞬にして森の影の中に溶け込み、俺たちの後を追い始めた。

いかがでしたでしょうか? 風を操り、瞬間を越えるアシャの異常な(?)戦闘センスによって、エーゼンフェルの不逞の輩たちは一掃されました。 ハルトが手にした「錆びついた短剣」が、この先どんな意味を持つのかも気になるところですね。


そして、物語のラストに登場した「赤薔薇の甲冑」を纏う謎の女性。 伝説のパーティ「イクリプス」の生き残りと思われる彼女の目的とは……? 北の魔王領へと続く旅路に、新たな波乱の予感が漂います。


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